第二章3 星丘の告白
シガレットの甘い後味が口の中に残り、夜の静寂はいよいよその濃度を増していた。
錆びついたブランコが夜風に揺れて、時折、キィという小さな悲鳴を上げる。眼下には眠りにつこうとする街の灯りが宝石をぶちまけたように輝き、頭上には都会の喧騒を忘れさせるほど残酷に澄んだ星空が広がっていた。
「おい……っ」
ブランコを飛び降りた沙紀は当然のような顔をして、俺の膝の上に自分の頭を乗せた。
膝に伝わる、彼女の頭の重み。甘い硝煙を含んだシャンプーの香り。
「……ねえ、見てよ、真白。星、あんなに綺麗」
沙紀が細い指で夜空を指さす。その指先は、まるで星を一つずつ摘み取ろうとしているかのようだった。
「ねえ、もしこのまま、時間が止まっちゃったらどうする?」
沙紀が、俺の膝の上で小さく身じろぎをした。
その拍子に、彼女の指先が、俺の手の甲にそっと触れた。触れられた場所から、じりじりと熱が染み込んでくる。
しばらくの沈黙の後、彼女の声が一段と低く、透き通ったものに変わった。
冗談めかした響きが消え、まるで夜の闇そのものが言葉を持ったかのようだった。
「ねえ、真白。人を殺すのってさ……どんな感じなのかな」
心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。
普通なら、笑って聞き流すべき不謹飾な問い。だが、俺を見上げる彼女の紫色の瞳には、この星空のように一切の曇もなかった。
「……考えたこともない。普通はそうだろう」
「私はさー……、『愛』だと思うんだよね」
彼女の唇から溢れた言葉は、星空の静寂を鋭く切り裂いた。
「愛だって?」
「そう。だって、誰にも渡したくないほど好きなものを、一番綺麗な瞬間のまま永遠に自分のものにできるんだよ。時間の流れからも、他人の視線からも、全部切り離して、私の中だけで完成させるの。……それってさ、究極の純愛だと思わない?」
喉の奥が引き攣るような感覚に襲われた。
狂気だ。倫理も道徳も、すべてを跳ね除けた、純粋で残酷な独善。
けれど、俺はそれを否定できなかった。
他人の視線を嫌い、傍観者としてファインダー越しに世界を切り取り、一番美しい瞬間の「彼女」を標本のように保存したがっていた俺の欲望。沙紀が口にしたのは、俺の醜い「所有欲」そのものだったからだ。
「……写真と同じだな、それは。固定して、保存する」
「ふふ、やっぱり真白はわかってくれるんだ。やっぱり、私たちは同じ色をしてる」
沙紀が、俺の手をぎゅっと握りしめる。
世界のルールは、今この瞬間だけは、一光年も先にある、別の宇宙の出来事のように思えた。
「ねえ、真白。もし私が、壊れそうになったら……その時は、君が私を止めてくれる?」
その問いに、俺は答えることができなかった。
ただ、重ねられた彼女の手に、自分の手を静かに被せることしかできなかった。
彼女の指は驚くほど冷えていたけれど、その内側には、俺を焼き尽くすほどの熱が宿っているのを、確かに感じていた。




