特別章:愛の伝道師
特別章:愛の伝道師
王都セイレム南部、丘の上。
見晴らしの良いその場所に、ひっそりと一つの建物が建てられた。
名は――《愛研究所》。
瓦屋根に木の外壁、決して華美ではない。
だが、その門には銀の一行だけが彫られていた。
「愛とは、選び、守り、続ける意志である」
設立者はケビ・ユーンソン。
彼は国を変え、制度を築き、そして――すべてを他者に渡したあと、最後にここに辿り着いた。
■ 設立趣旨(公式声明)
設立時、王都の公文書館に登録された趣旨文には、こう記されていた:
愛研究所 設立趣旨
我々は、「愛」という概念を言葉や感情としてではなく、
行動・選択・連続性の三位一体として捉え、
それを長期的な実証と記録によって理解することを目的とする。
本研究は、60年にわたる人間社会・関係性・倫理・支援活動の中で、
「愛とは何か?」という命題を問い続け、
結論として以下の仮説に至った。
『愛とは、理解ではなく意思である。』
理解せずとも、選ぶ。
理解されずとも、支える。
それを“愛”と定義し、そのあり方を社会に伝え、育て、繋いでいく。
そして我々は、これを広める活動=愛の伝道と呼ぶ。
■ 内部構造と研究活動
所員数:10名(福祉学、哲学、倫理学、歴史、児童心理など各分野から招へい)
研究活動:各地での聞き取り調査、実践記録、家庭環境の支援介入、対話記録の保存
特殊部門:「喪失後の愛」に関する支援グループ(喪失者会)
特別蔵書:「ケビ私稿:60年間の記録」未公開
■ 出発の朝
ケビは、研究所の前で一人の旅装に身を包んでいた。
六連星のペンダントは外され、代わりに小さな木彫りの心臓型チャームが首元に揺れていた。
門の前で、かつての仲間――ネヘミヤ、サジ、リア、ナイン、そして卒業生たちが見送っていた。
「また、世界を変えに行くのか?」
と誰かが聞いた。
ケビは笑って、こう言った。
「もう変えないよ。
今度は、“ただ伝える”だけだ。
愛がなんなのか、60年かけて少し分かった気がするから。
あとは、それを話して回るだけさ。
“伝わるかどうか”じゃなくて――“伝えることそのもの”が大事なんだ」
■ 全国愛伝道旅:第一歩
ケビは、ひとつの手帳と、少量の衣服、そして「愛研究所」の名刺だけを持って旅立った。
どこへ行くかは決まっていない。
だが、立ち止まった村で、こう言う。
「こんにちは。
すみません、少しだけ話をしてもいいですか?
“愛ってなんだと思いますか?”」
そして、誰かが答える限り、彼はそこに座り、
その人の物語を聞き、笑い、時には黙って帰っていく。
■ 伝道師と呼ばれたその日
数年後、王都ではある噂が流れていた。
「どんな町にも現れて、“愛とは何か”を聞いて回る老人がいる」
「彼に出会うと、不思議と自分を許せるらしい」
「答えを求めず、ただ問いかけるだけ。
でも、それがずっと心に残るんだ――」
やがて、人々は彼をこう呼ぶようになった。
「愛の伝道師」――ケビ・ユーンソン
【終章】
「この世に、ひとつの火が灯りつづける限り――」