episode4-4
俺は外に出て、リヒトのことを探した。まだそんなに遠くには行っていないはずだ。探すと、歩いている後ろ姿を見つけた。俺は声をかける。
「リヒト!」
「げ、なんだよお前」
リヒトは心底嫌そうな顔をした。その反応は想定内だ。俺は続けた。
「やっぱりリヒトは選抜隊を辞めるべきじゃ__」
「しつこい。もう決めたんだって」
「でも」
「何様だよ!」
そう言われて少しかちんと来て言い返してしまう。
「隊の仲間だろ!」
そう言ってから気がつく。余計なお世話だったか。こんなことを言っても逆効果なのではないかと俺が心配していると、リヒトが言った。
「……仲間って、たった一ヶ月だろ」
「そうだけど……仲良しのお友達になろう、とは言わないけど俺もちゃんとリヒトと関わりたいよ」
呆れたようにリヒトがため息をついた。
「綺麗事だな。俺とお前じゃ分かり合えないよ。俺の気持ちなんて分からないでしょ。なんの努力もせず急に視界に入り込んできたお前がどれだけ目障りか……」
そう言う顔は、俺を嘲っているように見えて自嘲的にも思えた。彼の顔の歪みは、憎しみか、あるいは……。
「……悔しい……?」
「おっまえ……ほんと人の神経を逆撫でするやつだな……」
考えていたことがうっかり口から出てしまった。メラメラと炎が後ろに見えそうな形相に俺は少し怯み、同時に申し訳ないと思った。ハコがくすくすと笑って口を挟む。
「さすがジン、思ったことがストレートに口から出る」
「……バカにしてる……?」
「でもなぁリヒト、こいつの素直さは見習うべきだぜ。短所でもあるけど」
ハコにそう言われて、リヒトは少しまたムッとした。
「……なんだよ寄生虫みたいなやつが……」
「あっはは、近いかもな。でも事実だろ?」
ハコは軽い口調でいなした。
「お前は確かに能力も高そうだし、努力家なのはわかるよ。それに、本当は分かり合いたいだろ?」
「……は?」
「そうじゃなきゃこいつにもルカにも突っかかってない。最初っから諦めて終わりだろ」
「……いや俺はただ」
「そうじゃなくてもだ。お前はこれから『大人』にならなきゃいけねぇ。軍に入るならそこでのコミュニケーション、中心都市にしてもそのほかにしても、大人じゃないと上手くやってけない。……つまり、意見の違うやつとどう分かり合うかが優先事項に入ってくるわけだ。勿論諦めるなら諦めるでもいいだろうけど」
「……」
「そういう点でみたらジンぐらい馬鹿正直な方がいいのかもな。……俺が思うのは、辞めるのは早計すぎやしないか」
それに……とハコはリヒトを手招きして何事かを俺に聞こえない程度に囁いた、すると、リヒトはすぐに青ざめてこう言った。
「……ちょっと考え直す」
「頼むぜ〜これからの未来のためにもな〜」
そう言ってリヒトは踵を返した。俺は疑問に思って、ハコに聞く。
「なんて言ったの?」
「ルカとかジンみたいなお人好しばっかりが上の組織にいたらどうなるか考えてみろ。たとえ抜けたとしても、ヒラになったお前にも厄介なことが降り掛かってくるぞ、って言った」
「酷い言い様だな」
「馬鹿言え。お前らをよろしく見とけよって意味だ」
それで考え直すんだからあいつもなかなかなお人好しかもな〜とハコが笑う。俺はため息をついた。本当に大丈夫なのだろうか……。
☆
「リヒト、選抜隊に選ばれたんだって?!」
思い出すと、リヒト……俺はだいぶ苦労したと思う。本当に人並みしかないAB量に、特にない才能。そんな俺でも努力で選抜隊に選ばれた。他の奴らは高等部に入った時にはもう指名されたが、俺は一年遅れの選抜だったのだ。それが決まった翌日クラスメイトに期待の眼差しでそう言われたことで、やっと、報われたことを実感した。憧れだったのだ。選抜隊という組織自体が。
すげーな、と言ったクラスメイトはこう続けた。
「やっぱ才能ある奴らは違うなー」
才能。
俺のいちばん嫌いな言葉。
才能がないから。俺はずっとだめだった。それでもやっと手につかんだ立ち位置だ。そして入ってみると愕然とした。やはり『才能』が全然違った。飲み込みが早い。戦闘センスがいい。スペシアを持っている。そういう奴らの集まりだった。俺みたいな奴はどこにもいない。だけれど俺は俺なりに努力して、やっと認められ始めた……。その時だった。
ジンが選抜隊に突如入ってきたのは。
才能、どころか運のようなものだろう、俺はその悪魔の力と、それに釣り合っていない実力をみて唖然とした。呆れて、激しく恨んだ。リサもだ。その莫大なAB量を持ちながら、それを全くもって活かせていない。努力もしていないような、くだらない奴らなのに。そいつらを採用したルカにも怒りがつのった。
激しく恨んで、憎んで、逃げようとして、俺はたった今気がついた。
俺はあいつらが羨ましい。
ふっと目が覚めた。どうやらあの後自室に戻って寝てしまっていたようだった。時間は深夜。同室の奴はすやすやと寝ている。寝起きの頭で、自分が先程思ったことについて改めて考える。……本音だった。羨ましい。運が、才能がある奴が羨ましかった。
ジンが悪いわけでもリサが悪いわけでも、ルカが悪いわけでもない。他の奴らが悪いわけではないことに、俺は気がついていた。俺はあいつらを拒絶している。それは、妬んでいたと気がついた今も変わらなかった。
手の豆を見る。武器であるスナイパーライフル。それを持って、できた豆。俺は努力した。けれど……。
ハコに言われたことを思い出した。
そしてようやく本音に気がつく。あいつらに指揮を任すことよりも、俺がこのままの方が怖かったのだ。俺がこのまま、あいつらのことも分からないまま憎んだまま、死んでいくのは確かにどうにも気持ちが悪い事だとおもった。
それなら、俺は……。
「……そうか、やめないんだな」
朝一番で応接室に行って、もう着いて仕事をしていたルカにそう伝えると、ルカは安堵したような表情を見せた。
「お前のようなやつが消えるのは惜しい。この選抜隊には違う視点も、お前の能力も必要だ。……残ってくれてありがとう」
そう言われたことに、意外な思いだった。自分が言うのもなんだけれど、ルカは人にそういうことを言うようには見えなかったからだ。案外ジンかなにかの影響か、と思った。
ふと、自分が思っていたよりもその言葉が嬉しかったことに、驚いた。
☆
「え、リヒト……!」
「なんだよ」
俺は驚くと同時に安堵する。リヒトは翌朝のミーティングにきちんと参加していたのだ。ハコの脅しが効いたのだろうか。ルカも心做しかいつもよりは機嫌のよさそうな表情をしている。俺はリヒトにきちんと言った。
「来てくれたんだな。よかった」
「……お前のためじゃない。俺のためだ」
相変わらず言い方は冷たいが、とはいっても前ほどのトゲトゲしさはないようにも感じた。俺はほぅっと息をついた。ハコの表情はわからないが、きっとにやりとでもしているだろう。他のメンバーは昨日のことを知らないからか、きょとんとしているけれど、旭も少し微笑んでこちらを見ていた。
奇しくも今回の留守番組は昨日のことを知っている俺、リヒト、旭、ルカ、そしてマリンだ。ルイ先輩が言った。
「……ということで久々のA級、だな」
隣にいたマリンに俺は聞いた。
「A級と戦って死ぬことはあるのか?」
マリンはきちんと教えてくれた。
「うーん、相性にもよるけど、私たち『は』ほぼないですね。その前に撤退することはあるんですよ。基本的に学生は保護が優先されますから。今回は規模も大きいですから、よっぽどのことがないかぎり平気です。まあ、軍に正式にいたら保証はできませんけど……」
「A級ってめちゃくちゃ危ないってことか?」
「まあ滅多に来ないですけどね。大抵はBまでですからあんまり気にしないでいいですよ、今は。将来的にはSともご対面でしょうけどね」
すごいな、と思う。そんな現場に連れていかれるほどの戦力を、選抜隊は期待されているということだ。
ルカが話す。
「どうか無事で。健闘を祈る」
そう言って敬礼をした。俺達も後に続く。リサだけは緊張した面持ちがとれないが、他は慌てず返して、その場を後にした。俺はその姿が見えなくなったころぼそっと呟いた。
「……リサ大丈夫かな」
「どうしたんだ?」
旭に聞かれて、俺は返す。
「いや、この間の任務が上手くいかなかったと凹んでいて。引きずっていないといいけど」
「上手くいかなかったァ?! あんなもん上手く行くやつの方がいない」
ルカが素っ頓狂な声を上げて驚く。俺が、そうなのか?と聞くとルカが返答してくれた。
「場合によっては新隊員なんて雰囲気に飲まれて動けないこともある。リサなんか上出来だよ。アリア先輩の報告によると、きちんと言われたことを守って援護射撃ぐらいは出来たらしい。もちろん細かく言うとこは色々あるが初回にしてはいい方だ」
「そうなんですね……」
「怯まなかったという点で言うとジンもかなり優れていた。特に前衛は何もできず固まる奴も多いんだが……度胸あるよ」
俺は褒められて少し照れた。あまりストレートに言われることはないのだ。リヒトが軽く口を挟んだ。
「ルカ……お前そんな感じだったか?」
「? 何がだ?」
「……いや」
マリンはその雰囲気の中「私も褒めてくださいルカさん〜!」と相変わらずハートを飛ばしていて、その場にいる全員が苦笑したりため息をついた。
その日はパトロールとはいうが俺には普通に授業があったため授業に出ていた。放課後にとりあえず応接室に行くと、ルカが書類を片付けていた。その資料を少し見ると、今回の任務の人員欄に俺の名前があったことに気がつく。視線に気がついたのか、ああ、とルカが説明した。
「ジンは前衛だ。さすがに初心者をA級の前衛にさせるわけにはいかないから、少し変えたんだ。本部には後で連絡がいくから大丈夫だ」
「……まだ終わってないんですか?」
「長期戦だろうな。珍しくない。決着つかずに帰ってくるのが朝なんて学生でもよくある話だよ」
ルカは軽く言った。俺は少し不安になって、言う。
「……実力不足ですか」
俺が聞くと、ルカはすこしにやっと笑って俺に聞いた。
「今のAB量いくつだ?」
「えーと……」
「測ってみろ、機械は奥にある」
そう言われて例の計測器を使って測ると手 ……361。初回から百もアップしていることに俺は驚くと、ルカが言った。
「もちろん記憶が無くなったから伸びやすいのもあるだろうが、記憶が亡くなる前の平均が350ぐらいだったよな? ちゃんとお前自身が成長してるよ、ジン」
「……!本当だ……」
目に見える成果が出ていることに少し喜びを覚えた。このまま頑張れば、皆の役に少しでも立てるかもしれない。昔の自分に誇ることが出来るかもしれない……。
と、コンコンと扉をノックして誰かが入ってきた。誰かの顔は……旭だ。ん?とルカ。
「リヒトとマリンとの訓練は?」
そうだ。この時間はもうそろそろパトロールも終わり特訓が始まる頃だった。
「少し……ふたりに用があって」
「用……なんのこと?」
俺とルカは顔を見合わせる。俺たちふたりが何か共通しているわけじゃないのに、何故。そう思っていると、旭がおい、と俺に言う。
「本当に忘れてんの? 俺の事」
「忘れてるも何も……言ってなかったっけ。俺今記憶喪失で……」
そうだ。ハコのことは言っていたけれど、うっかり記憶喪失のことは言い忘れていた。旭はがっくり肩を落とす。
「……なるほどなぁ……そうかぁ……」
「どうしたの、旭?」
ルカが聞くと、旭が言う。
「……少し、大事な話があります」
うららです。
episode4まさかの続いちゃいました。前回のキリが悪かったので……。
さて、そろそろ中盤に入りますね……。




