13.お兄様は苦手です!
彼女の願いはいつだって彼が叶えた。
彼は1度だって私のそばで私にだけ微笑んだことなどない。
彼が私だけの味方であったことなんて1度もないのだ。
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「あ、アランお兄様、ご機嫌麗しゅう…」
即座に兄の胸元から離れ、咄嗟に出た言い慣れない挨拶をしてみる。アイリスからの視線が痛い。
「リリスお姉様ったら!馬車を男性と共にする際は、エスコートして頂かないと!」
ね?なんてアランお兄様の腕に巻き付くアイリスに、彼が来ることを忘れてたなんて言えず、とりあえずそうねーなんて笑っておく。
分かっている、視線が右往左往していることは、分かっている。
それじゃあアイリスから、とアイリスの手を取るアランお兄様。
アイリスが無事馬車に乗り込んだのを見て、次に私に手を差し出してくる。
いつもつけている家紋の着いた手袋じゃない。
ちらりと見てみれば、いつもはセットされている白銀の髪も、今日はどこか落ち着いていて、軽そうなパンツにシャツという、見たことの無いお兄様の姿。
多少の気まずさを感じながら、差し出された手をそっと取る。
当たり前のように、流れるようにされるエスコートに、慣れてらっしゃるのが分かる。
質素な馬車とは言っても、人が3人乗り込んでも余裕のある広さの馬車の中、早起きで疲れたのか、なぜかお兄様でなく私の隣に座ったアイリスの首が小さく揺れるのがわかる。
「アイリス、私の肩に預けて。メイクが崩れないようにね」
言われるがまま頭を預けてきたアイリスの顔の角度を調整して、髪が崩れないよう軽く梳く。
私ともアランお兄様ともよく話すアイリスが居なければ、この馬車の中でこれといった会話は無い。
こんなことなら、使用人の乗る後ろの馬車か、護衛の馬の後ろにでも乗せてもらえばよかった、と少し後悔。
アランお兄様は、昔から何をどこまで考えているのか分からない人だ。
いつだって優しい瞳をしているけれど、ほんのたまに見せる相手を射抜くような視線に、ゾクリと背筋が凍る。
とても優しいお兄様だけれど、アイリスに向ける視線は世界で最も愛おしいものを見るような、慈しみを持った視線で、この人にとって私は同じ妹という分類ではないんだろうと幼い頃からヒシヒシと感じてきた。
ヴァイオレッテ家の第1継承者として誰よりも努力し学び、私やアイリスなんかでは到底及ばない思考をしている。
そんなお兄様の、何かを考えていらっしゃる時の表情やアイリスと私の違いを見せつけられる度、何かが軋むのだ。
「すまないな」
「…え?」
「アイリスが無理を言ったのだろう」
眉を下げ、チラリとアイリスを見るお兄様に、私はそっと肩を竦めて見せた。
「私も丁度出かけたかったんです。アイリスにも少しくらい外に出るべきだと怒られましたから」
アイリスの為ならば謝罪すら簡単にできるお兄様。
アイリスの行動なら簡単に読み取れるお兄様。
その態度がなんだか気に食わなくて、思わず少し強がってしまう。
そんな私を見て、少し笑って、アイリスに構ってやってくれてありがとうだなんて言われてしまえば、私はこの虚しい気持ちをどこへ置けばいいのだろう。
あなたはずっと変わらない。
いつだってこの子の味方でしかないんだわ。
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