7.あれも悪夢だったのでしょうか
いつからか、否定もやめた。
誰にも届かない自分の想いがやけに虚しかった。
ずっと、痛かった。
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可愛いと思った妹の隣、ネグリジェを離さないから仕方なく妹のベッドに転がった。
普段運動なんてしていないせいか、日頃の疲れか、いつもと違うベッドだと言うのに、すぐに眠りについた。
夢の中、そう、きっとこれは夢の中だ。
可愛いと感じたアイリスも、過去では違った。
確かに違ったのだ。
これはドラウト大公家へ嫁いでそう時間が経っていない頃だ。セオドラ・ドラウトに言われたことをはっきりと、今でも覚えている。
そのせいか、ろくに口も開けない私の前にいるセオドラ・ドラウトが口を開く。
「男に媚びて生きてきた娼婦が、俺と同じベッドで眠れるとでも?汚らわしい」
全くもって身に覚えのないそれに、体が震えたのを覚えている。
現に今、ぼやけた思考の中で、自身の体が震えたのが分かる。
なんのことかと問い詰めても、呆れたように視線を送るセオドラ・ドラウト。
しかし数日後ドラウト大公兄妹の幼馴染、アンナ・モラレスにより、実の妹に裏切られていたことを知るのだ。
最初は全く分からなかった。
まさかどれほど私を憎んでいたとしても、実の妹がそんなことをするとは微塵も思っていなかった。
それなのに、アンナ・モラレスは言ったのだ。
妹さんはあなたの名前で遊び呆けているらしいわよ?
クスクスと嫌に耳にまとわりつく笑い声が聞こえる。
そんなわけないと信じたくて、実家に帰ってアイリスに問えば、「今更気づいたの?」なんて、愛おしいはずの妹の未だかつて見たことないほどのニヒルな笑顔。
突如泣き出す妹に困惑していれば、あることないことを両親や兄に告げられた記憶がある。
言ったのだ、私は。
旦那になった彼にも、両親にも言ったのだ。
‘’そんなことしていません‘’
‘’何かの間違いです‘’
‘’私じゃありません‘’
‘’アイリスが…!‘’
私の言葉を信じる人はいなかった。
否、そもそも、聞く耳すら持たなかったのだ。
どうして信じてくれないの?
言葉にしようとして飲み込んだ。
それすら無視されてしまったら、確信をつくその言葉すら誰にも届かなかったら、私はきっとそこに立っていられなくなると、そう思ったから。
結婚後、セオドラ・ドラウトと寝室を共にしたことは無い。
初夜すら私はひとりぼっちだったのだから。
だからこそ、ドラウト邸から夜に一歩も出たことがない私を証明する人はいなかった。
だからこそ、結婚後も耐えない悪評に、私以外が真実を訴えられなかったのだ。
誰からも後ろ指を刺された。
アンナ・モラレスはセオドラ・ドラウトの後ろで、私を怖がり、汚らわしいと泣いた。
セオドラ・ドラウトは、いつだって私をそういうモノだと、冷めた目で見下ろした。
夢の中、もうどちらが夢なのかも分からなくなってきた頃、ぼうっと思い出す。
どうしたら良かったのだろうか。
あまりに辛かったけれど、気にしていてはもう仕方ないと飲み込んだアレを、わたしはどうにかできたんだろうか。
今していることは、何か変えられるのだろうか。
また、同じ未来を辿るのだろうか。
そもそもあれは本当に未来?
ただの夢であったらいいのに。
未だ拭えないその希望に縋り付く。
分かっている。
メイドの入れ替わり、夕食、家族の言葉、世間で起こる出来事、全てにどこか身に覚えがあった。
たとえあれが夢であったとしても、16歳の誕生日から、私はあの悪夢と同じ道をどことなく辿っているのだ。
そうしてふと思い出す。
16歳の誕生日から半年後、ノストリーノ王国の開発が進められなかった貧困街。
あの悪夢ではあまり触れることがなかったそこで、疫病が蔓延する。あまりはっきりと覚えていないけれど水質に着いてお父様が説いていたことは覚えている。
1度死んだ私が、人々の死にゆく様を知っていながら知らぬ振りをすることは、できない。
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