5.妹は美食家です…
生まれたその時から彼女は主人公。
どんな宝石でもドレスでも、彼女よりも美しかったものは無い。
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「婚約者の顔も見ずに去るとは随分なご挨拶だな」
全身から冷や汗が止まらない中、うるさい心臓が落ち着かない。
2度目の人生で初めて会うというのに、初っ端から過去と違うとか聞いてません。
セオドラ・ドラウト大公様の言葉が本気なのか、はたまたからかっているのかの判断もつけられず、言われたままにチラッと、ほんとにチラッと相手を見てみる。
言った割に表情のひとつ変わらないその人の意図が全く汲めず、もうずっと泣きたい。
「も、申し訳ありません。お恥ずかしい話なのですが、わたくし少々人見知りで…」
人見知りがこんなでかいパーティで堂々とドレス着て挨拶回りできます?なんて今はもう誰も何も言わないで頂きたい。
いっそこのまま驚く程私を嫌ってあっちから婚約破棄してくれないかしら。
遠い目でそんなことを考えていれば、「そうか…」なんて一言。
低くて落ち着く声音。
初めて聞いた、どこか優しいそれに、思わず相手を見やる。
「それでは、私共はこれで失礼する」
目の前の2人が軽く会釈する前に頭を下げる。
踵を返す相手の広い背をぼうっとみつめていれば、視界の隅でセシリア・ドラウト様が微笑むのが見えた。
え、何?なんだったんです?
あらあらーなんて言いながらそういえばいつの間にか姿を消した両親を探しながら、訳も分からず考える。
何が彼の行動を変えたのかが分からない。
セオドラ・ドラウトから寵愛が受けられないことは身をもって知っているし、寵愛どころか愛情ひとつないことも理解している。
そんな相手に私が今更恋情を向けることもない。
いわゆる政略結婚で、あっちにはあっちで大切な相手がいらっしゃる。
だから目も合わせずに、分かりやすく帰り道を自ら開けたのに、何が気に食わなかったのか分からない。
理解不能でプスプスと煙を上げ始めたちっぽけな頭を殴ってやりたいけれど、ララ達が頑張って仕立ててくれた髪を崩すわけにいかず必死に我慢。
この過去との差が、マイナス方向に進まないことだけを祈るしかない。
そしていっそ婚約破棄してくんないかしら、という淡い期待はいつまでも抱いていると思う。
だって殺されるし。
ようやく見つけた家族に、どうたった?なんて笑われるから、それとなーく別に?って態度を取っておく。
気に入った雰囲気を出せば結婚まっしぐらだ。
淡い期待を崩すわけにはいかない。
「それにしても、あんなに素敵な殿方でしたのね」
アイリスの高く澄んだ声が耳に届く。
なにか含んだような笑みに、いつも通りほほ笑みかける。
お姉様には勿体ないんじゃなくて?と、冗談めかして笑うアイリスに続いて家族が笑う。私も笑う。
アイリスは美しい。
どんなに美しい花々でも比喩できない、可憐で上品な華やかさを持つ。
しかし私は知っている。
アイリスは酷く美しいものを好み、妬むのだ。
どれほどの愛を語られても、美しくなければ瞳にも移さない。
しかし、美しいものは必ず手に入れなければ気に食わない性分である。
そして私は知っている。
私の名を使い、彼女が夜の街へと足を運んでいたことを。
お陰様で私の結婚生活はお先真っ暗。
今考えると、他にも色々手を回されていた気がしなくもない。
今日分かった。
アイリスはセオドラ・ドラウトの美しさに目が眩んだのだ。
さすが美食家。美しければなんでも良いとでも言うのか。
私の名を使い遊び呆けていた時期は、確かにこの頃から始まっていたようだった。
今ならせめてその悪評だけでも何とかできるのでは?
婚約破棄ができなかった時のために、保険のひとつでもかけておきたい。
既に新たな話題で笑っている家族を他所に、ひとり心の中で決意表明したのだ。
せめてあの男あそびの悪評をなくします!
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