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紫色の青春〜俺の青春は、少し血の混じった紫色だ〜  作者: ハルキカク


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第一章3 罪の赤果

あれから一ヶ月。

 俺は今日、授業を終えると彼女――春ヶ原沙紀はるがはら さきに命じられて近所のスーパーにいた。

 西日に照らされた店内は、オレンジ色の光と長い影が不気味に混ざり合っている。

「このリンゴ、美味しそう」

 彼女が、陳列棚の真っ赤な果実を指差す。その紫色の瞳が、試すように俺を射抜いた。

「ほら、早く。……カメラ、返して欲しくないの?」

 あの日以来、俺は彼女に命じられるまま、軽くとも明確な犯罪行為を繰り返している。それは、俺が気取っていた「無色の傍観者」という殻を、内側から少しずつ腐らせていく作業だった。

 脅しに屈した俺は、震える手でリンゴを掴み、カバンにねじ込もうとした。

 だが――。

「君、何してるの!」

 背後から響いた、店員の鋭い怒声。

 心臓が跳ね、指先の感覚が消失する。俺が呆然と立ち尽くした、その時だった。

「走るよ、共犯者くん!」

 熱を帯びた細い指が、俺の冷え切った手首を強引に掴んだ。

 彼女だ。

 その力に抗う暇もなく、俺はリンゴをカバンに押し込んだ状態で走り出した。自動ドアを抜け、燃えるような夕焼けの下へと飛び出す。

 肺が焼けるように熱い。アスファルトを蹴るたびに、カバンの中の重みが背中に罪の意識を刻みつける。

 

 隣を並走する彼女は、乱れた黒髪の間から「あはは!」と狂ったような笑い声を撒き散らしていた。

 夕焼けを反射する彼女の瞳は、まるで血の色のように鮮烈で、毒々しい。

 入り組んだ路地裏に逃げ込み、追手の足音が遠ざかるのを待つ。

 俺は壁にもたれかかり、膝に手をついて激しく呼吸を乱した。

「……返せ。約束だろ」

「はいはい。お疲れ様、共犯者くん」

 彼女は上気した顔で微笑み、あっさりとフィルムカメラを俺の手に戻した。

「ほら、お駄賃」

 彼女が差し出したのは、いつの間にか手に持っていたあのリンゴだった。

 彼女はそれをシャリリ、と無造作に一口かじる。

「君も食べなよ。美味しいから」

 彼女のかじり跡がついた、禁じられた果実。

 俺はそれを奪うように受け取り、思い切り食らいついた。

 甘酸っぱい汁が、口いっぱいに広がる。

 無色透明だった俺の青春が、どろりとした紫色の絵の具で汚されていく感覚。

 最低だ、と思う。だが、激しく波打つ鼓動が、今まで押さえつけていた反動からか鮮明に「自分」という存在を主張していた。

 当事者として誰かに染められ自分の形が浮き彫りになっていく。快感と呼ぶにはあまりに不快で、けれど脳の端を痺れさせるような、倒錯した充足感がそこにはあった。

「……美味しいかよ。こんなもの」

「でしょ? これが私たちの『青春』だよ」

 彼女は小悪魔のように楽しげに笑うと、カバンから数枚の写真を取り出した。

「あ、これ。もういらないからあげる」

「待て、それは……!」

 俺の制止も聞かず、彼女はわざとらしく指を離した。

 写真は春の夜風に攫われ、夕闇の中へと舞い上がっていく。

 それは、真白が必死に隠してきた、三角千春を含む女子生徒たちの盗撮写真だった。

 同じ頃。

 放課後の誰もいない屋上で、一人の少女が佇んでいた。

 三角千春。

 風に舞い、フェンスに張り付いた一枚の紙。彼女はそれを、細い指先で静かに拾い上げる。

 そこには、図書室で勉強中の彼女を下からのアングルで捉えた、生々しいまでの執着が写っていた。

 千春は、その写真をじっと見つめる。

 夕闇の逆光の中、彼女の表情は読み取れない。ただ、写真を持つ白く細い指先が、わずかに震えているように見えた。

 普通なら警察を呼ぶか、あるいは恐怖に身を震わせるような悍ましい視線の記録。それを乱暴に捨てることもせず、ゆっくりと、丁寧に二つに折り畳むと、制服のポケットに深く沈めた。

「……夏秋冬くん」

 彼女の呟きは、夜へと移ろう静寂に溶けていった。

(第1章・完)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

もしこの物語を少しでも「面白い」「続きが気になる」と感じていただけましたら、ぜひ「いいね」や「お気に入り」で応援をいただけると、執筆の原動力になります。

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