episode5-3
……あれから三週間が経った。
授業を受けながら、俺はぼんやりと思い返す。アリアはまだ目を覚まさないらしいが、桜は一週間ほど前から訓練にいつも通り参加していた。最近はどうにか授業内容も分かるようになってきて、基礎的な事項はどうにか覚えられそうだった。
俺と旭はあの事があった数日後にルカに呼び出された。誰もいない応接室に通された形だ。そしてルカはいつもよりは若干暗い顔で俺たちに言った。
「……状況が状況だ。桜もああなことだし……少なくとも一時的に……湊も含めてお前たちがここにいることを認める」
「……! 本当ですか」
旭が驚いたように聞く。が、それには答えずルカは続ける。
「お前たちがここにいていいのは大体一ヶ月半だ。それがいつまでを意味するか……ジンなら分かるな?」
俺はなんとなく見当が着いて答える。
「……先輩たちの卒業……そしてここを抜けるまで……ですか」
「そうだ。区切り的にもちょうどいい。これ以上の譲歩は無理だ。ここまでにはどうにかして先を考えるんだな」
「……本当にいいんですか」
旭が怪訝な表情をする。俺も意外だった。ここまでルカが寛大な処置をするとは正直思っていなかったのだ。ルカは「良い訳では無いが……」と前置きして続けた。
「これ以上隊の混乱を引き起こすような真似は避けたい。それに……ここなら少なくとも湊が仮になにか……暴走したとしても抑えることはできると判断した。……ジン、そういうことだ。まぁ勿論ことが起きたら出ていってもらうが……。他のやつに余計なことを言うんじゃないぞ」
そう念を押され、俺はこくこくと頷いた。
「ジン! ここの答えは」
先生に当てられて俺ははっと我に返る。ええと、と答えを探して答えた。
「……システム管理局」
「そう。常識問題ですね。WI地区だけではなく、全てのシステム技術を管理しているのはそこだな。管理長は三年前に変わって……」
ほっとする。レイジもにっこりサムズアップをしてこちらを振り返ったりなんかもしている。俺は軽く苦笑して、授業の終わりを待った。
「レイジ! 図書館ってどこにあるんだ?」
俺が放課後にそう聞いたのは、授業で分からない単語が出てきたからであった。独学では限界もある。ああ、とレイジが答える。
「俺は知らん」
「は? お前前からここにいるんだよな……?」
「俺活字嫌いだもん。将来要らねぇし。必要最低限だけかなって。……ああ、リサに聞いたら? この間図書館行くって言ってたぜ」
いっそ清々しい。しばらくいてわかったが、座学に精を出していない生徒も少なくないようだった。医学、作戦本部へ就職希望の人達はテストもあったりしてまともな教養をつけなければならないらしかったが、俺たちには最低限の知識、そして実力をつけることだけが求められているということがわかってきた。特にレイジは所謂脳筋タイプらしく、授業中も時たま眠っているようだった。
俺は例外だった。この世界の常識もまだろくに身についていない。授業範囲外のところで抜けているところ、そもそも知らない単語が多すぎるとやっと最近になって気がついたのだ。
……というか。俺はレイジに尊敬の念を込めて聞いた。
「……お前すごいな。リサにそんなこと教えて貰えて……。あんなにぎこちなかったのに」
「あはは、まぁすっげ複雑そうな顔してたけどな!」
リサも和解しようとは試みているらしい。引きつった笑顔が目に浮かんだ。
とりあえずリサに聞けばいいのだろう。通信したら繋がるか、それとも選抜隊のところに行ったら分かるか。そう思いながら廊下に出ると、マリンに会った。今日はめずらしく訓練は休みだったが、普通教室の棟で見かけるのは珍しい。俺は彼女に手を振った……が、すこし心做しか仄暗い表情だ。しかし、俺に気がつくとぱっと彼女は顔を上げた。
「……あ、ジンさん」
「マリン! いいところに。図書館ってどこかわかる?」
あー、と少し考えてからマリンは答えた。
「……言葉で説明しても難しそうなんで、案内しましょうか?」
「助かる!」
俺がほっとしてお礼を言うと、マリンは前に立って歩き出した。俺は疑問に思って聞く。
「なんでこっちの棟にいたの? 珍しい」
「……こっちの友達に会いに……」
「友達?!」
ギロリと睨まれる。俺は誤解を産んだかと慌てて弁明した。
「い、いやいや、マリンに友達がいなそうとかいうわけじゃなくって」
「……いいんです。分かってますから」
「そんなつもりじゃないって! え、えーっと……なんの話してたの?」
俺が慌てて話を変えると、ぴたっとマリンの足が止まった。どうしたのだろう、と思って近づくと。
「……うっ……」
彼女は嗚咽を漏らしていた。泣いている……?と気がついた途端、俺はとんでもなく驚いて、そして同時に自分が不用意なことを言ったせいかと焦る。
「ご、ごめん! 俺デリカシーとかないみたいで……」
「……ジンさんのせいじゃ……っ」
廊下を通るほかの人たちの目が冷たい。しかも彼女は白いセーラー……選抜隊の証の服を着ている。俺の顔は見えないとしても、悪目立ちする状況であることは事実だった。余計焦って、俺はとりあえず彼女を中庭まで連れ出した。
ベンチに座ってしばらくした後、マリンは口を開いた。
「……ごめんなさい。人前であんな……」
「それはいいんだけど……何かあったの? ……あっ、いや無理して言うようなことでもないけど……」
俺が慌てている様子を見てマリンはふっと息をついて答えた。
「……しょうもない話ですよ。選抜隊を……バカにされたんです」
「……えっ」
俺が固まっていると、マリンははぁ、と自嘲的に微笑んで話し出した。
「……持て囃されてるくせに、なんの活躍もしてないって、遠回しに言われたんです。この間は負傷者も出たんでしょ、あんなに強いのにとか学生にそんなことさせて、ほんと危ないよねー、とか。それで……悔しくなったんです。何も言い返せないこと」
「……そんな……本当にその子たちはそんなつもりで……?」
「……さあ。繊細になり過ぎてるんですかね私も。……でもそういう風に私には受け取れましたよ」
私は、と震える声で続けた。
「私は……ジンさんには前あんなに偉そうに言いましたけど……ただスペシアを持っているだけで……弱いんです。スペシアを持っていても、ルカさんとかタイガさんとかアリアさんみたいには……強くないんです」
え、っと俺は驚く。
「タイガってスペシア持ってたの?!」
「……一応持っているそうですよ。でも私も使っているところは見たことがないんです。彼いわく……弱いからって」
タイガのことがよく掴めなくなる。嘘をついていたわけでもなく、必要を感じていなかっただけだろうが、少し壁を感じるような気になる。
俺は、はっと思いだす。今はマリンの話を聞いている最中だった。
「ごめん、話さえぎった。それで……?」
「……私……みんなのこと言われても……なにも言い返せなかったんです。そういう弱い自分も……嫌で……」
「弱くないんじゃない?」
え、っとマリンが言った。俺は思ったことをそのまま話した。
「言い返すのがいいことってわけでもないでしょ。それにマリンは強いよ。俺なんかよりもだし……客観的に見ても。それに、マリンは皆のことを想ってるんでしょ。それなら弱くなんてないよ」
「……そう……なんですか……ね」
「大丈夫だよ。俺が保証する」
そう言って俺は気が付くと彼女の頭を撫でていた。は、っと気がついて放す。気持ち悪いと思われただろうか。
俺が弁明しようとすると、彼女はふっと立ち上がって吹っ切れたような声で言った。
「……ありがとうございます! さ、はやく図書館行きましょ! 心配かけてごめんなさい!」
「……ううん。大丈夫。行こうか」
少し歩くと、大きな別館のような建物が見えた。
「……ここが図書館?」
「そうです。基本的に色んな文献が取り揃えられていますよ。一緒に行った方がいいですか?」
「そうだね。本の探し方……? とかもよく分からないから……」
そう言って二人で中に入ると、そこはドーム型の作りになっていた。背丈より圧倒的に大きな本棚がずらりと一面にならんでいて、果てしなく広いように思える。所々に机も設置してあって、本を読んでいる人や勉強をしている人たちがそこを使っていた。
「……すげぇな……」
「なんの本ですか?」
「あ、ああ、歴史とか社会系の、基本的なやつ」
「ならこっちですかね……あれ? アレってリサさんじゃ?」
歩いていると、リサが本を下敷きに居眠りしているところを発見した。横にもたくさんの本がある。本の題名は『記憶と脳の関係』『ABと体質』『神と悪魔について』『ABの歴史と変遷』……医学系から歴史系、果てには宗教系の本まで様々な本を積み上げているようだった。俺たちの視線に気がついたのか、んん、とリサが起きた。
「……うわ! ねちゃってたかぁ……恥ずかしい。……二人ともなんでここに?」
マリンがそれに答える。
「あ、ジンさんが本探したいって言ってて……たまたまリサさんを見つけた感じですね」
「ああ……そういう」
「なあ、この本って……?」
俺が聞くと、ああ……とリサがげんなりした表情になる。
「ちょっと個人的な調べ物……。休みの日にしとかないとやる時ないからね……」
そう言いながら伸びをした。疲れているようだ。「あっ、ここに歴史書ありますよー」とマリンが後ろを見て教えてくれる。
ありがとう、と一冊簡単そうなのを選んでとってから俺は彼女に聞いた。
「……もしかして……」
「ジンの記憶を戻すため……もあるけど、別件も。ちょっと色々立て込んでてねぇ……」
「……?」
「あんまり詳しく言うのも、アレだから。ね」
丸め込まれてしまった。俺は少し腑に落ちないながらも納得して、その場を離れた。
……数日後。久々の学級でのAB測定を終えた俺はレイジに話しかけられた。
「だめだー、こないだと全然変わってなかった。お前は?」
「……442……!」
「はあ?! めっちゃ伸びてんじゃん。やべぇー、流石だな」
「環境が環境だからね……」
そう言いながらも俺は内心ガッツポーズだ。環境があるとは言えかなりの成長だ。このままいくとちゃんと平均ぐらいにはなれるだろう。その事に胸を撫で下ろしながら、俺はレイジに聞く。
「そういえばお前もかなりの実力だよな。なんで選抜隊には……?」
「ああ、まぁAB量だけじゃないからな。戦闘センスとか素行とかの方が求められる。その点はなんならお前の方が上じゃないか?」
「……なるほど、脳筋はダメ、と」
「聞こえてっからなおい」
軽く俺がいじるとちゃんと聞きとがめられた。ハコが俺に話しかける。
「なかなかな伸びだな。お前才能あんじゃないの」
……違うよ、と心の中で答える。
周りの人達と、運に、恵まれたからだ。
アリア先輩はまだ目を覚ましていなかった。
「……あれからほぼ一ヶ月、か」
訓練の休憩中湊が漏らした。ルイ先輩はその言葉を拾う。……彼は今でもアリアのお見舞いに行き続けているようだった。手術もABもあって身体機能上はだいぶ回復したが、やはり目が覚めないらしい。
「時が経つのは早いもんだよな」
「……ルイ先輩は卒業したらどうするんですか?」
俺の素朴な疑問に、「言ったこと無かった?」と返される。
「普通に本部の方。卒業生は待遇いいしね。必然的にユーゴの部下になるのは癪だけど……」
「俺はてっきり前線かと」
あはは、ないよ、とルイ先輩が笑う。
「俺そんなに強くないから。中心都市で仕事してるのが性に合ってるよ。……お前らはどうするんだ?」
そう言われて俺と湊は顔を見合せた。湊はうーん、と考えて答える。
「僕……はとりあえずこっち出てからですね……ジンは?」
「……平穏に……暮らしたい。……でも」
脳裏にアリア先輩の姿が浮かぶ。
「俺はそれよりも……皆のことを守れるようになりたい」
ルイ先輩はにっと笑う。年相応の笑顔だ。
「いいんじゃないか。応援してるぞ」
「……でもその前に記憶を取り戻さなきゃ……」
「だーから無理なんだって」
ハコがひょいっと俺たちに話しかける。俺は少しむっとした。
「無理ってなんだ」
「あの小箱のことも何も解決してないだろ? お前もそれどころじゃないみたいだし……そんなんじゃ多分一生かかっても無理だぜ」
「……確かに今はそれどころじゃないけど……」
生活に慣れること、タスクをこなすことで精一杯だった自分に気がつく。
でもそれの何がダメなんだ?とふと思う。
今の生活を、このまま受け入れていければ、もしかしたら……幸せになれるんじゃないか……?
そう思っていると、ルカが「ちょっと中断」と俺たちを招集した。
「C級が出た。今回は既存種で、もう対処済みだそうだ。」
「行くまでもなかったってこと?」
応接室に集められた面々が訝しげな顔をする。呼ばれないことは珍しいのだろうか、タイガがそう聞いた。ああ……とルカ。表情は重く、憂鬱そうだ。
「そのことなんだが……本部長が変わって指揮系統が変わったらしい」
本部長。つまり作戦本部のトップ。実質的に……軍のトップということだ。
ざわっとどよめきが広がる。マリンが目を見開いて質問した。
「公表されてないですよね?! なんでそんな急に……」
「この間の級の読み間違え騒動が響いたらしい。下からも不満噴出でな……公表されてないのは……『若すぎるから』だそうだ」
「おいおい、話が読めない。誰なのかこっちに伝えられるのか?」
ルイ先輩が聞くと、ルカが苦虫を噛み潰した顔をする。
「……驚かないでくださいよ……。……ユーゴです。前代未聞、十代からの本部長だそうだが__」
「ユーゴ?!」
ルイ先輩が叫ぶように聞き返す。俺達も全員絶句していた。……ユーゴ、とはあのユーゴで間違いないのだろうか。ルイ先輩がすごい形相で聞く。
「ちょっと待ってくれ。そんなことが有り得るのか? まだ俺たちと同じ……十八だぞ?」
「ありえない……はずなんです。だから現場にも公にもそのことは伏せられています。ただここには伝えていいと……」
ルカがたじたじになりながら答えた。
「はあ?! ……ますます意味がわからん。あいつの狙いはなんだ」
「……WI地区選抜隊の現場への出動を……やめさせようとしているらしいんです」
ざわめきがまた広がる。リヒトが言った。
「実戦経験が積めるのがここの強みなはずだ! それをなくしてなんになるっていうんだ!」
「アリアの怪我……この間のミスなどで学生たちが傷つくことがないように、という采配らしい。もちろん今抗議はしているが……」
「……そうか……上はそうならざるを得ないよな……」とタイガが言う。
「……学生の怪我は即ち未来ある若者の……挫折を意味する。それの芽をつぶしておこうと……」
「実戦経験を潰したら育つもんも育たねえよ」
リヒトがすかさず反駁した。ルカがそれを止めるように怒鳴る。
「全員粛に!」
しんとなった応接室の真ん中で、ルカは続けた。
「……今私たちにできることは、ほかの警備などの任務をすることだ。そして二週間後……一、二年には任務がある」
「……なんだ?」
リヒトが聞くと、ルカが重々しく答えた。
「……卒業パーティ……プロムへの出席だ」
「……は?」
リヒトの間の抜けた声がまた応接室で響いた。
うららです。
バトルシーンが最近ないなぁ、など。まぁ小休止パートですねこの辺は。
プロム編はまぁまぁ書くのが楽しみです。正装っていいよね。イラストとかないけど。
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