第四章:泊まる者たち
第四章:泊まる者たち
草原に吹く風が、夏の終わりを告げていた。
ケビ・ハウスに、最初の客が現れたのは、そんなある夕方だった。
【一人目:逃亡者/リア・グレイ】
その女は、泥まみれのマントを着ていた。
髪は短く切り揃えられ、目は何かに追われるように周囲を警戒していた。
「……泊まれる部屋、ある?」
受付に立ったアリアに銀貨3枚を差し出しながら、彼女は囁くように言った。
「名前は?」
「……リア。リア・グレイ」
その名に、ケビの胸がざわついた。
彼の記憶の片隅にあった歴史書――ハンシ国の前王に仕えた近衛隊長と同じ姓。
後日、ノアの調査で分かることになる。
彼女は、冤罪で処刑命令を出された王家の忠臣だった。今も追っ手が動いている。
【二人目:研究者/ハルト・ベネル】
その男は、背負いきれないほどの巻物と箱を持って現れた。
眼鏡の奥に宿る光は、明らかに常人のものではなかった。
「宿泊と……できれば、地下倉庫を少し貸してほしい」
「何に使う?」
「魔素汚染の中和実験」
一瞬、ロウが剣に手をかけたが、男は笑った。
「冗談だよ。まだその段階じゃない。私はハルト。学術ギルドの追放者さ。理由は……“現実に魔法理論を適用しすぎた”から」
後に判明する。彼が追い求めているのは、失われた時空転移理論。
そしてそれは――ケビの転生スキルの根幹に、酷似していた。
【三人目:王族/ナイン=ユーベル】
三人目の客は、夜更けに馬車で来た。
護衛はなく、服も質素だったが、その所作には育ちの良さが滲んでいた。
「急ぎで泊まりたい。名は……ナイン。ナイン=ユーベル」
「身分証明は?」
「ない。ただ、いずれ見せる必要が出てくると思う。――この国に、変化をもたらすときが来たときに」
翌日、部屋に届けられた手紙に封蝋があった。
ハンシ国王家直属の印章――王の第七子のものだった。
彼は民間視察と称して、実は王宮内の政変と粛清の波から逃れていた。
ケビの宿は、偶然か、運命か――その避難所となった。
宿の静かな変化
最初の三人が揃った夜、ケビは一人、2階の通路に立っていた。
宿は静かだった。外は草原、風の音だけが聞こえる。
だが彼は直感していた。
この宿はただの建物ではない。
運命に導かれた者たちの、交差点になりつつある。
彼は手の中の銀貨を見つめた。
それはただの通貨ではない。この世界で、彼の生き方を支える「証」なのだ。