《ちょっと寒いお話シリーズ》ぽたっ
その日、俺は生まれて初めて実家を出て、大学の近くのワンルームで一人暮らしを始めた。
トイレ・風呂つきで家賃は格安。父と母は「安すぎるけど大丈夫?」と言ってたけど、俺は「これで俺も一国一城の主だ」と浮かれていた。
確かに、不動産屋がやけに汗をかきながら、「本当に、ここでいいですね?」と聞かれた。
俺は「はい?」と聞き返したが、不動産屋はそれ以上何も言わなかった。
エアコンは効くし、畳に少し匂いが残ってるけど、まあ悪くない。
布団を敷き、段ボールの山を眺めながら寝転がる。
「明日は荷物開けて、近所でも散策するか……」
「朝、あいつ来るって言ってたっけ。朝起こしてもらおう」
そんなことをつぶやきながら、寝る前にSNSに写真を上げておく。
「#一人暮らし始めました」
パシャリ。
投稿して、スマホを脇に置いた。
天井を見つめながら、明日の予定をぼんやり考えるうちに――眠くなってきた。
うとうと……
――シャワーの音がする。
……え?
一瞬、寝ぼけてるのかと思ったが、はっきり聞こえる。
あれか、昼間、彼女に合鍵渡したっけ。
明日手伝いに来るって言ってたけど、気が早くてつい来ちゃったとか?
むふふ、とうことは今夜は……。
よし、まずびっくりさせてやろう。
そっと布団を抜け出して、足音を忍ばせて風呂場に近づく。
電気はついていて、すりガラス越しに肌色の影。
(やっぱり来たのか……)
でも。
玄関に靴がない。
脱衣所にもどこにも、カバンも、服も、下着も、何もない。
おかしい。手ぶらで来るわけないし、こういういたずらをする子じゃない。
――ぞわり、と背筋が冷える。
おかしい。怖い。
でも、確認しなきゃ。
意を決して、ゆっくりドアを開ける。
湯気の向こう。
誰も――いない。
シャワーだけが、空の浴槽に、静かに水を流していた。
俺は無言で、蛇口をひねり、水を止めた。
……そのとき、スマホが震えた。
画面には、彼女からのメッセージ。
『ごめん、今日やっぱ行けないや。明日朝イチに行くね!』
『ねえ、SNSの写真見たけど……あの奥にいるのって、お母さん?
誰かいるように見えてちょっとびっくりしたw』
――お母さん?
俺は投稿した写真を確認した。
段ボールの陰、部屋の奥に――
濡れ髪の真っ白な女の顔が、半分だけ覗いていた。
そして――
ぽたっ……
水音が落ちた――すぐ背後で。
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