episode6-1
プロム……。予想外の単語に困惑している俺たちに、ルカはタイガに話を振った。
「……とは言っても、去年も出席したタイガは分かっているだろう」
「またあれか……。まぁいつもの任務に比べたら気楽なもんだけどな」
タイガは苦笑した。ルカが説明を加える。
「三年の卒業パーティに在校生代表として出席する、というまぁそれだけの単純な話だ。全員はさすがに多いし収拾がつかないから、毎年選抜隊だけ呼ばれているんだ。特になにかする必要はない。礼儀正しく、選抜隊らしい凛とした振る舞いを心がけろ、というだけの話だ」
「プロム……、中等部の時もありましたけど、高等部はあれよりぜんっぜん規模が大きいと聞いたことがあります……!」
とリサ。少しわくわくしていそうだ。
「で、旭、桜、湊。お前たちはここの学生……というわけじゃない。だから周辺警備として参加してもらう。なに、変なやつが来たら追い払うだけだ。休憩ぐらいなら多分出来ると思う」
「……最後の任務がこれって……なんか気が抜けますね……」
と桜が苦笑した。今回の方針の変更によって、C級になにもできなかったことで、現時点で三人は一度しか経験も積めていない。それもS級という規格外。ルカはまぁな、と言った。
「たった二ヶ月ならそんなものだ。ただ気を引き締めるように」
はい、と三人の声が揃う。
「では……これからどうなるかはまだ未知数だが……とにかく今は訓練に励め!」
「……本部長がユーゴ……って……」
ルイ先輩はまだぼやいていた。ありえない話なのだろう。
システム管理長。この四つの地区のおおまかなシステムを管理する役職の責任長。
作戦本部長。侵略者への対処、地区内での争いをどうにかするための軍の責任長。
そして……総務大臣。全てを管轄する、四つの地区……いわば世界のトップ。
これらを合わせて『三大役職』と呼ばれている。今はユーゴ以外の素性は俺たちにも伏せられているらしい。そして……その中の一つである作戦本部長にユーゴさんがなったということに……耐え難いのだろうと推測した。
「……何故だ……裏があるんじゃ……」
「実力じゃないんですか? 実際あの人かなり強そうでしたよ」
と湊が口を挟んだ。湊も関わっていたようだから、その通りなのかもしれない。……ただ、と続ける。
「僕はあの人結構苦手でしたけど……」
「……俺も……」
「俺も……」
三人にしんとした重い空気が流れた。……仮にも今のトップに対してひどい話だ。なんとなくそう思って俺はフォローに回る。
「で、でもめちゃくちゃ強いんですよね?!」
「ああ。腹立つけどな……実力は本物だよ」
よし、休憩終わり、とルイ先輩が立ち上がった。湊ははぁーとため息を着く。
「結構ここの訓練ってハードですよね……」
「君ほどの実力者でもそう思うか」
ルイ先輩が意外そうな顔で聞く、いえ、ありがとうございます、と湊は笑う。
「……いくらやっても足りないくらいです。僕は……」
ふっと思い出す。記憶がないということ。彼ももしかしたらそれを少しでも負い目に思っているのだろうか。……いやそんなはずはないと思い直した。彼は自分が王を殺したことなどまるで知らないのだ。
「剣組―何サボってんのー」
そう笑いながらタイガに言われて、慌てて俺たちは訓練に戻った。
……時間が過ぎるのは早いものだ。
俺は、あっという間に当日を迎えてしまった。前よりも寒くなっていた。
ガサゴソとした頭の感覚が消えて、明るい声が降る。
「はい、こんなもんでどうよ、髪」
「おお……! リサ、すごいな」
俺は自室でリサに髪のセットを手伝ってもらっていた。普通は男子寮に女子は入れないが、許可をとっておいたのだ。旭と湊もおお、と歓声を上げて見ている。二人は服はスーツで統一していたが、リサに俺と同じように髪をセットしてもらっていた。ハコもいいじゃん、とからかうように言った。
「おまえいつも最小限だもんなー。服もだけどやっぱリサセンスいいよ。馬子にも衣装だ」
「なんだとっ」
俺はむっとした顔をする。服も実際センスがないのは分かっていたからタイガとリサに選んでもらったのだ。服自体は学校からある程度の資金は出るから、いい物を買うことが出来た。リサは苦笑して答える。
「馬子にも……ってひどいね、ハコさん。素材はいい気がするけど……活かせてないね」
リサが真面目な顔で言う。褒められたのだろうか、どうなんだろうか。湊がリサに話しかけた。
「あ、リサ、ちょっと髪崩れちゃったかも……」
「え? ほんとだね、あらら……」
そう言って髪をまた直し始めた。さながら美容院だ。直し終わったようで、んー、こんなもんかな、と言ったリサは言葉を続けようとした。
「そういえばプロムのジンクスって知ってる? ダンスのとき__」
「あっ、リサ! 時間ちょっとやばくない?」
彼女は俺たちのセットに必死になっていて時計を見ていなかったようで、気がつくともう彼女が準備を始めないと間に合わない時間になっていた。リサはまだなにも準備していないようで、すぐに青い顔をした。
「ま、まずいね……! ごめん行ってくる! あとは自分たちで頑張れ!」
ありがとー、と三人で手を振って、俺たちは一息つく。
「にしても、リサがいないとまずかったな。俺髪のセットも服選びもまともにしたことないから」
俺が言うと、旭が笑う。
「俺も普段着物ばっかだったからな、こんな服新鮮だよ。まぁ訓練着もなかなか最初はびっくりしたけど」
そういえば、とある思い出したことがあって、聞いてみることにした。
「ねえ、あの狐のお面ってなんなの? ほら、最初に被ってた」
「ああこれ? これはただの面だよ。でもまぁ、お守り代わりに防御ABは強めのがかかってるよ。視線とかが分かりづらくなるからね、重宝してるんだ」
「へえ……」
旭はそう言いながら自分の荷物からゴソゴソと面をとりだした。精巧な狐の顔が彫ってある。白が基調で様々な色を使っていて、なんだかすごく神秘的なものに見えた。そして、面に通す赤い紐が綺麗にきらきらと光っている。何本かの糸が組み合わさってできているようだった。組紐というやつだろう。俺がそれを見ていると、旭が「これね」と話してくれた。
「この紐何本かあって組まれてるでしょ? 大切な人に渡すとその人には幸福が訪れるっていう噂……というか迷信もあるんだ。まぁそのぐらい綺麗ってことだよ。文化の産物だねこれは」
「へえ……すごいな。湊のも? ……湊?」
俺は話を湊に振ったが少しぼんやりとしているようだった。湊はぼそっと呟いた。
「……リサとジンって……付き合ってるの?」
「えっ、ないない。記憶なくなる前から仲良かっただけみたい……で……」
湊のそっぽをむいたその顔をよく見ると耳が赤い。俺はあるひとつの事実にたどり着いて、横にいた旭と顔を見合せた。そしてえええっと爆発する。
「え……湊ってリサのこと……?!」
「……黙秘!」
「絶対そうじゃん、なぁ、旭!」
旭は一瞬思い詰めたような顔をしているように見えたが、ぱっといつもの表情に戻った。そして湊を俺と共に追い詰めにかかる。
「お前なぁ、バレバレなんだよ。隠すならもっとうまくやれよ」
「でもどうするの? 明日にはもう帰らなきゃいけないんでしょ__」
「……伝える気は無いよ」
湊が俺たちに言った言葉はほぼ肯定の返事だったが、それに突っ込む気力が失せるほどには、切なげな表情をしていた。
「どうせこれから会えるかもわからない。それに……これ以上僕なんかのためにあの子の時間を奪う訳にはいかない」
これ以上、という言葉に少し引っかかった。が、湊が「ちょっと外の空気吸ってくる」と出ていってしまった。
すると、直後におもむろに旭が立ち上がった。俺は疑問に思って聞く。
「旭、どこいくの?」
「リサさんのところだ」
「え、女子寮入れないけど……」
「あいつの……湊のことを『ちゃんと』話しに行くから」
俺は固まって、歩き出そうとする旭の服を必死に掴む。
行かせてはダメだ。感情がそう俺に訴えかけていた。俺は必死で止めることになる。
「待って! 勝手に……湊にも伝えないうちにリサに伝えるってそんなのないだろ!」
「仕方ないだろ、あのことを知らないまま……結ばれたりして、それで何かあったり、あいつが記憶を取り戻したりしてみろ! それこそ惨い」
「それは……そうかもしれないけど、勝手にそんなことをするのはやっぱり」
「どうせジンにもルカにも言ったんだ。今更リサに言っても変わらない。それに……あの子なら湊にそれを言ったりもしないし、きっと賢明な判断ができるはずだ」
「いや、だから、リサも湊もそんなことはきっと……」
「湊のことは俺のほうがよく知っている。もしアイツだったら絶対に言ってくれと頼む。二人のためにもならない。だから……」
言い争っていると、部屋のドアががちゃりと開いた。手には飲み物を持っていて、買いに行ったのであろうことが伺われた。湊が戻ってきて、俺たちをみてきょとんとした表情になる。
何も知らない、心優しい者の瞳をしていた。俺は……きっと旭もだろう。彼の覚えていない過去が、言われても嘘じゃないかと思うほど、湊は『罪も犯していない根っからの善人』の顔をしていたのだった。
そのまま、いつも通り、なんの負い目もない彼は俺たちに聞く。
「旭、ジン、どうしたの? なにかあった?」
一瞬の間が空いて、旭はいつも通り答える。
「……いや。大した話じゃ」
「えー、どんな話だよ」
「……好きなタイプは綺麗系か可愛い系かって……」
そんな適当な嘘をつく旭に、「へー、二人がそういう話するの珍しいね」と湊は軽く笑った。
うららです。
4/28、誤字訂正しました




