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宝はそう簡単に見つかりません

 しばらく歩き、四人は海の見える丘に出た。

 公也が携帯を見ると、電波は当然のように圏外で、時間は校舎を出発して二時間を指していた。

 また帰ることを考えると、ここで作業をそう長くできるわけでもない。宝の夢が一層遠くなっていくのを、公也は実感していた。

 だがこの地に着いた凪沙隊長の目には確かな宝が映っているのか、公也と正反対の希望の光で隊員三人を見つめていた。

「みんな、ごくろう。カコちゃんとハムくんの二人は、お弁当食べながら一旦休憩」

 凪沙が指示すると、美月は文句も言わず、ジャージの足下についた砂を軽く払って、リュックから小さなスコップを取りだし、香琴と頷きあっていた。

 公也は慣れない山道で疲れたのか、へとへとになりながら地面にへたりこみ、水筒を手にしていた。

 一方、田舎育ちの香琴も、こういった場所にあまり来たことはないのか、息を切らせながら、同じように疲れている公也に微笑んでゆっくりと横に座り込んだ。

「凪沙、俺達休んでてもいいの?」

「カコちゃんはか弱い乙女だし、ハムくんはまだ無理だからね」

 彼女の言葉は、この宝捜しにおける二人の肉体労働の資産価値を、全面否定するようなものだった。

 だが凪沙は気にすることなく、持ってきた小さなリュックから、何かを取り出す仕草をしている。

 公也がおにぎりをくわえながら、凪沙の様子を観察していると、彼女はL字に折れ曲がった二本の金属の棒を持って歩き出した。

「……凪沙」

 あまりの痛々しさに、公也が思わず苦悶の声を漏らしたが、凪沙はその二本の棒が水平になるように握りしめながら、辺りをゆっくりと歩いていく。

「凪沙、それ何か分かってんのか?」

「知ってるよ。ダウジングって言うんでしょ」

 彼女はしっかりと答えて、棒を握りしめてまた歩きだした。それを見た公也はますます頭を抱えたくなった。

「あのなあ! そんな非科学的な方法信じててどうするんだよ!」

「え?」

「え? じゃない! 美月、どうなってんだよ!」

 公也が強く叫んでも、美月は我関せずという顔で、シャベルとコンパスを脇に置き、静かに地図を地面に広げていた。

「みつきち、これダメなのかなあ」

「金属探知機なんて手に入らないんだから仕方ないでしょ」

「そうだよねー」

 呑気にへらへら笑って返事をする凪沙に、公也は頭を抱えた。この場合、非科学的であると理解していて、凪沙にダウジングをさせている美月が悪いのか、これで何とかなると信じている凪沙が悪いのか分からなくなる。

「まあハムくん、大船に乗ったつもりで見ててよ」

 と、凪沙はまた真剣な顔つきになって地面とにらめっこを始めた。

「美月、お前、本当にこれでいいのか……」

 地図をじっと見ている美月に、公也が思わず苦言を呈すると、彼女は公也の方も見ずにさらりと答えた。

「いいわよ、別に」

 いつも通りの感情の起伏が抑えられた声に、公也もどうにも言い返せなかった。

「機材がないんだから、私達に用意できるのは知恵と根気だけ。凪沙の根気があれで続くならいいと思わない?」

 彼女がそう言うので、公也はもう一度凪沙を見た。確かに何かに取り憑かれたかのようにあっちやこっちをうろついている。

 これ以上言っても仕方ないと諦め、公也は丘から広がっている景色を見た。水平線がずっと伸びていて、丘の向こうから静かなさざ波の音が聞こえてくる。

 だが、これでまた帰ることや、後日ここへ再び来なければならないのを思うと、美しい自然も途端に醜く見えてしまう。

 公也が疲れたように溜息をもらすと、横から香琴がサンドイッチを差し出してきた。

「ハムくん、食べる?」

 彼女がにっこりと微笑みながら言ってきた一声に、公也は少しおたおたしてしまった。異性にこんなことを言われることは、以前の街ではほとんどといいほどなかったことで、更に言えば香琴のような上質の美少女に優しく微笑みかけられるのもまだ慣れないことなのである。

 公也はどぎまぎしたあと、恥ずかしそうに俯きながらはいと答えた。

 彼女から手渡されたサンドイッチは、ツナサンドだった。

「暑いけど大丈夫かな」

「俺のおにぎり痛んでないし、大丈夫だと思う。……あと、ありがとう」

 公也が俯いたまま礼を言うと、彼女はくすくすと笑っていた。

「ハムくん、お礼言われるようなことじゃないよ」

「……そうなのかな」

「うん。私達、ナギちゃんの探検隊の仲間だからね」

 香琴が視線をうろついている凪沙に向けた。棒が少し動いたと見るや、持ってきたシャベルを手に、いそいそと掘り起こしだした。その無尽蔵の体力がどこから来るのか、公也は遠い目で彼女を見つめていた。

 彼は香琴からもらったサンドイッチを頬張り、美月を見た。美月は相変わらず実行には移さず、地図とメモを見ているだけである。

「美月、何か分かった?」

 公也はわざと美月にそんな疑問を投げかけた。すると、すっと美月が顔を上げ、公也を冷めた目で見つめてきた。

「分かる分からないじゃない。ここにヒントがある、それを探しているの。そもそも枯葉が何を意味しているのか、まったく分からないんだし」

 美月の凛とした言葉に、公也も自分の意見を引っ込めるしか方法がなかった。こういう時の彼女の意味の分からぬ押しの強さは、ある種尊敬に値する。

 そもそも、確実にここに宝のヒントが隠されているとは言い切れないはずなのだが、美月はその可能性を放棄しきっている。言わば所以のない確信で行動しているといっても過言ではないだろう。

 公也が食事をしながら作業を続ける二人の様子を眺めていると、凪沙が溜息をついて手を止めた。

「ダメだ……ここは何にもなさそう」

 先程からどれだけ掘るのかという勢いでシャベルを手にしていたが、少し手を離して尻餅をつくように座り込み、そのまま地面に寝そべった。

 空をそのまま見上げる彼女に、小さく美月が声をかけた。

「凪沙、諦めた?」

「ちょっと休憩するだけ。まだまだ探すよ」

 笑みを含んだその声は、底知れぬ力を見せてきた。凪沙はこのくらいではへこたれない人物と思い知らされ、公也は思わず失笑した。

 凪沙はくいと立ち上がり、水筒に入れた水に少しだけ口をつけると、またあの二本のL字金属棒を手にして歩き出した。

「あのさあ、凪沙、やるにしてももう少しましな方法があるんじゃないのか?」

「たとえばどんなの」

「それは……うーん、すぐに言えって言われても」

 凪沙の反撃に、公也の言葉が尻すぼみになった。彼女は公也に軽く笑って、また地面を見つめながらゆっくり歩き出した。

「溺れる者は藁をもつかむ。分かんないんだったらこれでもいいんじゃないかな」

「そう、ハムくん、困った時の神頼みって言うでしょ。私達だってすぐに見つかるなんて思ってないわよ」

「出来れば年内、いや、半年くらいかな。絶対に見つけるぞ!」

 彼女の意気込みに、公也ははあと肩を落とした。その半年なり一年の期間、ずっと付き合わされるのかと思うと、ぐったりしそうであった。

 公也は最後の米の一粒を口に入れて、おもむろに立ちあがり伸びをした。そして、美月の側に寄って、借りると一声かけてからスコップを手にした。

「凪沙、俺も掘ってみていい?」

「いいけど、どうやるの?」

「なんとなくの勘で。掘ってたら枯葉の意味も分かるかもしれないし」

 公也がさらっと答えると、凪沙は腹を抱えて爆笑していた。公也の行動は、先程までの二人を馬鹿に出来ないものだ。

 それでも公也は適当に辺りにスコップを突き立て、軽く地面を掘り出していく。

「結構これ、疲れるな」

「ハムくんはサツマイモを取るのも、無理そうだものね。私達は季節になったらしょっちゅう駆り出されるけど」

「ちょっとずつ慣れる、それでいいだろ」

 公也が美月に反論すると、彼女はくいと口を緩めて皮肉げに冷笑した。

「香琴はどうするの?」

「私、手伝えることあるかな」

「別に座って見ててくれるだけでもいいのよ。香琴はハムくん並に貧弱だもの」

「美月ちゃん厳しいなあ。でも事実だから言い返せないや」

「別に香琴はそれでいいのよ。むしろ凪沙みたいなのが異常なんだから」

 と、美月が凪沙に視線を送ると、彼女はシャベルを握りしめ、必死な形相でまた穴ぼこを作りだしていた。

「凪沙、あのさあ」

 公也が声をかけると、凪沙がくいと顔を上げた。

「いいけど、これ、結構深くに埋まってたらどうするんだ?」

 彼の質問に、凪沙が止まって考え込みだした。

「うーん、考えてなかった」

 彼女の間の抜けた返事に公也もかける言葉が見つからなくなると、横から美月がアドバイスを送った。

「ここはないって思ったらそれで切り上げたらいいと思う。掘ってて違和感があるんだったら、多分そこが当たり、私はそう踏んでる」

 美月の言葉に、凪沙が気合いを入れてまたシャベルをぎゅっと握りしめた。この勢いなら、もしかすると地球の中心まで穴を掘れるのではないかと、公也は彼女をぼんやり見つめていた。

 だがそれがサボる理由にはならない。公也もちまちまとスコップで穴を掘るが、途中で石などに当たり、その度に手が痛くなった。

「ハムくん、次来るときは軍手をした方がいいわよ」

「そうだな。多分、明日うめいてると思う」

 公也はまめが出来そうな手を見て、引きつった顔を見せた。このまま作業をやめたところでこの悲劇は取り戻しようがなく、続ければ続けたでまめが潰れるか手の皮がむけるかのどちらかだろう。

 それをまったく気にせず、軍手をして一生懸命穴掘りに夢中になっている凪沙を見て、さすがだと公也は舌を巻いた。

 一方、立ちあがったものの、何をしていいのか分からないのか、香琴は凪沙の側に寄ったり、美月の側へ寄ったりと安定しない素振りをしていた。

「うーん……足手纏いな感じがするなあ」

 自嘲めいたことを口にして、香琴が苦笑した。

「凪沙、香琴が暇そうにしてるけどいいの?」

 公也が思わず凪沙に訊ねたが、凪沙は穴を掘りながら特に興味のなさそうな返事をした。

「カコちゃんが自分で決めればいいよ。ここを掘れば……何とか」

 と、凪沙は公也そっちのけで、重そうな石を退けていった。香琴はそれを見て、少ししょげたように俯いてしまった。

「どうしようかな……」

「そういう時はハムくんを見ればいいわ」

 美月の助言に、公也は思わず自分を指さした。これといって役に立っているわけでもなく、ただひたすら砂弄りをしているだけだ。

 香琴が人差し指を唇に宛てながら考え込み、公也の前にちょこんと座ってきた。彼も美月にキーマンとして指定されたのが分からないのか、困った顔で香琴と顔をつきあわせていた。

「俺、何かしてるかな?」

「えっと……一生懸命穴を掘ってる、かな……」

 香琴の答えも今ひとつ歯切れの悪い迷った言葉だった。要するに、役に立っているようには見えないのである。

 公也は我慢しきれず、スコップを置いて美月の元へ駆けよった。すると彼女はすっと顔を上げ、いつも通りの涼しげな顔で公也をじっと見つめ返した。

「ハムくん、どうかした」

「どうかしたじゃなくて、副隊長なんだったら指示出してくれよ」

「ハムくんが言ってくれたっていいのよ」

 美月に当たり前のことを言われ、公也も仕方なしに引っ込んだ。すると彼女は満足げに首を縦に振り、ゆっくりと立ち上がると、丘の向こうに広がる水平線を見つめていった。

「ハムくん、都会でこんな綺麗な青色、見られるの?」

 美月の唐突な質問に、公也は戸惑ったように口を曲げた。だが美月はおかしそうに笑うと、眼前に広がる大空を仰ぎだした。

「海の青色は見えないかもしれないけど、青空は見えるわよね」

「……どうだろう」

「田舎は青やら緑は綺麗だけど、他の綺麗な色は溢れてないもの。ないものねだりね」

「美月、何が言いたいわけ?」

「急いだって仕方ないってこと」

「仕方……ない」

「都会には都会の時間の流れ方やルールがあって、ここにはここのそういうのがある。急いては事をし損じる、楽しみましょうよ」

 と、美月はくるりと向いて、香琴へ微笑んだ。その笑顔は親のように優しく、普段見せないことのギャップだろうか、横顔だけで公也は引き込まれそうだった。

 香琴が笑顔で頷くと、公也の視線に気付いた美月がいつもの猫のような淫靡な笑顔で公也をじっと見つめた。

「私を好きになるなら早めに言ってね」

「は、話を飛躍させんな!」

「冗談よ」

 彼女は事も無げに告げて、香琴の方へ歩み寄った。彼女の冗談は質が悪いと公也は悪態を吐きながら、その後ろについていった。

 そして美月は香琴と目を合わせて、中腰のままおもむろに彼女の頭を撫でた。

「香琴は宝が見つかると思う?」

「分からないなあ。見つかると嬉しいけど」

「じゃ、探さないとね。探さなきゃ見つからないもの」

 美月は先程まで見つめていた地図を手にすると、また延々と考え込みだした。公也はその不親切な様に、思わず不満を漏らした。

「やっぱ変わってるな、あいつ」

 公也がぼやくと、香琴は大きく首を横に振って否定した。

「変わってないよ、多分私がダメなんだと思う」

 香琴の自己評価の低さに、また公也が閉口した。はしゃぐ凪沙、変人の美月、そして香琴のこの反応は、公也としても困りものだった。

 困った公也が腕を組んで考え込んでいると、後ろから突然、「ぐわああっ!」という巨大な叫び声が聞こえてきた。思わず身をすくめ振り向くと、シャベルを投げ出した凪沙がぐったりと倒れていた。

「ど、どうした!」

「何か見つかるかと思ったのに、でっかい石だったよ……またハズレだ」

 凪沙のぐったりした声に、つられて振り向いた香琴もほっとした顔を覗かせていた。大きな毒蛇でも出てきたのかと思い二人は心配したが、凪沙ならば逆に笑って掴むかもしれない。

 凪沙はシャベルを放って地面に寝転んだ。こうしたとき、公也の知り合いは決まってつまらなさそうな顔をするのが相場なのだが、彼女はさばさばした顔で空を見上げていた。

「本日二度目の休憩なのだ」

「凪沙は地面に寝転がるのが好きね」

 美月が軽口を叩くと、凪沙は不満をおくびにも出さずに笑っていた。

「うーん、やっぱ簡単に宝は見つからないなあ」

「そう簡単に見つかってくれたら宝の価値が下がるわよ、凪沙」

「そうだよねえ」

「この計画に付き合ってる私達の身になってよね」

「分かってるって。カコちゃんとハムくんは楽しめてる?」

 彼女の問いに香琴はすぐにうんと頷き、公也もしばらく迷った挙げ句、ああと答えた。

 彼女は体を起こし、自らの掘った穴を見て失笑していた。

「割と頑張ったのかな」

「ナギちゃん、すっごく頑張ってたよ」

「宝を見つけたいからね、まだまだやるよ。でもちょっと休憩しないと」

 凪沙は香琴に微笑んで、脇に置いてある自分のリュックサックを広げた。

「でもさ、ここって誰の土地なの? 国の?」

 公也が訊ねると、凪沙はきょとんとしながらすぐに答えた。

「ここはみつきちのとこだよ、多分」

「じゃあ、もしここで見つかったら美月の家のものになるわけだけど……それいいの?」

 公也が冷静に告げると、凪沙は慌てたような顔で美月を見た。だが彼女はしれっと地図を見つめ続けている。

「みつきちぃぃ! どういうことだぁぁ!」

「ここで見つかってくれたら良かったのに、残念」

 どうやら、美月が先程から妙に平然としていた理由はここら辺にあったらしい。彼女に掴みかかろうとする凪沙を必死に公也と香琴が宥め、ようやく凪沙が引っ込んだ。

「だいたい、みつきちは何やってるわけ」

「闇雲に掘ってても仕方ないから、枯葉のヒントを探そうと思って」

 そう美月は言うものの、彼女もそれらしきものに出会えていないのだろう。ゆっくりと伸びをして凪沙の側に寄ってきた。

「なんだよ、みつきち」

「私も昼ご飯食べてないから、ここらで休憩しようと思ってね」

「なら仕方ないな。ハムくん、千里の道も一歩からだ。宝を探し当てて最後に笑うのは私達、牟佐探検隊だと言うことを忘れるな、ヨーソロー!」

 相変わらずハイテンションな凪沙に、公也は小さく頷いた。

 結局、それから夕方まで穴を掘ったりなどを繰り返したが、めぼしいものは何一つとして見つからず、この日の探索はあえなく打ち切りとなった。

書いていた分に対し、掲載していた量が少なかったので、今更ながら追加。分量的に見ても結構終局が近かったので、もしかしたら再開の目処が立つかもしれません。


本当に、感謝の一語です。

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