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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

偽聖女と呼ばれ追放されたけど、実は最強でした。神殿が滅んだので今さら戻ってこいと言われても遅いです

作者: 結城斎太郎

神殿に響いたのは、告発の声だった。


「セイラ=リュミエール! お前は聖女の資格なしと判断する!」


神官長の鋭い声が空気を切り裂く。壇上で跪く銀髪の少女が、静かに目を伏せた。神殿の象徴たる純白のローブを着るその姿は、まさしく聖なる光の化身だったが――今や、その光は疑念に汚されていた。


「異議など認めぬ。我らは神託に従ったまでだ。お前にはもはや加護はない。今日限りで、神殿より追放とする!」


参列する貴族や神官たちは誰一人異を唱えなかった。むしろほっとしたような顔すら見える。


「……わかりました」


セイラは微笑んで立ち上がった。その顔には、怒りも嘆きもなかった。ただ、静かな光が灯っていた。


「私の神は、いつも私の中におります。貴方たちが信じずとも、構いません」


背を向けた彼女の背中に、罵声が飛ぶ。


「偽聖女め!」「神の威光を騙った罰を受けよ!」


けれど、セイラは振り返らなかった。ただ、その日――神殿の空が真っ黒に染まり、雷鳴が轟いたことだけが、後に語り継がれることになる。



---


それから三年。セイラは辺境の村にいた。


「わああ、セイラさま、ありがとう! おばあちゃんの目、見えるようになったよ!」


「また奇跡……今月だけで十件目だぞ……!」


村人たちの歓声に、セイラは優しく笑う。


かつて神殿が「奇跡」と称した彼女の力は、加護の証ではなかった。セイラ自身の魔力と才能だったのだ。聖女とは名ばかり、彼女はただ「最強」だったのだ。


それゆえに、神殿にとっては脅威だった。


「神の奇跡は、神官を通じてのみ発現する」――その教義を崩されては困る者たちによって、セイラは追放された。


「……でも、もういいの」


神殿など、なくても人は救える。


そう思っていた矢先。


「セイラ様! 都が……王都が襲われています!」


村に駆け込んできた旅人が、息も絶え絶えに叫ぶ。


「“堕天の獣”が復活したと……神殿も王軍も壊滅状態で……!」


セイラの表情が曇る。


“堕天の獣”――それは、数百年前に封印された災厄の魔物。神殿がその封印を守っていたはずだ。


「……神の加護が、なくなったということかしら」


セイラは立ち上がる。


「行きましょう、レイ。王都へ」


傍らの黒狼がうなずく。三年前、セイラが救った魔獣であり、今や忠実なる相棒だった。



---


王都はすでに廃墟と化していた。


空を覆う漆黒の瘴気、焼け焦げた神殿。かつて彼女が立っていた大聖堂は、瓦礫と灰になっていた。


中央広場には、あの神官長――カリスが、瀕死の状態で横たわっていた。


「……セ……セイラ……?」


「生きていたのですね。神託で追放したはずの私が、今ここにいますが」


冷たい声で言い放つセイラ。カリスは震えた。


「……た、助けてくれ……! お前の“奇跡”で……」


「これは復讐ではありません。私は、あなたを助ける気はありません。……あなた方が私を追放しなければ、今、こんな事態にはなっていなかった」


セイラが手をかざすと、空気が震えた。


「神に頼らずとも、この世界は救えると――証明してみせましょう」


叫ぶような咆哮とともに、瘴気の中から“堕天の獣”が現れた。


巨大な体。六つの目。黒き翼。


だが、セイラは一歩も引かなかった。


「レイ、援護を。行くわよ!」


魔法陣が光る。雷が走り、風が巻き起こる。


誰よりも強く、誰よりも優しく。セイラは「聖女」ではない。ただの“セイラ”として、世界を救う剣となった。



---


数時間後。戦いは終わっていた。


“堕天の獣”は跡形もなく消え去り、王都に再び陽が差し始めた。


倒れていた人々が、次第に立ち上がる。そして、誰からともなく口にした。


「……あの方こそ、本当の聖女だ……」


「神ではなく、人として私たちを救ってくださった……!」


セイラは微笑んだ。


「私は聖女ではありません。けれど、皆がそう呼ぶなら――」


そのとき。空から一筋の光が降りてきた。


まるで、神が「誤り」を認めるかのように。


セイラの体が光に包まれた瞬間、彼女の中に確かな声が響いた。


《セイラ=リュミエール。真なる聖女として、認めよう》


涙が頬を伝った。


「……ずるいわね、今さらなんて」


だが、それでも。


「私は私の信じる道を行く。もう、誰にも操られない」


セイラは空を見上げ、誓った。


――これからも、ただ救うために。人のために。


そうして、彼女は歩き出す。


かつて追放された神殿を背に、自由と誇りを胸に。


彼女の物語は、ここから始まるのだから。



---


瓦礫の山だった中央大通りには、再建の槌音が響いていた。


「セイラ様、こちらの家族にも治癒を……!」


「はい、今行きます」


セイラ=リュミエールは、かつて自分を追放したこの都で、今は“救い”の象徴となっていた。倒壊した家屋の中から取り残された人々を助け、病に倒れた者には癒しの魔法を、飢える子供たちには食糧を――その姿は、もはや「奇跡」そのものだった。


「ありがとう、セイラ様……」


「俺たち、一度は疑ってたのに……すまなかった!」


「ううん、もういいのよ。過去は変えられないけど、“今”は救えるわ」


微笑むセイラの傍らには、例の黒狼レイがいる。だが、その眼差しはいつも以上に鋭い。


「……また、視線が多いな」


「ええ、感じるわ。明らかに“見張られてる”」


人々は笑顔を向けてくる――だがその背後で、神殿の残党と思しき者たちの気配が蠢いていた。


セイラを危険視する声が、密かに広がり始めていたのだ。



---


その夜。


セイラはかつての神殿跡にいた。


大聖堂の尖塔は崩れ、ステンドグラスは砕け散っていた。だが、中心部の祈祷室だけはなぜか手つかずで残っていた。


「ここが……神託が下ると言われていた部屋……」


セイラは手を伸ばす。だがその瞬間――。


「……入ってはなりません」


奥の闇から現れたのは、白衣を纏った青年。金の髪に氷のような青い瞳。


「あなたは……」


「私はユーリ=アズレイ。かつての“聖騎士団長”です」


名前は聞いたことがあった。神殿を守る最強の騎士、かつてセイラを庇おうとして左遷された男。


「セイラ=リュミエール。あなたは確かに奇跡を起こした。だが……それがゆえに、あなたは今、神殿の“敵”だ」


「今さら敵も味方もないでしょう? 神殿は崩壊したもの」


「いいえ、“旧神殿”は崩れた。だが、新たな“聖女”が生まれようとしているのです」


「……は?」


セイラの眉が僅かに動いた。


「あなたの奇跡は危険だ。神を通さず、人を救う。……それは神を“否定”する行為と受け取られかねない。新体制の神殿は、あなたの排除を正式に決めた」


「……!」


レイが牙を剥くが、セイラはそれを制す。


「だから、こうして忠告に来たのね。私を殺す前に、逃げろと」


「私は……まだ、あなたに剣を向ける気はありません。だが、忠告だけは本気です」


セイラは小さく笑った。


「ありがとう、でも私は逃げない。だって、私はこの地で誓ったの。誰かのために生きるって」



---


数日後。


王都に新たな聖女の即位が発表された。


名は「ミリア=カストル」。神託を受けたとされる貴族令嬢で、神殿復興の象徴として民衆の前に立った。


白銀の髪、聖なる衣装、整った顔立ち。


どこか――セイラに似せているような容姿だった。


「これって……明らかに、私の“模倣”よね」


セイラは冷笑した。だが、ミリアは無垢な笑顔で群衆に語る。


「“本物の”聖女とは、神の声を聞く者であるべきなのです。偽物に惑わされないで」


それは明確な宣戦布告だった。


だが、セイラは怒らない。


「敵意を向けてくるのが神殿だろうと、新しい聖女だろうと……関係ないわ。私が救うのは“人”だもの」



---


その夜、火の手が上がった。


セイラが庇護していた貧民街が、突然の襲撃を受けたのだ。


「セイラ様、火が……! 子供たちが!」


「落ち着いて、順に外へ!」


セイラは瞬時に魔法を展開する。防炎の結界、治癒の波動。レイが瓦礫の中から子供をくわえて運ぶ。


しかし、煙の奥から現れたのは――聖騎士団。


「セイラ=リュミエール。貴様を“異端者”として拘束する!」


「――っ!」


セイラは一瞬ひるむが、直後に目を細めた。


「まさか、“人質”を取ってくるとはね」


彼女は手をかざすと、一瞬で周囲を光の壁で覆った。


「この子たちには、指一本触れさせない」


その瞳に宿る強さは、もはや誰にも否定できなかった。


「神の名のもとに命じる! 剣を振るえ!」


「神の名を語るなら、まず――“その手”を、誰かのために差し出しなさい」


彼女の魔法が炸裂した。


雷鳴とともに聖騎士たちの剣が砕け、結界が彼らを地に叩きつける。


セイラは、もう誰の指図も受けない。



---


戦いのあと、王宮で“神託”が下ったと噂が広がった。


「新聖女ミリアは、偽りである」


「真の聖女はすでに存在する」


それは、神自らの訂正だった。


やがてミリアは失脚し、神殿は再び無力となる。


神も、教義も、権威も。


「私が望んだのは、そんなものじゃないのに……」


セイラは一人、広場のベンチで空を見上げた。


すると――隣に誰かが腰掛けた。


「……いいのか、こんなに堂々と」


振り向くと、そこには傷の癒えたユーリがいた。


「処罰は?」


「“神託”のおかげで助かった。……あと、あんたの奇跡にも」


二人は静かに笑い合う。


「セイラ、お前は本当に“聖女”なのか?」


「いいえ、私は“人間”よ。でも、それで十分でしょう?」


「……ああ。十分すぎるほどにな」


夜風が、やさしく吹き抜ける。


再び平和が戻った王都に、セイラの小さな祈りが溶けていく。


――これからも私は、神などいなくても、誰かを救えると信じている。



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