3.怖いんです!
白銀のまつ毛に縁取られた大きな瞳。
小さく潤った唇。
華奢な体にあしらわれる煌びやかなドレス。
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煌びやかなホール。
今一際目立っているのは、白い家紋を持つ私達、ヴァイオレッテだろう。
温和な雰囲気を持つ美しい両親に囲まれ、キリリとした目で令嬢達を虜にするアランお兄様、ヴァイオレッテ随一の美貌を持ち、誰もが振り返る妹のアイリス。
普段はヴァイオレッテで1番取り柄のない私も、今日はなんたって主役なもので、とにかく目立っているのが分かる。
両親と共に挨拶に回っている私の心境は、絶望だ。
大袈裟なんかではなく、絶望の一言に尽きる。
2年後に迫った結婚を前に婚約破棄など言語道断。
なんの取り柄もないお前がヴァイオレッテのために出来る最も大きな仕事だろうと、すごーく遠回しに言われた。
分かっている。
このノストリーノ王国では、王族をトップとし、大公ーつまり未来の旦那様、セオドラ・ドラウトー、そして3番手に私達ヴァイオレッテ家含む公爵三家が次ぐ。
アルバーン公爵家は王族過激派、ダイトロン公爵家は神様過激派、ヴァイオレッテ公爵家はいつだって中立を貫いてきた。
つまり、公爵よりも格上の王に忠誠を誓う大公様と結婚する相手として、ヴァイオレッテ公爵家は均衡を保つ上であまりに都合がいいのだ。
そこで問題となるのは、私、リリス・ヴァイオレッテと妹のアイリス・ヴァイオレッテのどちらが大公に嫁ぐかという点なんだけれど。
「アイリスちゃんは今日も可愛いわねぇ〜」
「新しく買ったドレスも似合っているな」
「転ばないように気をつけるんだぞ」
順にお母様、お父様、お兄様である。
溺愛なのだ。
生まれたその瞬間から、アイリスはヴァイオレッテのお姫様なのだ。
そんな娘を、妻を片手挙げるだけで殺せるような、昔から冷徹と噂の彼の元へ嫁がせるわけが無いのだ。
家族からの愛情がないわけではない。
なんなら、愛されているのはわかっている。
ただその愛情に見るからにわかる優劣があるだけで。
「セオドラ・ドラウト大公様、セシリア・ドラウト様!」
少し離れた扉の前、大きなその声と、タイミングを見計らったかのような音楽で体が強ばるのがわかる。
お母様とお父様が侯爵との会話を止め、ちらりと私を見たのがわかる。
顔を下げていちゃいけない。
これが初対面なんだから。
普通にするんだ、普通に。
言い聞かせながら顔を上げる。
ぐっと拳に力を入れて、気が緩まぬよう引き締める。
扉から出てくる、正装に身を包んだセオドラ・ドラウト大公様と、ヴァイオレッテに合わせてくれたのか、白銀の髪飾りを煌めかせるセシリア・ドラウト様。
心臓がうるさい。
何も変わっていない。
私はあの5年で、今とは違う様になったのに。
彼は近しい記憶と何も変わっていないのだ。
瞳の上には綺麗な線、高い鼻にはっきりとした輪郭。
黒髪は綺麗にあげられて、この瞬間のためだけに見た目に気をつかってくれていることがわかる。
人々が道を開ける。
私達と彼との間に、貴族の道ができる。
王族に次ぐ権力者、彼に頭を上げられる者など今ここには存在しないのだ。
ピクリとも笑わないその威圧感。
初めて婚約者に会うというのに、周囲の方が余程私に好奇の目を向ける。
押されては行けない。
装飾のひとつ着いていない右手から目を背け、ドレスの裾を持ち、私は頭を垂れた。
震える手が、気づかれませんように。
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