第五章:仮面の下に笑う者
第五章:仮面の下に笑う者
宿に、一人の男がやってきたのは雨の夜だった。
黒い外套に濡れた髪、顔には微笑を貼りつけていたが、その目だけが笑っていなかった。
男は名乗った。
「ネヘミヤ。職業は盗賊――ということにしておこう」
ケビは警戒を隠さなかった。
だが、ネヘミヤは言った。
「この宿に泊まりたい。あと……君の“仲間”にもなりたい。利は君にある。君がまだ知らぬ“目”を、私は持っている」
スキル確認によれば、彼は【感覚特化型】、極めて優れた索敵・追跡・隠密技能を有していた。
確かに戦術的な穴を埋める存在だった。
そして、何より――その男の直感と行動は、
明確に“何かを探している者”のそれだった。
パーティーに加わったネヘミヤ(表向き:盗賊枠)
彼は目立たなかった。
派手な戦果を挙げず、功を誇らず、ただ黙々と仕事をこなした。
時折、夜の町に一人で消えることがあったが、翌日には必ず戻っていた。
そして、僅かながらに宿に銀貨を置いていった。
“見えない仕事”の報酬だと彼は言った。
半年――
ケビの宿は草原の端に、しっかりとした評判を築いていた。
安全、安価、冒険者フレンドリー。
そこにいる仲間たちもまた、実力者として噂され始めていた。
だが、静けさは終わりを告げる。
第六章:リア・グレイ、その名を呼ぶ者
それは風の強い午後だった。
ケビ・ハウスの前に、一台の黒塗りの馬車が停まった。
中から降りてきたのは、官服に身を包んだ二人の男。そして衛兵六名。
彼らは名乗った。
「ヤナギ県治安局。国王勅命により、王家への反逆容疑で指名手配中の人物、リア・グレイの身柄を確保する」
宿内は静まり返った。
アリアは即座に階段を駆け上がり、ロウは剣を手に取った。ノアは気配を消し、ネヘミヤは笑っていた。笑顔のまま、指先だけが動いていた。
そして、リアは自室の扉を開け、堂々と姿を見せた。
「……来たのね。半年かかったわね、あの情報屋も」
ケビが言った。
「リア、今逃げれば――」
「逃げないわ。私は無実だから。証明するために、この場に残る」
官吏の男が笑った。
「口だけなら誰でも言える。だが王命は王命。従わねば、宿ごと王の敵と見なすぞ」
その時だった。
ネヘミヤが、静かに一歩、前に出た。
「やめておきたまえ。君たちは王命と言ったが、私は確認したよ。君たちが持っているのは**“王命風の偽文書”**だ。印章が旧式だ。……君たち、本当に正規の兵かい?」
ケビは驚いたが、男たちはもっと驚いた。
「貴様、何者――」
「ネヘミヤ=マス・アル・グラウド。ハンシ王国第二情報課所属。君たちの調査対象だった者だよ、もしかして忘れたのかい?」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、男たちは逃げようとしたが遅かった。
ロウが道を塞ぎ、ノアが背後を取り、アリアの魔力が空気を冷やした。
リアは、ケビの方を見た。
「……ありがとう。でもこれで、私の居場所はもう、ここにはないわね」
ケビは言った。
「違うさ。むしろ、ここからが始まりだ」