15.兄妹水入らずなんて初めてなのです!
いつだって、どこかに線があった。
私が踏み入れてはいけない線。
私が誰も踏み込ませない線。
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外側はひんやりとしたのに、お兄様が付けていたからか、内側に温もりが残る手袋を数秒見つめた。
何が起こったのか。
私が手のひらに爪を立てるのを見て、なぜかお兄様がお兄様のはめていた手袋を私にはめた。
一連の流れを思い返して尚、首を傾げる私に、どうした?と優しい声が降る。
「なぜ手袋を?」
「それをしていれば直接爪は食い込まないし、多少は変わるだろう?」
なぜ?
答えてくれたお兄様の回答は、私の求めていたものでは無かった。
どんなに寒い時も、お兄様はアイリスに自身の上着をかけた。
小さな頃に屋敷の噴水にアイリスと遊んで落ちた時も、先に心配したのも、温めてあげたのもアイリスだった。
私は知っている。
お兄様の愛情は、私なんかに向いていないのだ。
そんな私の手のひらがどれほど傷つこうと、お兄様には関係もなければ興味も無いはずだ。
「そろそろカフェに行きませんこと?」
私たちの微妙な空気を読み取ったのか、はたまた何も考えずに言った言葉か。
アイリスの掛け声に噴水広場近くにある大きな時計塔を見る。
既に短針は3を超えており、昼食の後フラフラと屋台を見回ってもうこんなに時間が経ったのかと感心する。
「アイリスの好きなお店を教えてくれる?」
「えぇもちろんですわ!」
何はともあれ、微妙な空気を壊してくれたのは助かった。
少し感謝の気持ちを抱きながらアイリスに微笑めば、そちらもまたにっこりと立ち上がる。
「あ、手袋、ありがとうございます。今度お返し致します。」
あぁ、と答えるお兄様が、どこか寂しい顔をした。
それに特に疑問も抱かず、アイリスに引かれる。
レストラン街路に入りアイリスについて行っている時にふと思い出す。
そういえば、グロウスリー街について調べるために見てた地図。
レストラン街に妙な通路があって…どこだったかしら。
「ここですわ!」
アイリスの目線の先にある、カフェ。
柔らかい色の木造とレンガでできたかわいらしいカフェ。
アイリスがここに来るだろうと先回りしたアイリスのメイドにより既に席は用意されていた。
中に入ってみれば、外観よりも広く見える店内。
内装にはレースやリボン、植物が多くあり、おとなしく女の子らしい雰囲気にどこか心が躍るようのが分かる。
年齢が上がるにつれ、ヴァイオレッテとしての自覚や、大公の婚約者としての自覚が芽生え、おとなしいものを無自覚に選ぶようになった。
だけど、こんな、可愛い女の子らしい雰囲気のものはいくつになっても好きで、こういうのを好きだと正直に言えたらいいななんて、可愛いから好きなんだと言うアイリスに微笑みながら思う。
アイリスの好きだと言うパンケーキを紅茶と一緒に頼む。
お兄様は甘いものは得意じゃないからか、コーヒーを一杯。
アイリスの話を聞きながら、頼んだ商品を待つ。
ゆったりとした時間。
兄妹水入らずなんて、幼いころ以降初めてで、どこか緊張してしまったまま。
頭の片隅ではグロウスリー街について何も知らないままのことに引っかかったまま。
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