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1−5 一回戦(3)

 これからどうするか…

死んだふりで亀の様に防御に徹して、彼女の消耗を待つか、

それとも攻める気配を見せて彼女が猛攻を出来ない様にするか。

亀防御は無理だ。私の足が防御のステップを踏めなくなる方が早いだろう。

であれば姿勢は一つだ。

前傾姿勢で攻める姿勢を取る。

でも刀は防御姿勢だ。

攻撃の時は前進するステップの最中に刀を前に向ければ良いのだから。

少しずつ前進する…ステップは小さく。

歩幅を広げれば、避けにくいタイミングで彼女の槍の穂先が飛んでくる筈だ。

右にも左にも槍は振り回せる。

なぜなら右手の先にも後にも左手で掴む場所があるから、

ベースボールグリップを右打ちにも左打ちにも変えられるからだ。

だけど、授業前後で見た彼女の利き腕は右だった筈だ。

だから、右から左に回す速度が速くて間合いが長く、

左から右に回す速度が遅くて間合いが短い筈だ。

攻め時はつまり彼女の槍が左から右に薙ぐ時だ。

そして私の最後の希望はヘイトインジケータだ。

これが一杯になった時、そして彼女が左から右に薙ぐ時、

ダッシュして左胴を斬る。

視線をそこに移してはいけない。

狙いを悟られない為には必要な事だ。

移動は…それでも反時計周りに移動せざるを得ない。

こちらが右利きのベースボールグリップである以上、

右から左に斬るか、上から切り下ろすかどちらかしかない。

むしろ相手の右に移動しようとするならそれは引っ掛けにしか見えない筈だ。

そうして、彼女の射程内に足を踏み込む…

彼女がプライドより実利を取るなら、私に攻めさせて体力を削るべきだが…

彼女はプライドを優先した。

右の腰付近から私の右肩付近に突いてくる。

勿論、右足を引いて腰を落とし、村正を寝かして上に弾く。

まだインジケータは満たされない。

だから彼女の槍の戻りに合わせて右足で踏み出す。

彼女はまた前進して左から右に薙いでくる。

バックステップで穂先の軌道から逃れるが…

彼女も合わせて距離を開ける。

このやり取りなら彼女の消耗の方が激しい筈だ。

息が荒い彼女は、明らかに私を攻めあぐねていた。

ここはこちらが動いて彼女を動かすべきだ。

真っ直ぐステップインする。

彼女は右から左の薙ぎで私を近づけさせない様にする。

ここでヘイト・インジケータが一杯になって光る。

『Now, full of indicator.

 Say keyword』

まだだ。ここでステップインする。

彼女が左から右の薙ぎで私の足を止めさせようとする。

今だ!

表示されたキーワードは微妙だったが、

私はプライドより勝ちたい気持ちを優先した。

『Say keyword』

「ヘイト・スラッシュ!」

グン、と腰を落として両足が高速でステップを踏む。

まるで車のアクセルをベタ踏みした様な加速が起こる。

そして、

防御の為に右足下に寝かしていた村正を

右下から左上に斬り上げる!

彼女は今度は左手を離して拳を向ける暇が無かった。

村正の斬撃は彼女の左脇腹に突き刺さり、

致命判定された攻撃に対して魔法防御が働き切断を防止するが、

剣圧は殺し様が無かった。

両手に何かが折れる感触が伝わり、

柔らかい物が歪む感触と共に村正を振り抜く。

斬撃に持ち上げられた彼女は、半回転してうつ伏せに地面に叩きつけられた。


 私はバックステップして距離を取る。

起き上がる前に槍を振り回されるのを避ける為だ。

村正は正眼に構える。

即座に攻撃を受ける事はないからだ。

「ぐ…ぐぅううう…ぐぞっ…」

彼女は立ち上がろうとするが、痛みがそれを阻止していた。

接近して打ち下ろしの攻撃をすべきか…

村正は様子見の様に動こうとしなかった。

彼女は体を大きく震わせながら、

がくがくと痙攣する足をなんとか支えながら、

少しずつ立ち上がった。

そして顔を歪ませながら言った。

「くそっ!ぶっ殺してやる!」

…違うでしょ。

あなたの今するべき事は、ダメージを考慮し、

今の私の攻撃を思い起こし、

それにどうやって対処するかを考える事。

素人でないならそれを考えるべき。

それなのにあなたは、

見下していた私の一撃で大きなダメージを受けた事に逆上し、

傷つけられたプライドを挽回する事ばかり考えている。

窮すれば鈍ず、

人は窮地に立つと冷静さを持てなくなり、

打開策が考えられなくなる。

他山の石とすべき事だね。

さあ、私のすべき事はたった一つだ。

まだインジケータは2回のヘイト・スラッシュが打てる事を示している。

彼女は逆上しているが体が言うことを聞かないから動けない。

なら、私が動かしてやれば良い。

彼女の左側にステップインする。

ただの素人の前進だ。

鍛錬した武人なら当然反応出来る…が彼女の体は傷ついていた。

左の防御の為に体を捻って槍の柄を左に持ってこようとするが、

それは彼女の腹に痛みを感じさせるものだった。

そこから私は自分の左側に大きくサイドステップする。

もちろん、ただの素人のジャンプに過ぎない。

彼女は当然反応するが…再度、腹に痛みを感じる事になった。

顔を歪めた彼女に対し、

私は左足に全体重が乗った時点で再度キーワードを叫ぶ。

「ヘイト・スラッシュ!」

グン、と加速した後、私の左下から右上への斬撃は、

彼女の右脇腹に突き刺さり、剣圧であばらが折れた。

先ほどより酷く柔らかなものが歪む感触と共に刀を振り抜く。

自分の左側に吹き飛ばされた彼女は、

地面に叩きつけられると共に咳き込みだした。

「ごほっげほっごぼごぼ…」

咳が止まると共に彼女は痙攣しだした。

吐瀉物で息が詰まったのだ。

立会の騎士の一人が彼女に近づき、顔を確認した後、

両手でバツを作った。

もう一人の立会の騎士が勝敗判定をする。

「勝者、サムライ・プリンセス!」

なにそれ、私の登録名!?

酷いよ、後で修正して貰わないと。

修道女達が彼女に近づき、彼女を横断幕で囲ってその中で治療を始めた。

「内蔵の止血と折れたあばらの矯正急げ!蘇生はそれからだ!」

いつかの格闘生徒は担架で運ばれていった。

エイプリルは致命的なダメージを受け、『蘇生』が必要な状態だった…

私は両手で顔を覆い、俯くしかなかった。

彼女は私を殺すと言った。

酷い奴だと思った。

その私が彼女を『蘇生』が必要な状態にした…

治療役がいない場所なら彼女は正真正銘、死んでいたんだ。

私も彼女と同類だ。

平和な日本なら、私達は犯罪者以外で殺人を見る事はない。

処刑は凶悪な犯罪への罰として存在するが。

だから多くの人は、

国の命令があったって自分には人なんて殺せないと思っている。

私もそうだった。

でも私は、

自分がそういう立場に立たされれば人を殺せる人間だと分かってしまった…

「ひぃ…」

小さい悲鳴と共にぼろぼろと涙が溢れた。

治療役達の治療指示の声の中、

私の嗚咽はバックグラウンドノイズ以外の何でも無かった。

つまり意味のない音だった。

私以外には。


 私の嗚咽が小さくなった頃、

騎士服を着た眼鏡の男が声をかけてきた。

「控室に戻りましょう。」

男は私の手を取ってエスコートしてくれた。

勝者には、疲労回復と傷の治療の魔法が与えられる。

私にはかすり傷しか無かったが。

眼鏡の男が言う。

「私はロジャー・ヘイスティング。

 今後はあなたの担当となります。

 連絡が必要なら教師を通じて依頼して頂ければ参ります。

 ところで、次回の対戦は公開しますか、

 今回の様に非公開で行いますか?」

また殺し合いをするのか…暗澹とした気持ちになったが、

とりあえず選択はしよう。

「非公開でお願いします。」

「分かりました。何か質問はありますか?」

「対戦時の服装は何か規定がありますか?」

「仕込みの武器などが隠していなければ何でも構いません。

 ただし、準決勝と決勝以外は伝統的には制服で参加して頂いています。」

「…分かりました。」

「何か防具的なものを着用したいんですか?」

忍者装束は最後の手段だから、今は着たくない。

「いえ、とりあえず制服で参加します。」

「それでは、学院本棟までお送りします。」

こうして私の一回戦は終わった。

後で確認すると、エイプリルは3ヶ月の療養となったらしい。

 8月15日にこの1章が終わる様に投稿を始めました。

2章以降はただの娯楽作になりますので、

安心してお楽しみ下さい。


 左下からの切り上げはギリで出来そうだったので

片手にせずに両手で切り上げましたが、

素人には厳しいかもしれませんね、グリップ的に。


 5投稿後2日休みと宣言しておりましたが、

連休で2章の第1稿を書き終えました。

明日以降も継続的に投稿予定です。

3章はきついな…

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