1.別に後悔とかないんです!
白銀の髪は青空に散った。
病的にまで白い肌は赤く染まった。
やせ細った体は力なく倒れた。
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目が開いたと同時に何か考える隙もなく、上半身を起こした。
はぁはぁと自身の荒い呼吸が聞こえると同時に、頭と首が繋がってないのにどうやって呼吸してるわけ?!なんて焦って首に触れる。
少しほっそりとした首に繋ぎ目もなければ痛みもない。でもしっかり首はある。
「ゆ、め、?」
胸元で手を握り呼吸を整えながら掠れた声で言う。
いやでもあの感覚は、なんて首を捻ってから気づく。ここがリリス・ヴァイオレッテ、つまり私の、実家の、自室であると。
おかしい。
私は18歳で、セオドラ・ドラウト大公に嫁ぎ、あの手この手であの家に住み着いている大公様の幼なじみとかいう女性にいじめ倒され、私の否定虚しくまさに今、頭と体を、あの刃物1つで、切り離されたんだから。
「何がどうなってるっていうの?」
考えているうちに乱れた白銀の髪を耳にかけ、最近は見なれなくなった自室のベッドからそっと降りる。
そう、降りた時のこのラグも、白を基調とした少し大きい部屋も、まさに18年間過ごした自室なのだ。
鏡を覆う布を捲って、映る自分を見る。
基本家を出ないせいか、出ても日傘から出ないせいか、日に当たったことありませんと公言する白肌…に隅も皺も無いんですけれど?!
ドラウト大公の家に嫁いで5年。途中から隠すことさえ諦めたやつれた顔が、ぴっちぴちの昔の何も考えてなさそうな顔になっている。
これはもしかして死後の世界?1番美しかった頃の私で過ごさせてくれている?
でもそれなら多分嫁いだ日が1番美しかったですー!なんて心の中で叫んでみる。
鏡に映る自身はミリ単位も変わっていないけれど。
直後、部屋の扉のノック。
「リリスお嬢様、起きていらっしゃいますか?」
幼い頃から私の死ぬ直後まで共に過ごしたメイドの声。
途端、私のせいであなたも死んじゃったのね、なんて急に悲しくなって、「ララ!」と相手の名前を呼んで少し重たい部屋の扉を自分で開けて飛びついた。
お嬢様?!ララの驚いた声が響いたものの、バランスを崩すことなく、最低限私の体に触れて受け止める。
ごめんなさいララ。そう告げる私に、キョトンと動きを止めるララ。
「どうしたんですかリリスお嬢様。らしくありませんねぇ。なんの謝罪ですか?」
全く、と言った様子で私の顔を覗き込むララのその優しさにさらに涙が溢れて、言葉をつなごうとしてすぐ閉じた。
「お嬢様のせっかくの16際の誕生日に早起きできなかったことへの謝罪ですか?それともここ1週間、御本を読んで夜更かしていることですか?そのせいで少し肌の調子が悪くなってきていることですかね?」
つらつらと告げられる言葉に、次は私がタジタジになる番だった。
え、ちょっと待って?
「16歳の誕生日?」
「はい。今日はリリスお嬢様が主役の日ですから、早く洗顔してたーっぷりおめかししましょう!」
るんるん気分のララが、入りますよとガラガラワゴンを引いて私の部屋に入る。
私はその場で硬直。
リリス・ヴァイオレッテ。ヴァイオレッテ公爵家が長女。
両親、兄、妹に囲まれて、なんだかんだ幸せな生活を送ったし。
色男で完璧主義な大公様が5年も旦那様だったし。
驚く程の意地悪にも耐え抜いた。
食べたかったスイーツは食べられたし。
読みたかった御本も沢山読んだ。
神の信仰も大切にしているわがクラウンド・ノストリーノ王国でこんなことを思うのは不躾かもしれないのですが、神様、私あの人生に別に後悔とかないんです!
やり直しってどういうことですか?!
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