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静穏の四世紀――ケビ・ユーンソンの遺産

静穏の四世紀――ケビ・ユーンソンの遺産


ケビ・ユーンソンという一人の男が、資格屋を設立してから、すでに400年が経つ。


その間、この大陸では――戦争は一度も起きていない。

紛争も、暴動も、王政崩壊も、革命すらなかった。


時代が移ろい、国家の名が変わり、文明が進み、魔導技術が飛躍的に発達しても、

ただ一つだけ変わらなかったものがある。


それは、「誰が国を治めるか」ではなかった。

「どうやって治めるか」という根本であり、

その原点にあったのが――ケビがかつて設けた“資格屋”の思想だった。

王が貧しき資格屋に学ぶ


ユーンソンの死後、資格屋は拡張され、王都を越え、各地に散らばった。

やがてそれは「資格」という単なる制度ではなく、公共精神の土台となっていく。


国家は学びを奨励した。

学びには金が要った。

金は税から出た。

だが、税は「王のため」には使われなかった。


王族たちは、ケビの精神に則って、己の資産を私することなく、

必要以外の全資金を国民と市民に分配した。

武力ではなく、能力の“認定”によって役職が選ばれた。

寄付は名誉とされ、見返りを求めなかった。


王家の家訓には、こう記された。


「王は統べる者にあらず、配る者なり。

富を集めるより、信を積め」


彼らの衣服は、王家と聞かなければわからないほど質素だった。


服は各王族にトランク一つ分までと制限されていた。

残る一着は――式典や外交にのみ着る、豪奢な一張羅。


それが唯一の“見せるための装い”であり、

「王は見せびらかすためではなく、時に希望の象徴として立つために着飾る」とされた。


宝石も例外ではなかった。

佩くことは禁じられてはいなかったが、持ち歩けるのはひとつだけ。

他はすべて国庫へ戻され、医療、教育、災害支援に用いられた。

繰り返される問い


400年の間、人々は問い続けた。


「愛とは何か?」

「力とは何に使うべきか?」

「国とは、誰のためにあるのか?」


それらの問いには、誰もが即答できるわけではなかった。

だが答えを出すための“訓練”を、資格屋とその思想が根付かせた。


学校では、教科のひとつとして「倫理と愛」を学ぶ授業が定着した。

卒業試験の一環には「あなたが明日から王だったら、最初に何をするか」が含まれていた。


そこには正解はなかった。

だが、考えるという行為そのものが、暴力の芽を摘み取る肥料だった。

火を持ち、灯を継ぐ者たち


人は愚かさを捨てきれない。

争いは本能に近い。

それでも――誰かが「違うやり方」を知っていれば、

それは伝播する。


ケビ・ユーンソンは、答えを遺さなかった。

代わりに、「選択肢」を遺した。

制度も、戒律も、支配も、彼の意図ではない。


彼が生涯をかけて行ったのは、

“選ぶ力”を他者に渡すことだった。


国家は彼の意思を歪めず、模倣せず、

ただ“なぞった”。


王は国を統べず、育てる者となった。

永遠ではなく、連続


今、王都の中央広場には、彼の名を刻んだ記念碑が立っている。


だが銅像はない。

肖像画もない。

なぜなら、ケビ本人がそれを拒んだからだ。


彼は遺した。


「俺を記すな。

記せよ、“灯があった”ことだけを」


400年が経ち、火は今も絶えない。

誰かが持ち、誰かが受け継ぎ、誰かが渡している。


それが、平和の源だった。

剣のない平和、軍のない防衛、

秩序は制度ではなく――市民が持つ意志そのものだった。


そしてこの静穏は、永遠ではない。

ただ、今日という一日もまた、「選ばれた」ものの上に成り立っている。


ケビ・ユーンソンの名は、もう歴史書にしか残っていない。

だが、彼の灯は今も世界のあちこちで、静かに燃えている。

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