episode1-2
「あーあジンお前、すげぇ顔色悪いぞ」
「分かってるよ」
「てか制服似合うな」
「学生だからな……」
目覚めた日……昨日から一日しか経っていないにも関わらず、看護師さんから学校へ通う許可が出たと言われた。緊迫している状況だとハコから聞かされていたからいいものの、そうでなければかなり嫌だった。ただでさえどんな場所かもよく分かっていないところに行くのだ。オマケに変な悪魔まで着いてきたらそりゃあ嫌に決まっている。だから教室の前のドアでもたもたしていた。先程ハコに話にあげられた制服も、所謂学ランというものだろうが、肌に馴染みがない気がしてしかたがない。
そういえば昨日の夜、思い立って鏡を見てみると、そこには普通の青年がいた。特に美形という訳でもない、髪が黒く、少し目つきの悪い青年がそこにいた。多少前髪が長くて目にかかっていたので、少し備え付けのハサミで切ってしまった。これが自分の顔?とおもうとどうにも納得いかず、気色が少し悪くなった。
というかそもそも記憶をなくした俺と皆の話が合う訳もなく、幸先が悪いように思われる。そんな人の気も知らず「早く入れよ」と急かすハコに、俺は小声で釘を指しておくことにした。
「……ハコ、お前教室ではなるべく話しかけんな」
「はいはい、周りから変に思われたくないんでしょ。思春期だねぇ」
その通りだが妙に腹が立つ言い方をしてくる奴だ。睨んでいると、後ろからつつかれた。
「……ジン?」
俺の肩をつついていたのは、制服を着た少女だった。耳の下あたりで結んでいるツインテールに緩くウェーブがかかっている。色白で、丸目のかなり整った顔立ちをした少女だ。
「……えっ?! 俺?」
「う、うん。そうだよ?」
「えっ……と、ど、どうかしたの?」
目覚めてから初めての看護師さん以外との女子の接触にわたわたしている俺がそう言うと、少女は怪訝な顔をしてこちらを覗き込んできた。
「……ジン、なんか変。どしたの」
「……え、いや……」
真剣な顔で聞いてくるので、誤魔化すにもごまかせず、俺がタジタジになっていると、後ろから男の声が聞こえた。どうやら先生らしく、俺に親しげに話しかけてきた。
「お、ジンじゃないか。もう良くなったのか?」
「え……いや……」
「大丈夫だ。事情は聞いている。皆にも説明するから早く教室入りなさい。リサも、ほら」
リサと呼ばれた先程の少女は、「え、何かあったの?」と心配そうに見つめてきた。きっといい子なのだろう。俺は「……後で話すよ」と言って教室に入った。
この学校のことを見ていると思うが、どこを見ても少し無機質だ。たとえば色合い。無彩色が多く用いられており、近未来的な建物だとつくづく思う。教室は階段状の机が連なっており、とくに何の変哲もなかった。
席に着くと、挨拶があって、ホームルームが始まった。俺のことを担任……先程の男はやはりそうだったらしい……が説明してくれるそうで、前に呼ばれる。後ろの方の席でリサの隣にいて様子を伺っていた俺が、「ジン」と呼ばれてようやく前に歩みでると、違和感を覚えた。俺が通ると横でクラスメイト……らしき人達がくすっと笑ったり、バカにしたような目線を向けてくるのだ。気のせいかとおもったが、記憶喪失だという説明の後少しざわついたときに、少しワードが耳に入り、そこで事情を察することが出来た。
「……弱いからそんなふうになるのよ」「普段の行いの自業自得だな」
俺は一体どんなやつなんだ……と脳内で頭を抱えた。リサの顔色を前から見やると、俯いて唇を噛み締めている。ハコからも「四面楚歌だなぁ」と横でケタケタ笑われてしまった。全く冷淡な奴である。先生はクラスメイトや俺のそんな様子には全くもって気がついていないようで、ごく普通に、にこやかにホームルームを終わらせた。
ホームルームの後、隣の席のリサが囁いてきた。
「……そんなことになってたんだね……何も知らなくて。私はリサだよ。よろしく」
握手を求められて、やっぱり優しい人だ、と安心する。俺は笑って彼女の手を握り返した。
「俺はジン……って知ってるか。色々迷惑かけたらごめんね。よろしくリサ」
リサはきょとんとした後、吹き出した。
「あっはは、ジンがそんな感じなのおかしい。いっつももうちょっと明るい感じなのに」
「え……俺、今暗い?」
「そういうことじゃなくってなんか慣れなくて。早く記憶戻るといいね……」
「なあなあジン」
リサとの会話を遮って、あるクラスメイトであろう……男が話しかけてきた。三人ほどの集団で連れ立ってきてる。威張ってそうな嫌な雰囲気のやつだ。
「……何?」
俺が聞くと、 彼は言った。
「ほんとに俺のことも忘れてんのかよ! おもしれー」
「……記憶喪失で。ごめん」
「んまぁ、お前弱いからな! 体もAB量もヤワでウケるよな! あはは」
確かに背の割に筋肉が無さそうな俺の体だった。AB量とやらもハコも言っていた通り俺はそんなに高くなさそうだった。ただ言い方がとても不快だ。いじめている……というほどでもなさそうだがこのような扱いを『ジン』は受けていたのだろうか。隣でおろおろとしているリサの様子を見て、そいつらは鼻で笑う。
「リサももうちょっとつるむ相手考えろよー。まぁ確かに弱いもの同士お似合いかもしれないけどな!」
三人組の先程から絡んでくるリーダー的な男が言うと、周りの人たちもギャハハっと品のない笑い声を上げて去っていった。いい加減流石に胸糞が悪い。そいつらの元に歩み出ようとすると、リサが首を振った。
「……勝てないと思うよ、私達には。あのひとたちのAB量720だってさ」
「AB量……?」
「そのままだよ。ABの容量の話。標準が500で、最大値は1000で表されるの。才能とか努力とか、他では年月とともに上がっていったり衰えたりするけどね……そうだな、私たちぐらいの年齢だと600行けばいい方。800とかになるともうほとんどいないけど……」
「……リサは、俺にどのぐらいAB量があるのか知ってるか?」
「……ジンはたしか……316とかじゃなかった?」
「低いな」
「ね? あの人達の二分の一以下だよ。あんまり喧嘩売るとあとが怖いから、やめた方がいいよ」
俺はふと思い立って、またリサに聞いた。ハコは俺の肩に腰かけて、俺たちの様子を見ている。
「……『ジン』はやりかえすとかしてなかったのか」
リサの表情が、少し驚いたように変わって、また優しげな微笑みに戻った。ただ、先程までよりも睫毛を少し伏せていた。
「……してないよ。ジンはそんなこと好きじゃなかったから」
そっか、と相槌を打つ。その話を聞いて、俺はジン、という人物のことが分からなくなってきていた。リサの話だと、明るい、平和主義だというのに、ハコには『悪魔の力』を貰おうとする。そして彼自身は弱さ、そしてそれに付随する人々の態度に悩んでいた……。
その後トイレに入ると、一人だったからか、ハコが話しかけてきた。
「ジン、お前面白い奴だな」
「何が?」
「悪口言われても衝動的になったり、逆に無理に黙りこくったり傷ついた様子を見せたりもしない。記憶を失ったからか?」
口調が完全に面白がっている。俺は少しその様子に呆れるが、ちゃんと反応はする。どうやら教室でもそんなに話しかけてはこなかったりと、悪い奴では本当にないらしい……と決めつけるには早計かもしれないが、まぁ今信頼出来るのはハコと……リサぐらいしかいなかった。
「……元の『ジン』も相手にしていなかったそうだ」
「ふうん」
「『ジン』は何かを守るために力を手に入れたかったのか?」
ハコに聞くと、ハコは、うーんと唸った。
「……さあな」
「なあハコ。俺に記憶を戻す術はもうないのか?」
「……記憶が必要か?」
「必要かは分からないけど……少し、知りたくなっただけ」
「この世界のことを?」
「それもだけど、『ジン』のこと。何が目的で、お前みたいな奴と手を組んだのか。何がしたかったのか。……そういうことが、気になる」
ハコはため息をつく。
「……ないわけではない、けど……」
「あるの!? 早く言えよ」
「多分無理だぜ」
「おい焦らすなって__」
ガチャっとドアが開いて人が入ってきた。柔らかそうな栗色の髪をした、線の薄い男だった。平均値そうな俺よりも少し背が低い。あわてて口を噤み、出ていこうとすると、意外なことにその人から話しかけられた。
「……記憶喪失だって?」
「え……クラスの人……ですか? ごめんなさい俺覚えきれてなくって」
「クラスメイトじゃないけど、噂になってたから」
「……そっか……そうです。なんも分かんなくって……オトモダチですか?」
「違うよ。興味本位」
「……そっすか」
違うってハッキリいうのもそれはそれでどうなんだろう、と思う。そそくさと立ち去ろうとすると、彼は俺に言った。
「君、多分強くなれるよ」
強く……?
なりたいわけではないけれど……。『ジン』は力を欲していた。なにか聞こうかと思ったが、何を聞けばいいのか分からず口を噤む。ドアを閉める寸前、俺とその人との学ランの色が違うことに気がつく。俺は黒で、その人は白だった。学年でちがうのか、クラスで違うのか? と思いつつ、その場を後にした。
「……ってそれ選抜隊の人だよ!」
全くよく分からない授業を四時間終え、リサから昼ごはんに誘われて食堂で食べていた。その時にその話をするとリサが驚いてこう言ったのだ。
「……選抜隊」
「そっか知らないのか。えっとね、スペシア持ってたり戦闘能力めっちゃ高かったりする、すごい人たちの集まりだよ。一学年二百五十人に二、三人しかいない……」
「……えっ? なんで俺そんな人に知られてるの?」
「学校中の噂だよ! 周り見てみなよ」
確かに視線を感じるが……。あたりを見回すと数人が目を伏せる。途端に食べていたカレーライスの味が少し薄く感じる。なんだか無駄に目立ってる気がして、少し落ち着かない。
「そんなに珍しいか?」
「まあ滅多にいないからね。そりゃあ噂話も早いよー。そのうち皆飽きると思うけど、まさか選抜隊に話しかけられるなんてねぇ」
「……まあ……」
「……というか、次の授業、月イチのAB量測定だけど、ジン、大丈夫なの?」
「えっ……?」
「ほら、まだABの出し方とか思い出せてないんじゃ……」
「……ほんとだ……ねえ、俺やばい……?」
うーん、とリサが言う。
「確かに200以下出したら一発留年だけど……」
……これはまずい。通学一日目にして流石に留年はまずい……。
「……リサさん。出し方をご教授願いますか……」
彼女は笑って全然いいよ、と言った。
リサとの短い練習を終え、「測定室」という部屋に移動した。リサ曰くここで測定するらしい。その場にいる担当のおばあさんっぽい女教師が俺たちに向かって言う。
「では、いつも通り。この球にむけて、『ノーマル攻撃』を当ててください」
リサの言った通り、ノーマル攻撃で測るようだった。小さなボールぐらいのサイズの球に魔法を当てて、機械で測定するという。科学と超常現象のコラボレーションである。
一番目の生徒が機械に魔法……ではなく『攻撃』を当てると、白い光が球に吸い込まれていく。その二秒後ぐらいに、
「532」
とおばあさん先生。なるほど。
三人組のリーダーは726を出しており周りから歓声を挙げられていたし、リサは514という平均的数字を出していた。俺は訝しく思って、小声で順番が終わったらリサに話しかける。
「……失礼なこと聞くんだけどさ、今朝リサは弱いって言われてなかったっけ」
リサは笑う。
「私ムラがすごいの。こないだは454とかでその前は611。ムラがありすぎるのも安定してない証拠なの」
ふぅん、と思っていると、ハコは「……タヌキだな」と呟く。タヌキ?俺は聞き返したかったけれど、そのあとすぐに順番が来たからどうにしろ聞けなかった。
並ぶと、後ろから「今回こそ留年ですかー?」と例のリーダーの声で言われた。いい加減腹が立つ。
リサに教えてもらった方法を思い出す。リサは、中庭でこう教えてくれた。
『イメージして、手から攻撃ABっていう熱いものをこう、出す感じ。イメージに比例してAB量って変わることもあるから、集中して、しっかりね』
後ろのいやらしい視線を無視して、集中する。肩に乗っていたハコも手元を見つめている。
出てきたのは、きちんと白い光線ではあった。勢いがあったわけでもないが、まずその事にほっとする。すぐに、おばあさん先生が読みあげようとする。と、ハコが、俺の手の甲に降り立とうとする。
「えぇと、23よ……」
その瞬間。黒い光……黒い光なんてあるわけないと思うかもしれないがそう表現するしか方法がない……が、俺の手から勢いよく噴出した。見る見る間にあたりを黒い光が包む。真横に座っていたおばあさん先生は身をのけぞらせ、座っていた椅子からころげおちながら逃げた。ぎゃあっと後ろの女子生徒の悲鳴が聞こえる。何が起こっているのか俺も分からないまま、焦ってその黒いものを止めようとするも、上手く調節できず、勢いはさらに増す。
「なん……っこれ、止まれ、止まれ!」
「お前っ何してんだよ!」
例の三人組のリーダーが俺を突き飛ばすと、半自動的に勢いが弱まった。しかし止まらないままだ。クラスが混乱を極めている様子が横目でわかる。
なんなんだ。ハコの力のせいか?俺はそんなつもりじゃない。止まれ、止まれ! そう念じて手を必死に隠そうとすると、不意に止まった。
ほっとしたのもつかの間、すごい力で肩を掴まれる。
「……お前……何のつもりだ」
肩を掴んだのは、どうやら選抜隊の人らしい。白いセーラー服を着ていて、ブロンドのボブカットに鋭い目付きをした少女がそこにいたからだ。でも俺より数十センチ背が低い女子だった。それなのに圧がものすごい。力も。俺は慄く。
「……ちがっ、暴走して」
「なんなんだこの力は。お前何者だ……? って、記憶喪失の……」
やはり知られているらしい。俺は必死に言う。
「俺も分からないんです! なんの力かも、ただのミスなのかも……!」
「……とりあえず着いてこい、選抜隊がお前の処分を決める」
ほぼ確定的に何かしらの処分が行われることが決定したことで、絶望的な気持ちになる。ふっと辺りを見てみると、おばあさん先生も、リサも、三人組のリーダーも、呆然と俺とブロンド髪の選抜隊を見つめていた。その事がより俺に絶望感を与える。汗が背中を伝った。
ブロンド髪の選抜隊はこう名乗った。
「時期隊長のルカだ。お前はジンだな。把握している」
……俺に明るい未来はあるのだろうか……。
うららです。
誤字脱字へんなとこあったら教えてください。
展開がまだ未定すぎて笑ってます。