第11話:真実の全開示(前編)
──決壊する世界の中心で
店を飲み込もうとする漆黒の虚無と、溢れ出した数多の記憶が交じり合い、天井も壁もその境界を失っていた。棚の硝子瓶はすべて砕け、床には宝石をぶちまけたような光の海が広がっている。
その光の渦の中心で、俺と店主は向かい合っていた。
俺の脳内には、ダムが決壊したように、失われていたはずの映像が濁流となって流れ込んでくる。
「……思い出した。すべて、俺が始めたことだったんだ」
心臓が破裂しそうなほど脈打つ。左手の薬指の、あの白い日焼け跡が、今や焼印のように熱を放っていた。
──「あの日」の情景
視界が、セピア色の過去に塗り替えられる。
大学時代。サークル仲間だった俺と、店主。そして、店主の自慢の妹だった、あの少女。
あの日も、今日のようなひどい雨だった。
目の前で、ガードレールを突き破り、少女の小さな身体が宙を舞った。
俺は、彼女に指輪を贈る約束をしていた。彼女の卒業を待って、正式に想いを伝えるはずだった。けれど、血の海に沈む彼女を前に、俺の指は、スマホのボタンを叩くことさえ満足にできなかった。
数秒の、絶望的な遅れ。
病院で医師から告げられた「あと一分早ければ」という言葉が、俺たちの世界を粉々に砕いた。
──提案という名の罪
病院の廊下で、廃人のようになった店主の隣で、俺は自分自身の罪悪感に耐えきれなくなった。
妹を失った店主の絶望を救いたいという名目で、俺は自分の「後悔」から逃げたかっただけなのだ。
『俺が半分持つから……だから、あの子のことを、なかったことにしよう。……悲しみを消せるなら、まだ生きていけるはずだ』
俺のその提案に、店主は力なく頷いた。
それが、この『無銘雑貨店』が誕生した瞬間だった。
二人の強い精神エネルギーと、死者という禁忌への干渉が、世界の理を歪めた。
俺たちは、彼女に関わるすべての「悲しみ」を抽出し、それを補填するために、彼女の「存在そのもの」を世界から削り取って代償に支払った。
彼女を忘れた両親は救われた。友人も、街の人々も。
けれど、その中心にいた店主は、感情を切り離した「創造主」となり、俺は自分自身の責任の記憶を瓶に詰め、それを店主に預けて「名前のない店員」として逃避し続けた。
──共犯者の再会
フラッシュバックが終わり、現在の崩壊する店内へ意識が戻る。
店主の姿は、もはや透明な陽炎のようだった。
「……お前が提案し、私が受け入れた。私たちは、彼女を二度殺したんです。一度目は物理的な死を、二度目は……世界からその痕跡を消し去るという、最悪の冒涜によって」
店主の声は、震えていた。
これまで中性的で淡々としていた「創造主」の仮面が剥がれ落ち、そこにはただ、取り返しのつかない罪を犯した一人の人間が泣いていた。
「……なぁ。俺が、あの日呼べなかった救急車の代わりに、今、何をすべきか……本当は分かってるんだ」
俺は、床に落ちていた「虚無」の瓶を、強く握りしめた。
この瓶の中には、俺が逃げ出した「責任」が詰まっている。これを飲み込み、自分の魂に戻せば、世界を繋ぎ止めている歪んだ均衡は一気に崩れるだろう。
それは、この店が消え、俺たちの「嘘の救済」が終わることを意味していた。




