episode2-2
「おう、ジン」
タイガがふっと手を挙げて、俺を待っていた。俺は待たせたかと足を早めると、ああ急ぐないでいいぞ、マリンはまだ来てないから、と言われた。
「マリンって、ロングヘアの?」
「そうそう。多分そろそろ……あ、きた」
マリンは、特に慌てることも無く歩いてきた。「待たせた?」と。
「まぁそうでもないぞ」とタイガが言った。マリンは俺の顔を見て、きっと睨む。俺は少し困惑した。俺のことを指差しながら、マリンは刺々しい口調で言った。
「なにか特殊な事情があったのはわかったけど、私はまだあなたのことは認めていませんから!」
「……今?!」
タイガが突っ込む。確かに、今から任務をしようというのに不和を生みかねない発言だ。俺も驚いたがそれ以上にタイガが慄く。
「マリン! いくらお前の方が先に入ってきたとはいえ年上なんだから敬えよ。それに正当な手続きをして入隊したんだ。お前にどうこう言う権利は__」
「……ルカさんの決定だからそりゃ従いますけど。そもそもこの人に実力があるようには見えません。記憶を無くして悪魔に取り憑かれて……そんな奴をどうやって敬えと?!」
その通りだなぁ、と耳が痛い思いで聞く。話し方や内容から察するに、どうやらマリンは一年生らしい。それなのにこんなに頼りない先輩が……不確定で危険そうな奴が……入ったら腹も立つだろう。
「マリン……さん」
「何?! なんで私に敬語使うのよ馬鹿!」
「おいマリン、いい加減に__」
タイガが窘めようとするが、俺はそれを遮って言う。
「実力不足だしそもそも記憶もクソもないですが、足を引っ張らないように努力するので、よろしくお願いします!」
と言って握手を求めた。マリンは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。しばらくするとタイガはぷっと吹き出して、言った。
「真面目だね、ジン」
「えっ、そ、そう?」
「……ジン……さん」
マリンが俺におずおずと話しかけてくる。
「……ちょっと頭冷えました。失礼なこと言ってごめんなさい。……よ、よろしくお願いします……?」
そう言うと、差し出した握手をそっと握ってくれた。長いまつ毛を伏せている。少し不服そうだが……握手はしてくれた、認めた……とまではいかないんだろうけれど、もう怒ってはいないようだ。少し安心する。
それはそうとして、とマリンが言った。
「ルカさんになんかしたら絶対承知しませんからね?!」
「はぁ?! し、しないよ!」
「オイこいつにそんな度胸は多分ないぜー」とハコが横から口を挟む。ちなみに、朝のミーティングでハコの姿は選抜隊の皆には見えるようにしてもらった。マリンは顔を赤くして言った。
「そ、それはともかくっルカさんがいくら綺麗だからって手出したら絶対……」
「こら。やめろよマリン。悪いね。こいつルカさんのファンで」
タイガが軽くマリンの頭をチョップすると、マリンはぐぅ、と言って黙った。軍隊のような厳しいところだと思っていたけれど、どうやら普通の学生のような明るさもあるようで、選抜隊に少し親近感を覚える。
というより、ルカのことを綺麗だとマリンが言う方に少し驚く。怖いイメージしかなかったからだ。ただ、確かに脳内で顔を再現すると、美人な方だったような気もする。だから俺は素直にマリンに言った。
「確かにルカって綺麗だよね」
「やっぱり狙ってるのね?! ぎゃーっ」
「狙うも何も怖すぎるわ! というかなんでそうなるんだよ!」
俺たちが軽く言い合っていると、タイガが、腕時計をちらりと確認すると、俺たちに言った。
「さ、こうモタモタしている時間もあんまりないね……行こう」
「うん」
俺たちは夜闇に紛れて正門を出て、タイガについて行った。月明かりだけが俺たちを照らしていた。
正門を出ると、そこにはビルやマンションらしき高層建築物が並んでいた。とは言っても目的はそこではなく中央都市……のビル。そこは、夜でも光が煌々とついており、未だ働いている人がいるのであろうことが分かる。
どうやら学校は中央都市のすぐ近くにあるらしい、と言うのは位置関係的に分かっていたが、本当に数分歩いたら目の前にビルがあった。とは言ってもその前をまだとんでもなく厚い壁が阻んでいるが。タイガはそこで立ち止まって、俺たちに言った。
「目的情報的にはこの辺だな……マリン、ジン、飛翔を」
「了解」マリンが言うなり二人は飛び上がる。俺は困ってしまう。攻撃ABは測定のときに出したことがあるが、他はまだろくに実践したことがなかったのだ。実技の授業はどうやら週に一度らしく、俺は何もできずにいた。
戸惑ってとりあえずやってみようとイメージした途端、ハコが横から言った。
「あんまり気張ると空の彼方に飛んでくぞ。あまり力を入れず、ふんわり浮かぶイメージで」
ふんわり、浮かぶイメージ……。
「それで、最初のうちは『飛翔』と言ってジャンプした方がいい。タイミングが掴みやすいからな」
ハコは記憶に関して以外は確かに俺の味方のようだ。とりあえずアドバイスに感謝しつつ、やってみることにした。心を落ち着かせて、軽く、を意識する。
「……『飛翔』」
と言ってジャンプすると、やはり力が入りすぎていたのか、とんでもない速度で身体が上がっていく。際なく上がっていく体を見て、このままだと死ぬ!と悟った。あわてて少し降りるイメージをすると、轟速で降りていって、それを微調整しつつ繰り返すと、タイガやマリンのいる所にたどり着いた。マリンは頭を抱えている。
「……ド初心者じゃない……」
「まぁここに来れただけ上等だろう。普通ならビビって落ちたり、大気圏まで行って強制送還されるかだ」
「……あはは……」
既に髪も乱れてボロボロの俺が空中で言うと、マリンはため息をついた。
タイガが真剣な表情で俺たちに言う。
「……最近はこれぐらいの時間にいつもターゲットはやってくるらしいな。飛翔も使いこなせていて、AB量もどうやら多いらしい。……ジン、とりあえずお前は、攻撃AB、防御AB、飛翔ABしか使わないように。あとこれは皆だが、殺さないように。俺は捕縛用ロープを持ってるから、相手の動きを止められたらそれを使う」
「……えっ、ハコの力は……」
「今日は封印。ハコ。お前も出すなよ」
「何でだよー俺の力の方が強いだろ」
ハコが不満げな声を上げると、タイガが説明してくれた。
「お前の力は使いこなせていない。まだ不安定だ。実践で使うよりは訓練で慣れた方が早い。俺たちやジン自身にまで危険が及んだら問題だろ」
確かに。納得した俺たちは、顔(顔というのか……?)を見合わせて頷いた。
「マリンも、変な意地悪せず__」
「私もそんなにアホじゃないですよ。まずは任務優先ですし、この人もほんとにポンコツならすぐ怪我してリタイアになるでしょ」
……そう言われると不安になる。気が重いな、と思っていると、さらに不安になるようなことをタイガは俺に言った。
「相手がABを感知できるなら、奇襲の可能性もゼロじゃない。気を引き締めることが大事だぞ」
「ABを……感知?」
「ああ。熟練は感知できるらしい。どこにどのぐらいのAB量の奴がいるか、ひと目でわかるとか聞くぞ」
「……タイガは?」
「俺もマリンも今んとこはできないな。ルカは多分できているんじゃないか? 少なくともどんな相手かあまり検討がついてないが手練らしい。注意しないとな」
そんなやつと、片やABの使い方も制御方法もあやふやな俺。大丈夫だろうか、と不安が増す。緊張してんなぁ、とハコに笑われていると、突然マリンが、あっと声を上げて俺たちに声をかけた。
「アレ?! じゃないですか?」
マリンの指さす方向を見ると、暗くてよく分からないが、確かに飛んでいる人影が見えた。本当だ、とタイガ。
「気づかれないように慎重に行くぞ。特にジ__」
そうタイガが言うやいなや、白い光線が勢いよくタイガの頬を掠めた。驚いて飛んできた方向を見ると、人影が迫ってきていた。……ターゲットだろう。
『AB感知』だろうか。そうでないとこの距離で攻撃が出来るはずがない……というか、『わかったとしても、当てられない』だろう。先程タイガの言っていた『手練』の意味を痛感した。俺だとまだ到底たどり着けない域なのだろう。
俺は慌てて飛び退く。加減を間違えそうになったがどうにか持ち直した。マリンは叫ぶ。
「『STOP』!」
「!」
すると、ターゲットの体はピタリとも動かなくなった。俺が距離を詰めようとすると、ターゲットの体はまた動いて、後ろに素早く引き、逃げようとするのがわかった。しかし、後ろにはタイガが既におり、白い光線をそいつの体にぶつけ……ようとしたが、今度は防御……だろうか。バリアのような半透明の大きな壁をだして身を守った。
「……! こいつっ……」
しかし少し隙はできた。俺は一気に距離を詰める。相手の顔は月明かりが逆光になって、暗くてよく見えないが、そこにそいつがいることが分かる。俺が攻撃をしようとしているのを感じたのか、一瞬臨戦態勢になるも、その動きが一瞬何故か固まった。
その隙を見て、俺はリサとハコに教えてもらった、攻撃ABを出した。すると、白い光が俺の手から放出された。
少し勢いが弱いが、肩にたまたま当たったらしく、相手は「うっ」と声を漏らす。
少し相手がよろめくと、タイガがその隙をついて捕縛用ロープで相手の体を半自動的にぐるぐる巻きにした。「ナイスだジン」とタイガに言われる。
タイガがターゲットに向かって言う。
「……お前を無断侵入未遂で捕縛させてもらう。大人しく着いてくるんだな」
俺も息を整えてそいつの顔を見ると……予想外の展開に驚いて、頭が真っ白になる。
その相手は、長くふんわりとした髪を下ろしていて、一般生徒の着ているセーラー服を着ていて、色白で、明るい髪色で、悔しそうな表情を浮かべていて……。
「……リサ?!」
そう。ロープに捕らえられているのは、リサ、紛れもなくその本人だった。
「……リサ。何故こんなことをした?」
例の応接間で、リサはロープで捕縛されながらルカに尋問されていた。しかし一向に口を割る気配もない。タイガ、マリン、俺は為す術なく見守っている。リサは、青い顔をして俯くだけだった。はぁ、とルカはため息をつく。かなり怖い表情を浮かべているルカだが、リサはそれにはあまり動じていなかった。「質問を変えよう」とルカが言う。
「……何故、お前はABの数値を偽装していたんだ?」
「……?!」
俺は予想もしない言葉に驚いた。ルカは続ける。
「推定だが……お前のAB量は1000を遥かに凌駕しているだろう。ここ数年稀に見る莫大な魔力量だ。しかし今までの成績はパッとしない。……どういうことだ」
「……」
確かに……と俺は思う。彼女と戦っている時、100メートル程先から正確にタイガ……選抜隊の肩を撃ち抜く技術も、AB量もあるのは、俺も目に見て実際に感じた。それに、攻撃の規模もかなり大きかったように思う。俺も「リサ……?」と呼びかけたが、しかし、リサは何も答えない。はぁ、とルカがため息をつく。
「こりゃ長期戦だな。おい、タイガ。一回拘束解け」
「いいのか? こいつ抜け出すぞ」
「この距離で私に勝てないとは分かるだろう。この部屋でこいつと二人で寝る。大丈夫だ、逃がしはしない。一度寝かせて互いに頭を冷やす。お前らも帰っていいぞ。お疲れ様」
はい、と二人は抜け出すが、俺は抜け出せずにいた。リサの方を見つめていると、「早く寝ろ。明日がキツイぞ」とルカに急かされた。「……失礼します」と出ていったが、頭の中はリサに対しての疑問や心配でいっぱいだった。と、同時に納得する部分もあった。
レイジとの口論の時に言っていたこと、そして寝不足そうだった顔……、それにもうひとつ思い当たることがあり、俺はハコに尋ねた。
「ハコ。お前たぬきって言ってたな。もしかして、分かってたのか?」
ハコは肩をすくめる。
「魔力量だけだ。この一連のことはさすがに分かってなかったぞ」
「……言えよ!」
「なにか事情があるんだろ。そんなポンポン言えねぇよ!」
ハコと若干言い合いになったが、俺はふと言った。
「……俺のせいだったりするのか……?」
「……関係ないだろ。自意識過剰かもしれないぞ」
「……そうだよな」
とりあえず一件……落着、なのだろうか……。俺はその場を後にした。
うららです。昨日寝てたわ