1−3 一回戦(1)
「王都は少し季節が早いね。
家の領地ではまだ暑い日が多いのに、
もう落ち葉が落ちてるからね。」
エイプリルの領地は東だから少し季節が遅いのだろうか
「うちの領地ならもう山は真っ黄色だよ。
農家は里山に交代で入って冬支度を始めてる頃だね。」
「まあ、うちの領地でも魔獣の間引きという冬支度は始めてるけどね。」
「エイプリルもそういう魔獣狩りに行くの?」
「女性は行かないよ、勿論。
両親が一度に亡くなる事があったら残された子供が大変だから。」
「…大変だね。」
「まあそれぞれの領地に宿命というものがあるからね。」
「んんん、頑張ってね、としか言えないけど…」
「その気持ちだけで十分だよ。
むしろお互い、早く相手を見つけて嫁に行かないとね。」
「エイプリルは大人っぽいから早く見つかりそうだね。」
「イブだって可愛いから早く見つかると思うよ。」
「ありがと。」
「じゃあ、また来週ね。」
「うん、さよなら。」
すっかり仲良くなったエイプリルと土曜の帰り道の途中で別れる。
今日の対戦の招待状は昨晩、学院教師からの手紙として渡された。
「夕方、17時の鐘までに庭球場に来る事。」
だから、15時に果物を摺りおろしたものを飲み、
胃に固形物は残さない状態で学院に向かう。
腹に連続して攻撃を受ければ、吐瀉して息を詰まらせる可能性があるし、
令嬢として吐瀉物をぶちまけるのは恥ずかしいからだ。
侍女は学院校舎の待合室に残して庭球場に向かう。
途中で騎士服を着た眼鏡をかけた男が近づいてきた。
「イブ・バークリー嬢ですね?」
こくりと頷く。
「こちらで着替えや装備をお願いします。」
そして庭球場に隣接したクラブハウスに連れて行かれる。
個室に一人にされた私は、とりあえず村正を装備する。
地面に現れる白帯と、この中世風世界に似つかわしくない日本刀が、
明るくない未来を想像させる…
制服の上着を脱ぎ、ベストとスカートの間に白帯を巻く…
私だって知ってる。白帯は初心者の証だ。
その初心者の証に日本刀の鞘を差し込む。
簡素な椅子に座る分には日本刀の鞘は邪魔にならない。
相手は何年生だろうか。
魔法を連射されたら、ともかく村正の自動防御が頼りだ。
私自身はウォーターボール以外はまともに使えない。
魔法防御が出来ないんだ。
何を考えても悲しくなってくる。
何でこんな素人を参加させるのか…
騎士がノックの後に扉を開ける。
「時間です。」
そうして、ネットを張る為のポールを取り除いてフラットになった庭球場で
私を待っていたのは…
「へぇ、あなたも参加者だったんだ?」
先ほど帰り道で別れた、エイプリル・フレイ男爵令嬢だった。
その声を聞いて、頭が真っ白になって、
何か口から出すことも、何か考えることも出来なくなっていた。
「両者はそれぞれ魔法防御を施され、致命傷を受ける事はない。
但し、累積した傷と出血で死亡する事はあるが、
神聖魔法で蘇生する事は可能だ。
その場合はダメージの回復・再調整に数ヶ月時間がかかる可能性がある事を
覚えておく事。
両者、覚悟は決めたか!?」
「はい。」
…もう一人の返事は無かった。私の事だ。
「君、覚悟は決めたか?」
そんなの決まってない…でも多分、逃げる事は許されない…
「はい…」
力の無い言葉が口から溢れた…
「それではここに魔術姫トーナメント1回戦を執り行う。
両者見合って…fight!」
私達2人の間合いは対面する彼女が決めた。
私はぼうっと立っていただけで、これからどう動くかも考えられていなかった。
彼女は槍を持っていた…槍?
槍って日本刀より長いよね…
「抜かないなら一方的に嬲らせてもらうけど、良いの?」
抜く?何を…
そうか、これは日本刀と槍の異種格闘?なのだった。
のろのろと左手で鞘を握る…
始めないと…
左手の親指で鍔を押し出す。
鯉口を切る行為だ。
それは斬り合う覚悟を決めた事を意味するが、
私は何の覚悟も決めていない事に、その時は気付いていなかった。
それでも抜刀する。
素振りじゃない以上、素振りのステップでは駄目だ。
少し足幅を広げて左足を前に置く。
目の前の彼女は上から目線で口を開いた。
「棒立ちじゃない…素人なのね?」
え?剣道って真っ直ぐ立ってると思ったんだけど?
「そんな様子で、素人じゃない私の突きをかわせると思っているの?」
彼女はぐっと腰を落とした。そして大きく左足を踏み込んで…
槍を突いてきた!
殆ど真っ直ぐ自分に向いて進んでくる槍の穂先に、
距離感など掴める訳が無かった。
自分の足がどうなっているかさえ把握していない私には、
どう動けば良いかが分からなかった。
その突きは私の…多分喉を狙っていた。
その時、両手に持つ日本刀が主導して私の体勢を動かした。
村正は私の右側に横向きに寝る様に動いた。
私はその刀を支える為に、左足に重心を移動し、
右足を左足の後ろに移動させて、
彼女に向けて体の左横を見せた。
槍の穂先は村正により受け流され、私の目の少し下を通り抜けて行った。
これが村正の自動防御…
つまり刀が最適な位置に動き、
持ち主はそれに合わせてステップさせられ、体勢を整えるという訳だ。
これがなかったら今ので動けなくなっていたよ。
勿論、村正の自動防御も
トーナメントの魔法防御もなければ一撃で死んでいた筈だ。
それを知って、ぞっとした。
彼女は私を「殺る」気だ。
一撃を防御された彼女は何とも思っていない様だった。
「その程度なら避けられるのね…
まあ、様子見の突きで決まってしまっては、
こちらも消化不良だからね。
せいぜい、無様に踊ってみなさい!」
今度は右肩を突いてくる。
武器を奪うのが目的だ。
受け流す事が出来なければ、後は逃げ回る事しか出来なくなる。
同じ方向だからステップは分かる。
先ほどより速い突きだが村正で弾く。
彼女は槍を引き戻し、今度は左腿を狙ってくる。
今度は村正を体の左側に寝かし、
右足を中心に左足を後ろに回す。
そして腰のあたりを槍が右から左に抜けてゆく…
相手が突く、戻す、突くの間にひと息つけるが、
リーチの差が如何ともし難く、攻勢に出る事が出来ない。
…攻勢?
槍の経験者に刀の素人の私が攻める?
どうやって!?
こんな攻防の最中なのに、目が潤んできた。
私の弱気が彼女には分かるらしい。
テレパシー持ち!?
彼女は突きを止めて口を開いた。
「刀を抜いた以上、
いまさら泣き言は止めてよね?
私達は命がけの勝負をしているの。
あなたがどんな愚図で鈍間でも、
勝負を汚す事は許さない!」
私の態度の何かが彼女の気に障った様だ。
そんな事言われても…
命がけの勝負?
そんな覚悟出来てないよ…
「またそんな顔をして!
偽装の為にあんたみたいな間抜けの知り合いをやってたけど、
もっと相手を選んだ方が良かったみたいね。
きっと他人からは私まで間抜けに見えた事でしょうよ!」
何でそんな事まで言われないといけないの!
普段はただ友人として喋るだけだから、
変に殺気とか出してる方がおかしいでしょ!
彼女はずっとこんな風に私を見下していたのか…
思わず涙が溢れた…悔しい!!!
「いくら泣いても手加減はしないわよ?
素人でもちゃんと殺してあげる。」
殺す…
そんな簡単に人を殺せるんだ?
良いよ、やってみなよ。
アリンコでもダンゴムシでもない私にだって
五分の魂はあるんだ。
必ず見返してあげる!
よくある友人対決です。