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オタク少年と、少女の本当の思いと

 三人はそのまま本を借りず外に出た。先を歩く美月が行くのは、近くにあったコンビニエンスストアだった。

 入った瞬間、よく冷えた空調と、無機質を思わせる照明にさらされた。異様な程に、何も匂いのしないその小さな区画が、公也に懐かしさと少しの自嘲を誘っていた。

「こんなとこに来て、笑うなんてな……」

 公也が店の棚を見つめながら呟くと、香琴が少しばかり彼の様子を見てきた。

「その、懐かしいの?」

「うーん……懐かしいんだろうな。前の町でそんなこと思った事ないのに」

 公也の言いたいことを理解して、香琴はそっかと呟いてすっと退いた。

 自分でも認識していなかった、たった一月にも満たない時間と、その中で色々なものが遠くなっていた。

 ふと手元を見ると、アニメのタイアップだろうか、深夜アニメがキャンペーン商品として並んでいる。以前住んでいた町で、最後にはまったアニメがこれだったと、公也は思わずそれを手にして苦笑した。

「ハムくん、アニメ好きなの」

 彼が棚の前で中腰になっていると、横から美月が声をかけてきた。

 こういった時、そんなことないと言っていたが、公也は否定することなく素直に頷いた。

「こういうの好きだったんだ。いわゆるオタクってやつ」

「可愛いと思うけど、ダメなの、こういうの好きになるって」

「目がおっきくて、女の子が好きになるようなキャラクターに男が熱上げてるって変じゃないか?」

 公也が訊ねると、彼女は首をゆっくりと横に振った。

「否定したって好きってことは変わらないでしょ」

「まあ、そうだけどさ」

「好きになっちゃいけないのに好きになるんだったら、不倫とかの方がタチ悪いわよね」

 美月のかばってくれているのかどうか、よく分からないずれたコメントに、公也も思わず失笑していた。美月の優しさが、ほんの少し染みいるのが感じられた。

「美月って結構優しいとこあるよな」

 公也の顔が自然とほころび、そんな言葉を彼女に与えていた。

 彼女はその一言が信じられなかったのか、しばらく黙ったあと、腕を組みながらぷいと横を向いてしまった。

「……その、ハムくん、慣れない言葉をあまり使わない方がいいわよ」

「そうか? 美月って変わっててやりにくいとこあるけど、人の話真剣に聞いてくれるしいいとこあると思うんだけど」

 と、公也が続けて美月を褒めると、耐えられなくなったのか彼女はそのまま奥の方へ消えてしまった。

 彼女が去ったわけが公也はすぐには分からなかったが、優しい言葉をかけられ慣れていないのだと気付くと、おかしいというよりも温かくなるようだった。

 何だかんだ言って開き直ろうとしているが、美月もまた立派に少女なのだ。

 ああやって照れるような仕草をたまに見せてくれるのなら、可愛げも生まれるのにと公也はほくそ笑んだ。

 そして美月の言ってくれた、過去の自分を否定しない生き方も、公也にとって大きな勇気に変わっていた。これから先、この田舎で暮らしたとしても公也が生きてきた十数年の日々は消えることも失われることもない。

「……そっか」

 アニメの中で主人公の少女が告げた「否定しない生き方」という言葉を公也は思い出した。まったく違う世界と境遇の中で、彼女も同じような思いを抱えていたのだ。

 また町に戻るようなことがあれば、グッズを買おうと公也は一つ胸に決め、今ここではあえてグッズを買わない生き方を選んだ。

 コンビニの中を見ると、公也達の他に客はいなかった。平日のこの時間帯、近辺の高校生は全日制の高校へ通っているのだろう。それを思うと、公也は自分が少し特殊な生き方をしているのだと、改めて感慨深い気持ちになった。

 香琴の方を見ると、彼女は化粧品の方をじっと見つめている。本格的なものはともかく、ちょっとした化粧品の類ならこうしたところで買える世の中だ。

「香琴、何か見つかったか?」

 公也が訊ねると、香琴は顔を上げて苦笑した。

「口紅とかどうなんだろうって思うんだけど、メイクって難しいよね」

 公也はそれを聞いて、思い出したように手を叩いた。美月にしろ香琴にしろ、普段すっぴんで生きているのである。

 都会に行けば、メイクで元の面影が残っていないような怪人に何度も出くわす羽目になる。公也もクラスメイトが年齢に見合わない派手なメイクをしているのを見て、何度もうんざりさせられた。

 ただそれとは別に、香琴達の化粧気のなさも少々驚嘆に値するものではある。それでいて容姿がきちんと整っているのだから、それもまた驚かされることだった。

 こんな可愛い少女達に囲まれているのに、一向に食指が動かないのは、長年培ったオタ根性の賜なのかと思うと、公也は笑うに笑えなかった。

 香琴が棚に指を添わせ、化粧品の類を注視した。横目で見つめる宗也は、ぽそりと彼女に訊ねていた。

「香琴どういうの探してるの」

「特にこうっていうのはないんだけど、ファウンデーションとかそういうのも覚えなきゃなって」

 香琴は商品棚とじっとにらめっこを続けていく。こんな田舎でも、コンビニの陳列は分け隔てなく都会と同じ姿をしていた。

 公也は少し首を捻って、香琴に聞いてみた。

「美月とか凪沙はあてにならないけど、お母さんとかに聞いてみたら?」

「……お母さん、か」

「普段から化粧してると思うし、一番楽なやり方だと思うけど」

 と、公也が当たり前の疑問を差し挟むと、彼女は顔を上げて、公也にいっぱいの笑顔を振りまいてきた。

「お母さん、化粧下手だから参考にならないんだ」

 公也はそれを聞いて、顎に手を当てた。

「なら、仕方ないか」

 香琴が頷く脇で、公也は後ろを見た。本棚にはファッション誌がいくらか置いてある。

「こういう雑誌って読んだことないけど、たまに化粧とかの特集してるだろ」

「あ、そっか、そっちの方が覚えやすいかもね」

「やっぱ、初めての化粧って慣れないことだらけだから、とんでもないことになるのかな」

 公也の間をつなぐような抜けた言葉に、香琴もただ失笑していた。さすがにそれは、まだ化粧というものに踏み込んでいない彼女が分かることではない。

 公也も彼女が戸惑っているのに気付き、ほんの少し頭を下げた。すると彼女は切り替えるように、彼に向こう側の棚を指した。

「さっきね、冷たいもの見てたら、新製品って書いてあるのあったよ」

「へえ、何か新しい味の出たのかな」

「都会だとそういうのって、普通なんだよね」

「まあ、そうかな。何か毎週新商品が出て消えてる感じ」

 彼の事も無げに言う姿に、彼女は感嘆したように吐息を漏らした。そういう光景がごくごく当たり前の世界に生きてきた彼には、少々理解できない感覚だった。

 彼女は化粧品にもう目を遣っていなかった。その視線は、よく冷えた飲み物が連なるドリンクの棚に向けられていた。

 そういう方が、香琴には似合っているのかな。公也は彼女のきらきらした目を見て、軽く笑った。

 すると暑さに耐えきれないような顔をした美月も、ふらふらとそちらへ寄りかかり、結局三人は同じ場所で合流することとなった。

 まともに顔を合わせてくれない美月と、明るい話題をその彼女に振りまく香琴の姿は、宝探しというものとは縁遠い、一般的な年頃の少女の姿を見せていた。

 牟佐探検隊は、隊長なしでも立派にやれるのかもしれないと、公也は冗談交じりの失笑で、目を合わせようともしない美月へ、わざと視線を送り続けた。

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