宇宙を越えて――
――ねぇ、宇宙人ってさ、ホントにいると思う?――
あれは、高校生最後の夏休み。
密かに想いを寄せていた幼馴染みと、公園のベンチに並んで座り、残り少ない休日を惜しみながら談笑していた時だった。
手に持ったアイス最中を太陽にかざし、まるでUFOのようにふよふよと動かしながら、何の気なしに私が発したその言葉。
あの時は「急に何言ってんだ?」とでも言わんばかりに、目を見開いてギョッとされたものだ。
あれから数年。
立派に――なのかは分からないけど、とにかく大人の仲間入りを果たした私は、地元を離れて就職したため、その幼馴染みとも疎遠になっていた。
そんな中、仕事が休みの日を使って、地元に戻ってきた私は、ふと思いたって幼馴染みとよく遊んだ公園へと足を向ける。
「うわぁ……全然変わってないや」
ブランコにシーソー、象の形をした滑り台、思い出の中より少し小さくは感じるものの、そこで遊ぶ子供達を自分と重ね合わせられる程に、あの頃のままな光景がそこにはあった。
「あいつ、元気にしてるかな――って、うひゃ!?」
「よぉ、半分食うか?」
楽しそうに遊ぶ子供達を、ベンチに座ってぼんやり眺めていた私が、突然頬に感じた冷たさに飛び上がり、慌てて振り返ると、まるで悪びれた様子もない1人の青年が、アイス最中を持って立っている。
どこか見覚えのあるその姿を見た途端、沢山の思い出がまるで泡みたいに、次々浮かんでは弾けていくような不思議な感覚に包まれた。
「――アイト、普通に声かけらんないわけ?」
「わりぃわりぃ。 あまりにもアヤがボーッとしてたからつい。 んで? いらないの?」
「………………いる」
記憶の中と全く同じ状況に、半ば確信を持って“あの日”と同じように、片頬を膨らませながら言った私の言葉に、幼馴染みも“あの日”と同じ言葉を返す。
「ほぃ」
「ありがと」
袋から出したアイス最中を半分に割り、少し大きい方を私に差し出したアイトは、そのまま隣に座ってアイスを食べ始めた。
「それにしても、最初分かんなかったよ。 しっかりイケメンになっちゃって」
「そうか? 自分ではあんまり変わってないと思ってたんだけど。 アヤの方こそ、ずいぶん美人になったよな」
さらっと言われた“美人”の言葉に気恥ずかしさを感じて、それを誤魔化すようにジト目を向ける。
「――その割には確認もせずに、あんなイタズラをかましてきた件について」
「いや、悪かったって! それに――」
でも、ずっと片思いしていたせいだろうか――
「――ベンチに座ってる姿を見て、何でかわからないけど、絶対にアヤだって思ったから」
――続けて何気なく言われたその言葉に顔が熱くなるのを感じた。
「……な、何それ、アイトってば私の事好きすぎない?」
内心の動揺を悟らせまいと、ニヤニヤと笑いながらからかいの言葉を口にした私だったが、じっとこちらを見るアイトにいたたまれなくなって、視線を外した瞬間。
「そう、だな。 昔から、ずっと好きだったから」
「ほぇぇっ!!?」
不意打ちの一撃を受けて変な声が出てしまった。
アイトが私の事を好き?
その言葉を自分の頭が理解するのに、随分時間がかかってしまった気がするが、アイトは私がポカンとフリーズしてしまっている間、何も言わずじっと待っていてくれる。
「――あのさ……それって、過去形なの?」
そして、もしかしたらと言う期待を込めて、やっとの思いで絞り出した言葉は、自分でもビックリするくらい震えていた。
「……いや、今も、かな」
「……そっか……」
嬉しさと、気恥ずかしさ、そして告白しなければならない事への恐怖で、口がカラカラになっていく。
もし、拒絶されたら。
居心地がよかったここでの暮らしも、すぐに終わりになってしまう。
だから、ずっと言えなかった。
でも、どちらにしても、ここでの生活も後半年程なのだ。
それならいっそ、何年もの間、ずっと私を想ってくれていたアイトが、本当の私を受け入れてくれる事に賭けてみたい。
だから私は――
「ねぇ、アイト。 宇宙人ってさ、ホントにいると思う?」
――あの時の質問を、もう一度繰り返した。
「――う~ん、そうだな……いる、と思うよ」
一瞬、呆気に取られたような表情を浮かべたものの、あの日と違って、アイトは真剣な顔で答えてくれる。
「じゃあ、さ。 もし、私がホントは宇宙人なんだって言ったら、信じてくれる?」
「……まぁ、宇宙に浮かぶ惑星に住んでるって意味では、地球の人間だって“宇宙人”――」
「――そうじゃないの!!」
きっと今までと同じように、照れ隠しで茶化してると思ったのだろう。
まるで諭すように言うアイトに、私はつい声を荒げてしまった。
「――っ!?」
「……ごめん。 でも、違うの。 信じて貰えないかもしれないけど、私は――」
ビックリしたようにこちらを見るアイトを尻目に、俯きながら今まで秘密にしていた事を話していく。
地球とは違う、別の銀河にある惑星出身であること。
その惑星では、“研修”として、似た文化を持つ他の惑星で暮らす期間があること。
そして、その研修期間が、もうすぐ終わること。
「研修が終わると、基本的には自分の惑星に帰る事になる。 その時、二つの例外を除いて、私が存在した記録も、記憶も、地球上からすべて消える」
「……すべて? アヤの両親や弟からも?」
「そう。 私の地球での家族も、本来の姿――お父さんとお母さんと息子が1人の三人家族に戻る」
これが、私の秘密だ。
他の星から来て、家族に成りすまし、地球人の振りをする宇宙人。
「なるほどな……その、研修って、いつまでなんだ?」
「信じて、くれるの?」
正直、話し半分に流されると思っていた私は、真剣な様子で何かを考え込むアイトに驚いてしまう。
「正直、まだ半信半疑ではあるけどな。 で? 研修期間は?」
「……地球に来て10年経つか、誰かに正体がバレるまで」
再度質問され、私が苦笑混じりに言った言葉に、アイトが目を見開いた。
「正体が、ってまさか――」
「――うん。 ホントはまだ半年残ってたんだけど、アイトにバラしちゃった。 だから……研修は、今日でおしまい」
俯いたまま、たはは……と力なく笑うと、不意に肩を抱き寄せられる。
「――アイ、ト?」
「アヤ、さっき言ってた、例外って?」
私の肩に回した手をキュッと強張らせながらそう言ったアイト目には、小さな決意の炎が宿っているように見えた。
「アイト、今更だけど、ホントに良かったの?」
自分の出身惑星に帰るため、宇宙船のコンソールを操作しながら、後ろのシートに座るアイトに声をかける。
「あぁ。 家族は大事だし、友達もいるけど……それよりもずっとアヤと一緒に居たかったんだ」
「――そんなハッキリ言われると照れるんだけど……」
あの後、結局アイトは、私が二つ挙げた例外の一つを選択した。
それは、『秘密を知った者が、地球人をやめる』こと。
つまり、アイトに関する記憶や記録も、私の物と一緒にキレイさっぱり地球上から消え失せる事になる。
「宇宙人でも照れるのか?」
「当たり前でしょうが!? 住んでる惑星が違うだけで、別に緑色の血とか流れてないよ!?」
正直私は、もう一つの選択肢『私の記憶を操作して、地球人として生きる』を選ぶことが出来なかったのだ。
地球での家族も“家族”だけど、それでも、私にとっての両親はやっぱり故郷の2人だけだから。
だから、きっと、アイトともお別れだって思ってたのに……
「それにしても、よくまぁ、あんな簡単に地球での暮らしを捨てられたね」
「ん~……まぁ、アヤになら話しても言いか。 実はうちの両親、駆け落ちして結婚したらしいんだよね。 だから昔からずっと言われてたんだよ――『本当に大切な人が出来たなら、たとえ2度と親兄弟に会えないくらい遠くに行く事になっても、絶対に手を離すな』って」
そう言ってアイトは、宇宙船の窓から見える青い惑星を見つめる。
その目からは悲しみや後悔は微塵も感じさせず、まるでこれから冒険に向かう少年のようにキラキラと輝いていた。
「自分の子供に駆け落ちを推奨するとか、すごいご両親だね」
「そうだな。 もしかしたらうちの両親も、どっちかがアヤみたいに宇宙人だったのかもな」
普通なら、そんな馬鹿なと笑い飛ばすような話しかもしれない。
それでも私は、私達の他にも銀河を越えて心を通わせた人達が居た方が、素敵だなと思ってしまった。
「もしそうなら、私達にいつか子供ができたら、地球人とのクォーターになるのかな?」
「……そう、だな……うん、そうかも……」
「いや、何照れてんの? ……って、あっ――」
二人して真っ赤になりながら、オロオロしていると、船内にアラートが鳴り、間も無く銀河間移動に入る事がモニターに表示される。
それを見て、私は慌ててシートに座り直し、ベルトを締めようとした所でふと動きを止めた。
そして、後ろに座るアイトを振り返って、口を開く。
「ねぇアイト。 そっち、一緒に座ってもいい?」
「……いいよ」
まだ耳が赤いままのアイトが、目を泳がせながらそう言ってくれたので、アイトの方に移動して、隣のシートに座りベルトを締めた。
「アイト、あの――ぁ……ありがと」
「………………」
シートの肘置きを掴みながら、私が口をモゴモゴさせながら口を開くと、アイトはチラッとこっちを見た後、無言のまま私の手に指を絡ませて握ってくれる。
そうこうしてる内に、ワープの準備が完了し、宇宙船は私の故郷である惑星へ向かうため、時空の狭間を通り抜けるトンネルへと突入した。
虹色の光の帯が船窓の外をぐんぐん後ろに流れて行く様を眺めながら、チラリと隣に座るアイトに視線を向けると、丁度アイトと視線がぶつかる。
そのまま、お互いに赤い顔をしながら見つめ合うこと数瞬――
「……ふふ」
「……はは」
――どちらからともなくクスクスと笑い合った。
ワープの時間は数時間程。
一眠りしてる内に通常空間に戻り、その後は自動運転で、明日の昼頃には故郷の星に辿り着くはず。
少し倒した座席の背もたれに体を預けながら、両親はアイトを気に入ってくれるだろうか、なんて事を考えている内、心地よい眠気を感じ始めた。
「アイト、ありがとう」
繋いでいない方の手で目を擦りながら、隣で静かに寝息を立て始めたアイトの頬にそっと口付けをした後、私もゆっくりと目を閉じる。
繋いだ手から伝わるアイトの鼓動が、ほんの少し早くなったのを感じながら、私の意識は徐々に夢の中へと沈んでいくのだった。