episode6-4
☆
「……ってことで代わりに来たんだけど」
「あ、ジン。さっきルカもこっちに来たよ」
俺が旭か桜と代わろうと思って外に出ると、タイガが手を振って教えてくれた。みんな考えることは一緒のようだ。旭が声を聞き付けたのか、こちらに顔を出した。
「ジン。お前も代わりに来てくれたのか。桜はさっきルカと代わったし、湊はタイガと変わったぞ」
「うん。俺も旭と代わろうか?」
俺が聞くと、旭は首を横に振った。
「代わる必要はない」
「うーん、でも俺もここにいるよ」
俺はそう言ってとりあえずルカを探しに出た。さきほどの件について謝りたかったからだ。ホールの周りを歩いていると、すぐに発見することが出来た。少しぼーっとしているようだった。
「ルカ。さっきごめん。結局マリンはリヒトと踊ってた」
そう言って彼女の方に近づくと、彼女は一瞬驚いて、ああ、と言った。
「そうなのか……思い過ごしだったかな」
「なにが?」
「なんでもない。……ところで、ジンはダンスができるのか?」
「えっ?」
「いや、マリンに言われて了承するぐらいならできるのか、と。どこかで習ったり……ジン?」
そう言われて俺はとんでもない事実を思い出した。
「……俺、踊れなかった……」
「はあ?! それなのにマリンからの誘いに乗ったの?」
「はい……」
「よかったな、マリンに恥をかかせなくて! まったく……」
「ルカ、俺にダンス教えてくれる……?」
俺がそう聞くと、ルカは嫌そうな顔をした。
「タイガとかに頼めば……?」
「絵面やばいでしょ。それに男側の振りしかしらないだろうし」
「それもそうだな……」
後ろから「俺女の子の振り付けしらないよー」とタイガの声が聞こえた。聞こえていたのか、と俺は苦笑した。ルカはうーん、と言って頷く。
「わかった。これから先社会で生きる時必要になることもあるだろうし……。練習になら付き合う」
「ほんと?! ありがとう〜」
俺がお礼を言うと、ルカはふっと笑った。
「違う! 次右足! 何度言ったらわかるの!」
「あっ……」
「足もうちょっと早く!」
俺はルカにスパルタ指導を受けていた。音漏れを聞きながら頑張って踊りの練習をしていたのだ。甘い空気もクソもない。そりゃそうである。きちんとしごかれている俺は苦笑して言った。
「ルカごめん。迷惑かけてて」
「このぐらいなら別にいい」
「優しいね、ルカは」
「……そんなことはない」
ルカはふいっとそっぽを向いた。照れているのかもしれない。
月がルカの髪を照らす。室内の明かりでも似合っていて綺麗だったが、よりドレスが映えた。俺は言う。
「さっきも言ったけど、ドレス似合うね」
「……ジンも似合ってる。流石はリサの見立てだな」
「はは、確かに」
はい次ターン!とルカに叱責されて俺は慌ててぐるんと回る。と、次は「優雅さが足りない」と怒られた。
「初めてなんだから仕方ないだろ」
「……まあ、逆に初めてなら上出来だ。ジンは覚えがいいから」
ほめられて俺は驚く。そんなふうに思ってくれていたのか。ルカはそのまま続けた。
「AB量は依然足りないままだが……戦闘技術的には他の面々と比べても遜色ないレベルだ。ルイの指導も良かったんだろうが、にしても成長速度はすごいぞ。誇っていい」
「……誇れないよ。今日だって……」
「まあ今日はちょっと軽率だったけどね。あのユーゴ相手にあそこまで戦えたんだ。その点は上出来だろう」
「……ありがとう」
ルカがいつもと余り変わりない表情でそんなことを言う。俺はふと思った。
俺が記憶を失わなければ、今ここにはいなかった。もちろんルカにも会えなかった。レイジとは仲が悪いままだったし、リサも選抜隊にはいなかったはずだった。おれが記憶を失ったことは……もしかしたら、悪いことじゃなかったのかもしれない。
自分が何者か知りたい気持ちはもちろんあったけれど、そんなことよりも、今のような時間を大切にすべきなようにも思えた。俺の心にずしっと何かがのしかかる。
「……ルカ」
「?」
「俺は……どうするべきだと思う」
ルカはげんなりした顔で答えた。
「……したいようにすれば……いいんじゃないか……?」
絶対なんの話か分かっていない返答がおかしくて、俺は吹き出した。
☆
「リサちゃーん」
「んげっ……」
湊くんがちょっと待って、御手洗行ってくる、と踊る前に一瞬離れた隙に、私はユーゴさんに話しかけられた。相変わらず私は彼に対しての苦手意識が強い。なんとなく得体の知れない感じがして、軽くて、なんだか怖いのだ。おもわず喉の奥からげ、と声を出してしまうほどに。
「『げ』ってひどくなーい?」
「あ、あはは。ごめんなさい。私人を待ってるから、これで……」
「まあまあ、お話ぐらい聞いていかない? ちょっと用があるんだよね、君に」
言いつつ横に立って話しかけてきた。ひぃ、早く戻ってきて湊くん、と脳内で呼んだ。
「リサちゃんってさー、AB量すごいよね。今いくつあるの?」
「さ、さあ……。1000は確実に超えてますね」
「2168」
唐突に言われた数字に、私は驚く。
「え?」
「君のほんとのAB量。自分のはあんまり把握しきれないのかな」
私が何事かと驚いていると、ユーゴさんはにっこりと笑った。この人は何を言っているのだろう。
「俺も見えるんだよね、AB量。それも数値まで」
私が慄いていると、彼は話を続けた。
「ま、そんなに珍しいものでもないけど。ルカは直感でふんわり分かるらしいし、君もなんとなくの量はちゃんと分かってるみたいだし。でも数値まで分かるのは俺以外に見たことないかな」
「……ユーゴさんって、一体」
「話を戻すとね、ここまでAB量がある人間って君以外に見たことがないんだ。……『一人を除いて』ね。君も心当たりあるでしょ?」
「……」
心臓がばくんと跳ねた。冷や汗が背中をつたう。
「ま、それに関して余計なことを言う気は無いけど……それ以外に君にも興味がある。どうやって抑制していた? 話によると自分で抑制していたらしいじゃない。そんなことが可能なのか?」
「……まあ……」
「俺はそれが気になる。良かったら俺と中心都市まで来てくれないか。聞きたいことが沢山ある。……確認したいことも」
その目を見ると、また鋭く光っていた。怖い、と本能が訴えかけた。手が小さく震えた。と、その時。
「……また貴方ですか、ユーゴさん」
後ろから声がかかった。この声は、と振り向く。ユーゴがまた笑顔に戻った。
「湊くん。早かったね」
「嫌な予感がして早めに戻ってきて正解だった。また絡んでるんですか」
「人聞き悪いなあ。リサちゃんに確認したいことがあったんだよ」
「……どうだか」
「じゃあね。リサちゃん、湊くん……またね」
その意味深な笑顔の意味を知っているのは私だけだった。唾を飲み込む。と、湊くんが私の方を向く。
「ごめん。置いてかなきゃ良かった」
「ううん。いいの。ありがとう」
「……なにかされなかった?」
「なんにも」
私がにっこり笑って言うと、丁度一曲終わったようで、ゾロゾロと人が離散した。「行こうか」と湊くんが私の手を引く。その手はとても暖かい。
「ねえ」
意を決して、私は聞く。
「ん?」
「なんで私を誘ってくれたの?」
鈍感ぶるつもりはなかったけれど、聞かざるを得なかった。どうして私を。嘘ばっかりついてて、実力も魅力もない、身の丈になんにも合っていない私なんかを。
ええ、とはにかんだように笑って、湊くんは言った。
「君のことが素敵だと思ったんだよ」
音楽がかかり始める。オーケストラが優美なワルツ。
私達は踊り始めた。こちらを見つめる瞳を見て、そのまっすぐさに胸がきゅっと縮む。彼は明日にはいなくなってしまうのに。
「……踊れるの?」
私が誤魔化すように聞くと、ああ、と湊くんは言った。
「さっき皆が踊っていたのの見よう見まね。振り付けが変わっていないみたいでよかった」
「そんなことできるの? すごいね……」
「そう?」
本当になんとも思っていなさそうにそう言った。私は胸に抱く感情に羨望が入っていることに気がつく。全くABが使えないのにこんなに強い彼。過去の自分と向き合おうとするのも、全部……眩しい。私とは違っていて。私は彼に言わないといけないことがある。
「湊くん、ありがとう。さっき庇ってくれたのとか、その」
「ん? あはは、どういたしまして」
くるりとターンする。ヴァイオリンの音色と煌めくシャンデリアが私たちを照らす。……時が止まって欲しいと思うほどに。
しばらく踊ったあと、湊くんが言った。
「……ねえリサ」
「どうしたの?」
彼は踊りながら少し躊躇って、震え声で言った。
「……僕の過去が、思い出せて。僕が君のとなりに並べるって思ったら。僕の……恋人になってくれませんか」
思考が止まる。流れ的には不自然では無いが、それでも心臓がドクドクと動いて、顔が熱くなる。私はなにも言えなくなって、唇からようやく声を捻り出した。
「……そ……そのときに……返事してもいい……?」
「いいよ。絶対会いに来るから」
そう言って、彼は笑った。曲が終わる。気がつくと止まっていた。ダンスもしていたからか、緊張からか、軽く息が乱れる。髪が乱れていないか心配になった。
湊くんがポケットから何かを取りだして、私の手に握らせた。それを見ると……赤くキラキラと光る、綺麗な紐だ。私が訝しげな表情をしたのが分かったのだろう、彼は説明してくれた。
「これ、SU地区で大切な人に贈ることになってる、狐面の組紐だよ。そういう言い伝えがあるんだ。……もし要らなかったら、次会った時返して」
「……! わかっ……た」
私がこくこくと頷くと、じゃあ、と彼は行ってしまいそうになる。私はもう一つ、言わないといけないことがあって、必死で呼び止めた。言うか迷ったけれど、これは、言わないといけない。
「……待って!」
☆
パーティはつつがなく終えることが出来た。終わったあとの片付けを手伝って、俺が部屋に戻ろうとすると、旭と合流した。寮の廊下を二人で歩いた。俺は疑問に思って聞く。
「ねえ、湊は?」
「湊? いや、まだ帰ってきてないと思うよ」
「そっか、どこいったんだろう」
「なんかちょっと用事があるって」
ふーん、と俺は思う。リサと上手くいったりしたのだろうか。……それが彼らにとっていいことなのかは分からなかった。それでも。
「……もう三人ともルイ先輩ともお別れか」
「はは、また来るよ」
そう笑った旭は、不意に真面目な表情になる。なあ、と俺の事を呼び止めた。俺が振り返ると、旭は真剣な声色で言った。
「……本当に、俺の事を覚えていないか?」
「……え?」
本当に、もなにも。記憶が無いし、それに元々地区も違う。旭と出会ったことなんてただの一度も無いはずだ。俺がきょとんとしていると、「……そうだよな」と旭が呟く。
「……驚かないで聞いてくれ。言うか迷ったんだけど……」
「……なんだよ」
勿体ぶられて俺は生唾を飲み込む。彼は言った。
「俺たちは、昔会ったことがある」
「はあ?」
素っ頓狂な声を出してしまった。とりあえず、と旭が咳払いをした。
「部屋に入ってから詳しいことは話したい」
「ちょっ……どういうことだよ。とりあえず説明しろよ。ざっくりでもいいからさ!」
俺は冷や汗をかく。俺はSU地区にいた事があるのか?それとも逆?なんで?どこで?そんな気持ちが籠った質問に、旭は真剣な顔で返した。
「……俺とジンは……小さい頃、施設で一緒に過ごした……友達だったんだよ」
汗がつっと額を落ちた。施設。……飲み込めないでいた俺に、旭はため息をついた。
「本当に何も覚えていないんだな」
「……うん、ごめん……」
「大丈夫だ。少し確認したいことがある。……とりあえず部屋に入ろう。ゆっくり説明するから」
俺は頷いた。夜は更け始めている。
うららです。
恋愛模様って書くの楽しいよね。元々そこの専門だもんね、私。
あとようやく少しずつ核心に近付けそうかな。長かった。
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