2.居場所とかなかったんです!
黒髪だった。
太陽に照らされツヤツヤと輝く黒髪。
何者もを貫く赤色の瞳は、いつだって冷めていた。
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ララに髪を触られながら、じっと鏡台に写る自身を見る。
私がすごした7年間で随分と大人しい顔立ちになったんだなと感心しているけれどそうじゃない。
そんな場合では無い。
なんともめでたく私、リリス・ヴァイオレッテは今日で16歳を迎えるらしいけれど、私は覚えている。
16歳の誕生日は私の乏しい記憶の中では初めてセオドラ・ドラウト大公様と対面した日だ。
特にパーティにも私にも興味がありませんと言った顔で妹のセシリア様を連れて、私たち家族に挨拶だけして去っていた、過去の…いや、未来の?旦那様。
お母様はのほほんと「照れていらっしゃるのよ〜」なんて言ってらしたけど、そんなんじゃなかった。
「リリスお嬢様、顔が下がってらっしゃいますよ!」
今日の主役は私だからほら笑えと、ララが鏡越しに笑う。
焦げ茶の髪を、低い位置でお団子にして、そばかすが愛らしいララ。ヴァイオレッテ家のメイド服に身を包み、いつだって誰より私のそばで、私を見てくれているララ。
年の差なんて3つほどなのに、ずっとそばにいてくれたララ。
あの後ララはどうなったんだろう。
そうよね、そう微笑んで両頬を小さく叩く。
しっかりと、じんわり痛む頬に、振り返っていちゃいけないと喝を入れる。
こうなってしまったなら、あんな地獄みたいなドラウト大公家に行かなくてもいいよう動いてみよう。
自室を見渡してわかる、私があの家でどんな扱いだったのか。
ノストリーノ王国はほとんどの地域に四季があり、商業、農業ともに栄えた国だけれど、冬は極寒の国で有名だ。
そんな冬の時期、大した暖房器具も与えてくれず、寒く寂れたドラウト大公家の自室で薄い布団にくるまっていた記憶はまだ新しい。
初めはセオドラ・ドラウト大公様に、もう少し部屋を温めたいと伝えたけれど、いつだって幼馴染のアンナ・モラレスに邪魔された。
あの家では彼女こそが正義なのだ。
聖女へと成り上がり、結婚している彼の隣から一時も離れたことの無い彼女が言ったことは全て正しいのだ。
ドラウト大公家はもちろん、ヴァイオレッテ家も親友のあの子も民衆も、全ての瞳が私を敵とみなした。
私の言葉は、誰の耳にも届かず、ただの空気になる。
もう誰一人、信用してはならないことを、私は知ってる。
あそこに私の居場所なんてなかった。
いや、ヴァイオレッテ家にも言うほど私の居場所らしい所は無いのだけど。
「さっ!準備出来ましたよお嬢様!笑って〜!」
にこやかに私に声をかけるララ。
準備を手伝ってくれていたメイド達も自信ありげに私を見る。
ララ、貴方だけだったわ、私の言葉に頷き、抱きしめてくれたのは。
言われた通りに笑って見せて、鏡に映る自身を見る。
白銀の髪に乗る真っ白なパールの髪飾り。
パールと宝石を散りばめたアクセサリー達。
キラキラと光るアイシャドウ。
着れなくならないようにと朝食を我慢して着た白色と瞳を思わせる淡い藤色を基調としたドレス。
顔だけはいい。
ずっと言われ続けてきたその言葉に頷ける程度には、全てが綺麗にマッチして、私自身を際立たせているのがわかる。
これを着るのは2度目だけれど、それでも見とれてしまうほど美しいドレス。
「ありがとうララ」
私の言葉に、ララは当たり前だと笑う。
これが夢であろうと、あれが夢であろうと、死んだはずがまた同じことを繰り返しているのは確かだ。
今日私は、この人生で初めての戦場へ向かうのだ。
とりあえず、婚約破棄できないかお母様とお父様に聞いとこうと思う。
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