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16 暗殺者ジュディス


「分かった。私の負けよ」

 ジュディスはそれ以上の抵抗を見せず、ナイフを下ろした。

 さすがプロの暗殺者だけあって、冷静に事態を判断したんだろう。

「拷問するなり、殺すなり……好きにして」

 覚悟も決まっている、ってことか。

「――別に拷問なんてしないし、殺すつもりもない」

 俺はジュディスを見つめた。

「ただ知りたいんだ。なぜお前たちは俺を狙う? それに神獣も狙ってるんだよな?」

「…………」

 無言を貫くジュディス。

 この分だと、仮に拷問したところで口を割らなさそうな雰囲気があった。

 ……まあ、拷問なんてしたくもないし、するつもりもないけどさ。

「俺たちだって黙って殺されるつもりはない。俺たちを狙ってくる者に対しては、断固として立ち向かう。ただ――無益に殺す気もない」

「甘いのね」

「殺伐としたのは好きじゃない。俺は平穏に暮らしたいだけだ」

 ふんと鼻を鳴らしたジュディスに、俺は言った。

「話してくれないか、ジュディス?」

「……私は」

 ジュディスは首を左右に振る。

「ただの道具。主の命令に従うだけ。組織の命令について内実を話すわけにはいかない。たとえ死んでも、主の命令に従う」

「ふん、お前たちの主は随分と冷たいのう」

 ルシアが鼻を鳴らした。

「その点、我らの主は違うぞ? まあ、確かに甘いし、ときどき淫らな目で我を見ることもあるが――」

「いや、ルシアのことはそんな目で見てないぞ?」

「! 『ルシアのことは』って、他の神獣はそんな目で見ているのか!?」

「い、いや、その」

「ぐぬぬぬぬ……」

「ち、違うって! いや、全然違うとも言い切れないけど……」

「む」

「と、とにかく、お前たちは『しもべ』だけど、その前に大切な仲間だから」

「仲間――」

 ジュディスがハッとした顔で俺を見つめる。

「……お前だって『黒の爪』に仲間たちがいるだろう?」

「いない」

 ジュディスは淡々と告げた。

「言ったはずだ。私はただの道具だ、と」

「あくまでも道具だと言い張るのか……」

「……私は孤児だった」

 ジュディスは続ける。

「物心ついた頃には組織にいた。名前も、力も、生きる意味さえも――全て組織に与えられた。組織のために働き、組織のために死ぬ……それが、私の全てよ」

 まるで他人事のような口ぶりだった。

 自分の命に固執しないのも、組織のため……か。

 だけど、それは忠誠とかじゃない。

 ただの――洗脳だ。

 俺は胸が痛むのを感じた。

 彼女の虚ろな瞳を見ていると、そこに潜む孤独や悲しみが見えてくる気がした。

 もちろん、彼女は暗殺者で多くの命を殺めてきたんだろう。

 それは肯定できないけれど、もし組織に洗脳を受けていたとしたら――。

 しゅんっ!

 そのとき、突然黒い何かが飛んできた。

 ジュディスの背後から――。

「あれは!?」

「――させない」

 超速で反応し、動いたのはフィーネだった。

 ジュディスの死角から迫る矢をすべてつかみ取ってみせる。

 さすがの神速だった。

「……!」

 弓を射た者は失敗したと見るや、すぐに気配が去っていった。

 撤収が速いのは、いかにもプロといった感じだ。

「……口封じか」

 ジュディスは振り返り、淡々とつぶやいた。

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