第三章:宿と契約と銀貨三枚
第三章:宿と契約と銀貨三枚
その日、ケビはまた一つ、異変を体験した。
ギルドで次の依頼を探していたとき、頭の奥に何かが"落ちる"感覚があった。雷ではない。剣の衝撃でもない。ただ、確かにそれは彼の精神に刻まれた。
《新スキル獲得:宿召喚》
内容:簡易集合住宅(2階建て、全6世帯分)を任意の土地に召喚可能。
備考:2世帯は専有、残り4世帯を他者へ賃貸可。
彼は眉をひそめ、スキルの詳細を読み返した。
そして、すぐに行動に移った。
ギルド本部・物件仲介課
ラガン支部の奥にある別棟、ギルドの不動産部門。冒険者が拠点を構えるために用意された制度だった。
「一番、安くて……人通りが少なくても構わない。荒れ地でもいい」
受付の初老の係員が鼻を鳴らす。
「変わり者だな。だがあるぞ。南側、旧牧場の跡地。地盤は悪くないが、水が少し臭う。文句は出るかもしれんが、銀貨30枚で買える」
「それでいい。買う」
係員は驚いたように彼を見たが、すぐに書類を出した。
「契約成立だ。登記はギルド経由で通す。次からは税もかかるからな」
旧牧場跡地
草原の外れにある、風にさらされた土地。壊れた柵と、干上がった井戸が残るだけの寂れた場所。
ケビは静かに六連星のペンダントを握った。
《宿召喚》起動中……
建造:木造集合型簡易宿舎【ケビ・ハウス】
状態:全6世帯/占有2・空室4
完了予定時刻:60秒後
地面が震え、光の柱が立ち上がる。
魔法というより、神業に近い建造だった。
やがて、木造二階建ての簡易アパートがそこに立っていた。屋根には安物の瓦、玄関には粗末だが頑丈な扉が並び、窓からは煙突を通じて小さな湯気が上がっている。
「……やるな、神様」
ノアが口笛を吹いた。
「こりゃもう“拠点”じゃない。ちゃんと生きていくつもりだな」
ロウは無言で建物の基礎を蹴って確認し、頷いた。
アリアは言った。
「経済活動の開始ね。私、こういうの嫌いじゃない」
料金設定:銀貨3枚/泊
翌朝、ギルドの掲示板横に一枚の紙が貼られた。
【新設宿:ケビ・ハウス】
草原南端、旧牧場地にて営業開始
一泊銀貨3枚、共同炊事場・井戸・鍵付き部屋あり
危険時は冒険者による即応支援あり
空室:4(先着順)
宿の存在はすぐに話題になった。
なぜなら、町の最安の宿ですら銀貨5枚が相場だったからだ。
魔族が少数派のこの国で、魔法的建築を使いこなす者は目立つ。ジュ宗教の「5常(誠・忍・節・献・慎)」にも反せず、正当な手段で土地を得て経済を始めたケビたちは、ギルド内で一目置かれ始めた。
ケビは、ただの戦いだけではなく、「生きる」ことにおいても冒険を始めたのだった。