第三章1 白昼夢の記録者
ゴールデンウィークが明け、学校が始まると、不思議なほどに俺の微熱は冷めていった。
沙紀と共にすごした日々が、タバコの煙のように輪郭を失っていく。
教室内は、連休中の話題で騒がしく盛り上がっている。
沙紀はといえば、自分の席で退屈そうに指先を眺めているだけだった。俺たちの間には、共有した「罪」の事実だけが、横たわっていた。
「――はい、静かにしてください。ホームルームを始めます」
教壇に立ったのは、クラス委員長の三角千春だった。
彼女の声は、朝の空気のように澄んでいる。
「文化祭の出し物について、私たちのクラスは劇をすることに決まりました。各係の最終確認をします。……最後の一つ、進行を記録する『記録係』がまだ決まっていません。誰か、やってくれる人はいますか?」
千春がクラスを見渡す。誰もが文化祭という喧騒の中でめんどうな仕事を避けようと、申し合わせたように机に目を落とした。
その沈黙を破ったのは、すぐ隣の席から聞こえた、気だるげだがよく通る声だった。
「はーい、委員長。夏秋冬くんが適任だと思いまーす。彼、写真を撮ることだけはうまいし」
沙紀が、眠そうな声で俺を指差した。
その瞬間、教室の空気がわずかに変わった。好奇と、同情と、そして「押し付け先が決まった」という安堵が混ざり合う。
千春の視線が、真っ直ぐに俺を捉える。
「……夏秋冬くん。やってくれる?」
彼女の瞳には、すがるような、静かな光が宿っていた。その真っ直ぐな問いに、俺は断る術を持たなかった。
こうして、俺はめんどうなことに文化祭「記録係」になった。
放課後。クラスメイトたちが劇の練習や準備に散っていく中、俺は学校から貸し出された使い古しのカメラを手に、静まり返った廊下を歩いていた。
「夏秋冬くん、待って」
背後から千春が駆け寄ってくる。その足音が廊下に反響した。
「これ、文化祭のスケジュール。……無理にやらせちゃって、ごめんね。でも、春ヶ原さんがあなたの名前を出したとき、本当はちょっと嬉しかったんだ」
「……どうして」
「夏秋冬くん、また写真始めたんだって思って。いつからか、カメラを置いてから……少し、退屈そうだったから」
千春の言葉が、俺の胸の奥をチリリと焼く。
俺と彼女は、中学三年間を同じ校舎で過ごした同級生だ。あの頃の俺は、今よりもずっと無邪気に、ただ「美しいもの」を切り取るために、その一瞬だけを追いかけてカメラを回していた。
彼女は知らない。
今の俺のレンズが向いているのは、彼女が信じているような純粋な「写真」ではない。
それは、ただの空虚さだけが残った、卑屈で歪な収集癖に過ぎないことを。
「……期待しないでよ。俺はただの、取り留めもない記録係だ」
俺の冷めた言葉にも、千春は「うん」と小さく頷き、慈しむように優しく目を細めた。
記録係という免罪符。
それが、これから始まる崩壊へのカウントダウンだとも知らずに。




