何にもないね、田舎ってのは
ハートフルな田舎のちょっと特殊な日常を描いた作品を書いてみようと思い立ち、作ってみました。
広がる海と、青空と、木々の匂いが伝わってくるような作品になっていれば幸いです。
田舎に住む、数えるほどしかいない少年少女達の、都会のものと変わらない友情と恋愛、そして不思議な夢を、どうか温かく見守ってあげてください。
薄汚い木造家屋の畳部屋に、さんさんと日射しが注がれる。
すだれをかけて直射日光を避けるものの、放射熱が部屋を蒸し風呂に変えていた。
そのうだるような暑さの中、少年は散乱していた段ボールを踏み潰し、大きく息をついた。
エアコンなどない。長らく慣れたフローリングではなく、生まれて始めての畳部屋が少し心地悪い。
少年は先程設置したテレビのスイッチを入れた。アンテナの取り付けは、きちんとしていたはずなのでテレビは映るはずである。
映った。しかし、ほとんどが砂嵐で、結局チャンネルは三つだけだった。
『お昼休みにドキドキウォーキング♪』
ああ、都会で見慣れた昼のバラエティ番組がここでもきちんと放送している。しかし、唯一の難点を上げるとするならば、今は昼ではなく夕方の五時だということだ。
「タムさんも昼間のつもりで録ったんだろうなあ……」
少年は遠い目をして呟いた。ふと窓の外を覗くと、だだっ広い田畑と、裏手から伸びている山、そして辺りに面している海だけが目に映る。
試しに指を広げて民家らしきものの数を調べてみたが、少年の部屋から見える範囲では納屋ばかりで、それらしきものは一つも見つからない。
窓から顔を出して首をくいと横に向けると、ようやく一軒遠方にそれのようなものが見えてくるが、あとは農地ばかりが存在感を示してくる。
──田舎に引っ越すぞ!
嬉々とした父にそう言われて覚悟は決めていたが、ここまでど田舎だと少年は思っていなかった。
暗澹たる気持ちになっている少年とは対照的に、父はこの田舎暮らしに異様な昂揚を覚えている。
父に言っても埒が明かないと思い、都会での最後の生活の付近で、家電量販店に赴きネットの敷設相談をした。そしてあえなく、サービス圏外だと突き放された。
かろうじて携帯はつながるが、電波の状況が非常に怪しい。今もアンテナは一本しか立っていない。これでは携帯を使ったネットもままならない。
初回限定版、最速の深夜アニメ、動画サイト、全部夢のまた夢だ。
今までの生活が懐かしく、そして遠い。こんな田舎に楽しみなどあるはずもない。
少年はもう一度、テレビをつけた。司会のタムさんことタムラが若手の芸人を適当にあしらっているが、それもまた、こことは違う華やかな都心の話である。
当たり前のように過ごしていた日々が遠く、今目の前にあるのは海と山という、大嫌いな大自然である。
少年はテレビを消し、畳の上に寝そべった。引っ越す前、広いから荷物は処分しなくてもいいと言われた。小さな棚の上に、お気に入りのフィギュアを並べてみたが、窓から漂ってくる潮風とはハーモニーを奏でてくれない。
田舎はいいところ、生きていくなら田舎がいい。
力説する父に、何度も考え直せばと言ったし、こんな場所が楽しいと端から思っていなかった。それでもここまで何もない田舎にやってくるとは思っていなかったのも事実だ。
少年は携帯をぽちぽち押しながら、大手通販サイトを見た。ここへ来て一日目、あと何年ここに暮らすのだろうと考えるだけで気が滅入りそうで、今は少しでも気を紛らわせたいというのが本音だった。
今年十七になるから、大学進学までまだ時間がかかる。必死に勉強して都心や都会の大学に進めたとしてもまだ当分先の話だ。少年は嫌気混じりに天井を見つめた。
少年が体を投げ出していると、家のチャイムが鳴らされた。父が出てくれればいいものの、こういう時に限って下から大声が響いてくる。
「公也、ちょっと手が離せないから出てくれ!」
誰のせいでこんなところに来る羽目になったんだと少年は悪態を吐きながら、玄関へ出ていった。
「はい、どちら様ですかー」
公也、そう呼ばれた少年が玄関に出て行くと、短めの髪に整えた、小麦色に焼けた肌の中性的な小柄の人物が立っていた。
タンクトップのようなシャツと、短パンをはいている姿は、少年にも見えるが、女性であるような気もする。
「初めましてー隣に住んでる牟佐です」
向こうの明るい声に、公也は首を傾げた。
隣と聞いてもぴんと来ない。隣に家はない、あるのは田畑と舗装されていない道だけだ。
だが、しばらく考えてようやく公也は「ああ」と声を出した。山の方へ坂を上っていくと、一軒家がある。それがここで言うところの隣なのだ。
公也は困りながら向こうに頭を下げた。すると、向こうも同じように頭を下げてくる。
向こうが屈むと、タンクトップの隙間から、日焼けしていない綺麗な白色の肌と、桃色の突起がふいに顔を覗かせてくる。
公也は目を逸らしつつ、けれどもその魔力に抗えないのか、ちらちらと何度かその開いた胸元を覗き見ていた。
「えっと……牟佐さんだっけ?」
「うん、私がどうかした?」
「女の子……なんだよね?」
公也が困ったように訊ねると、彼女は満面の笑みで大きく首を縦に振った。それと同時に、公也は顔を真っ赤にして胸元から目を逸らした。
「どうかした?」
「べ、別に何でもない。そ、それよりそっちは何の用ですか」
さすがに男か女か分からなかったからといって、女性の体を覗き見ていたとは知られたくない。知られたならば、この村の中での人生は破滅したも同然だ。
だが彼女は考え込むように頭を傾げ、また無防備な胸元を首元から晒しだしてくる。
公也は顔を横に向け、いらいらしたように彼女の言葉を待った。
「うちのお母さんとお父さんが、引っ越ししてきた人にきちんと挨拶しとけって言ったから来たんだ。他にも言うこと……うーんと、何かあるかな」
「それだけなら別にいいんだけど……」
「あ、お名前なんだっけ?」
「あ、それだったら多分、今日か明日にでもうちの父親が挨拶回りに行くけど……」
「名前教えてくれないの?」
「いや……椎木です、よろしく」
「下の名前は?」
「俺の? ……公也」
「どんな字?」
「公平のコウに、ナリっていう字」
彼女はへえ、と屈託のない笑みを見せ、ふふんと胸を張りながら彼に言った。
「じゃあ、ハムくんだ」
彼の眉がぴくりと動いた。彼女の小学生並みのセンスに呆れたのもあるが、今更こんなあだ名をつけられるとは思っていなかった。
「その、挨拶に来てくれてありがとう。その内ちゃんと話はするから」
「うん、そうしてほしいな。私ね、うちの学校に新しい人が来るって話だったから、すっごく期待してたんだよ」
「楽しみにされるようなことかな……」
「するよ。友達もみんな楽しみにしてるんだ」
彼女に言われ、どっと不安が吹き出ていく。化粧をしてなくてこれだけ目鼻立ちがくっきりとして愛らしいのは、都会でもなかなか見られないだろうが、この田舎的思考も都会ではなかなか見られない。
こんな人間があと何人待っているのかと考えただけで、公也の肩は重くなりそうだった。
「あ、私は凪沙。ハムくんに会ったこと、みんなにも伝えとくね!」
と、彼女は手を大きく振って、その健康優良児な様を見せつけるように走っていった。
変な少女だと思ったが、あんなことまで言われるとは思っていなかった。
公也は吹き出る疲れを隠さないまま、肩を落として夕焼け空を見つめた。
こんな生活があと何年続くのだろうか、それを考えるだけでも憂鬱だった。
二回投稿ミスしました。一回は即時投稿。二回目は短編で投稿という初歩ミス。これも全部風邪が悪いんだ。




