17.絶対に行きたいのです!
家に居場所はなかった。だから家を出た。
家を出てからも、家のために働かなければいけなかった。
そこで初めて、私の光に出会った。
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馬車に乗るだけだからと護衛は2人の元にいるよう指示して、ララと2人、物陰に向かう。
「リ、リリスお嬢様、ほんとにやる気ですか?!」
アイリスに何度か何が入っているんだという目で見られた少し大きなカバンをちらりと見てからララは私に問いかける。
カバンの中は、今来ている服と違う、ボロボロに仕立てた服。
一昨日にクロット街へ行くことが決まってから大至急でララと一緒に準備したものだ。
シンプルなシャツを汚し、継ぎ接ぎを作り、ズボンは丈を短くし、こちらもボロボロに汚した。
貧民街っぽい服が欲しいなんて言葉足らずに言ったものだから、ララはドン引いた表情をしていたけれど。
「グ、グロウスリー街なんて、お嬢様のような方が行くべきでは…!」
ララの声に早く早くと動かしていた足が止まる。
そうだ、そういうことなのだ。
そういう思想が当たり前に存在しているから、過去の私は、そもそも興味を示したことがなかったし、大きな問題になるまで、誰も動かなかったのだ。
そもそもあそこから、目を逸らしているから。
「私だからこそ、行かなくてはならないのよララ。このままじゃいけないわ」
「で、も…お嬢様…」
ララの覇気をなくした声に、どうしたのかと振り返る。少し涙ぐんだララに、内心酷く慌ててしまう。
どうしたのだとわたわた聞いていれば、違うんです、なんてララの声。
「わ、私…私、グロウスリー街出身、なんです」
「え?でも、」
お父様は一言も私にその話をしたことはない。
セオドラ・ドラウトが屋敷に入れるやつの身分は知っておきたいとララを調べた時だって、出身はヴァイオレッテの侯爵家だった。
言葉にしなかった私の疑問を汲み取ったのか、ララがグッと涙をこらえて口を開く。
「グロウスリーで生まれて暫くして母が、今の父に気にいられて侯爵家に…。」
「…そうだったの」
貧民街に合わせた衣装作りがあんなにも手際よく、かつそれらしいものを作れたのも、その経験からか。
確かにララがうちに来てしばらく、汚れても気にしない点やあまり食べない点をメイド長に叱られていたのを思い出す。
「…分かったわ。詳しい話は家に帰ってからにしましょう」
「じゃあっ…!」
「だけどグロウスリー街には行くわ。私はこの目で確かめたいの」
「…何を、ですか」
「現状よ。この領地の現状は発展しているところだけ見ていたって仕方ないわ。真髄はきっとあそこにある。」
何故そこまでこだわるのか分からないというララの表情に微笑むしか無かった。
このたった2日間、沢山考えたのだ。
もし、グロウスリー街を立て直すことが出来たなら、私に何かあった時、死なずに逃げられた時、少しくらいなら身を隠すことが出来るかもしれない。
邪な気持ちだ。
もちろん、これから起こる災厄から人々を守りたい気持ちもあるや現状を建て直したい気持ちはあるけれど、正義感だけでは生きていけない。
やり直すなら、もうあんな風に死にたくはない。
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