4.早く帰ってくださいぃ!
この日のためにと着飾った令嬢たちの中で一際輝く白銀。
誰と目を合わせることも無く、震える手を握りしめる。
まるで誰にも興味が無いとでもいうような瞳が揺れる。
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そばに居たお母様とお父様に続いて、狭くなった気道をこじ開けるように空気を吸い込む。
「セオドラ・ドラウト大公様、セシリア・ドラウト様、お初にお目にかかります。リリス・ヴァイオレッテでございます」
幼い頃から何度も、何度も練習し、今や流れるようにできるようになったカーテシー。
過去の私は緊張のせいか、はたまたこの尊顔に見とれていたのか思うように挨拶もできなかったことを思い出す。
大丈夫よ、今回は完璧なんだから。
互いに挨拶を済ませ、さぁもう今日の試合は終了よ。
このあと2人は何も言わずにさっさと自分たちのお屋敷に帰る。
過去の私はなんだかそれが寂しくて、婚約者なのにそんなのでいいの?なんてセオドラ・ドラウトに熱い視線を送ってみたけど無意味だった。
まぁ私からの熱い視線なんてたかが知れてますものね。
心の中で肩を竦め、挨拶も終わったしとろくに相手も見ずに会場に視線を向ける。
ヴァイオレッテの屋敷から馬車で数分、我が家の誇るパーティ会場は、ノストリーノ王国らしい、自然に囲まれた白く大きなホール。
大きなガラス窓はいつでもバルコニーに出られるよう開かれており、風に当たりながらどこまでも続く庭園を眺めることが出来るのが自慢だ。
センターにある大きなシャンデリア、あちらこちらにあしらわれるヴァイオレッテ家の紋章。
日々行われるパーティのためいつだって新しいドレスを身に纏う令嬢達。
あ、あのデザート美味しそう。
私はホールの端からバルコニーの端まで、見れるところを全て見つくした。
どれほど時間を有したかは分からないけれど、そんなに短くは無いと思う。
「あの、、何か、?」
隣から感じる視線から気を逸らすように頑張ってみたものの、ついに痺れを切らして口を開いた。
過去ではすぐさま帰って行ったセオドラ・ドラウト大公様が1歩も動かず私を見ているのだ。
すぐに帰ると思って視線をずらしたわけで、気まずくて仕方がないため辺りを見渡すも、もう見るものなんてない。
仕方なくそちらに視線を移してみれば、いつだって笑顔を見せないその冷たい視線と混ざり合う。
瞬きこそするものの、口も開かず髪も揺らさない逞しい相手に、背中の方が冷えるのがわかる。
セオドラ・ドラウトの隣にいるセシリア・ドラウト様なんて、シャンメリー飲んでらっしゃいますけど?
なんともないような顔して、兄であるセオドラとその婚約者の私をチラッと見ている。
助けて欲しくて目配せしても、ツンってそっぽ向かれておしまい。
どうにかなさって…?
過去のあなた方は、シャンメリーはおろか、立ち止まることだって挨拶以外なさらなかったじゃない!
ヴァイオレッテたるもの相手に悟られてはいけない。昔からのお父様の教えのおかげで、表情には出ていないだろうが、私の心の中は大荒れなわけで。
今すぐ頭を抱えて走り去ってしまいたい気持ちをグッと抑え込む。
「ほ、本日は、御足労頂き誠にありがとうございます。拙い、パーティではございますが、ぜひ、どうか、楽しんで…」
練習していない言葉が緊張で止まる。
ヤダもうこんなことなら何も言わなきゃ良かったなんて涙ぐみながら、じゃっ!なんて気持ちで立ち去ろうとする。
「…リリス・ヴァイオレッテ」
「…はい」
1歩踏み出したところで、ようやく言葉を発する相手にまた泣きそうになる。
早く帰って…。
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