episode4-1
例の応接室に着替えてから入ると、ルイとアリアが神妙な面持ちでそこに立っていた。
「……通信で話した通りだ。訓練着に着替えて、一応武器も持ってすぐ正門にこいと。悪いね、休日に皆でいたとこに呼び出したりなんかして」
ルイ先輩がそう言う。ルカは首を振った。
「いえ。選抜隊あるもの、いつ何が起こってもいいようにしなくては。……ところで……作戦本部?」
「ああ。おそらく……あいつの差し金だろうな」
「……そうね……」
アリアも珍しく険しい顔で同調する。あいつ……とは。疑問に思う俺に気がついたか、ルイが補足する。
「ユーゴ……俺たちの同期だ」
「ってその人、そんなに凄いのか?」
「すごいというか……もう私たちの学年でも知らない人はいないぐらいだった」
正門まで本部の人が迎えに来てくれると言うので、そこに向かっている最中リサに聞くと、そう返ってきた。
「なんか、すっごく頭いいんだよね。二年生のとき引き抜かれたみたいで、中心都市の……それも作戦本部勤務。今じゃ結構トップまで上り詰めてるらしいよ」
「引き抜きとかあるんだな」
「結構あるよー。作戦本部はまぁほぼないけどね。ある技術に特化してたりとか、治癒に特化してたら軍の後方支援で引き抜かれることも多いよ」
まだ二年目ということか。ルカは沈痛な面持ちになる。
「……そしてあの人は……癖が強いぞ……」
え?と聞き返そうとしたが、丁度着いてしまった。目の前にスーツの背の高い男がいた。多分本部の人だろう。とても顔が整っていて、爽やかな感じがする。彼は俺たちを見つけるとにこやかに寄ってきて、ルカに言った。
「ルカー?! 久しぶりだね! 俺の事覚えてる?!」
「……ああ、はい……お久しぶりです、ユーゴさん……」
ユーゴ。俺たちは目を見合わせる。まさか出向いてくるとは思わなかったのだ。まぁ何も変では無いのだが……。俺たちを見つけて、ユーゴさんは言った。
「ああ、君たちが噂の新隊員ね! とりあえず行こうか」
「行くって……」
「……もちろん、このビルの中。中心都市に」
長いエレベーターから街を見下ろすと、自分たちのいた学校が小さく見えた。ユーゴさんが話しかけてきた。
「どう? 景色は」
「すごいですね……! 初めて見ました」
「あはは、そりゃ記憶喪失だから初めてだろうね」
ユーゴは皆が言うほど癖の強いひとに思えなかった。ルカはずっと顰め面を崩さないし、リサも少し緊張した面持ちもしていたが、俺はすぐに打ち解けられた。なにしろ彼はとても話が上手かった。にこやかに色々と話すのだ。彼はリサに向かっても話しかけた。
「リサちゃん? っていうんだよね? あはは、いいね若くて。初々しくて可愛い」
「え?! えっ、とあはは……」
緊張ゆえか若干顔が赤くなっているようだ。俺はリサに耳打ちする。
「大丈夫?」
「何あの人……! コミュ力高すぎて怖いよ……。可愛いとか軽々しく言ってくるし……」
どうやら若干タジタジになっているようだった。照れているというよりは怖がっているにも近いその口調に俺は苦笑する。
「そろそろ着くよ」
エレベーターは43階で止まった。最上階は50階のようだ。
そこに入ると……真っ白な部屋が拡がっていた。何も置いていない、ただの真っ白な壁の部屋。その異質な空気に俺が驚くと、彼が言う。
「応接間みたいなもんだよ。……さぁ、本題に入ろうか」
「俺は改めて、ユーゴ。作戦本部の総括課長をやってます。まず俺が次期隊長のルカに加えて君たちを呼んだのにも理由がある。俺がただ会ってみたかったからだ」
ニコニコと言うのを聞いて、俺はよかった、と思う。ハコの力を見咎められたかと思って内心焦っていたのだ。ユーゴは続ける。
「どうやら不思議なスペシアを使う子とAB量がとんでもない子が入ってきたって噂になってね。どんな子が気になっていたんだが……」
俺とリサを一瞥して、うん、と彼は言った。
「思っていたよりつまらないね!」
……?
一瞬飲み込めずに困惑していると、彼が続けた。
「そこの君……ジンくんと言ったかな? は、見るからに素直だけどそんなに素直なのは戦闘には向いてないね。面白みがない。もう一人のリサちゃんは、まぁたしかに磨けば光るかもしれないけど……現状力が活かせていないし、何よりも臆病だ。感情と行動が直結してる短絡的思考をする子の典型的パターンだ」
唐突にアドバイスかなにかもよく分からないような指摘を受け、俺は冷や汗をかく。にこやかだった彼の表情は変わっていない……が更にそれが彼の異質さを際立たせた。笑っていない瞳の奥と目が合って、恐ろしさを感じる。
「……はーあ、どんだけ面白いかと思ってたのに。期待はずれ__」
「……期待はずれなわけないです!」
ルカが叫ぶように遮った。俺とリサはおどろいてそちらを見る。リサは少し怯えたような表情から、ルカに縋るような表情に変わっていた。
「……確かにまだ未熟ですけど、私とか……みんなと同じぐらいか、それ以上のポテンシャルを持った人達だと信じて隊に入れました! だからそんな言い方……」
「ああ。ごめんね。『言い方が』悪かったかもね」
軽く謝罪をするユーゴは、自分は悪くないと言い方を強調して主張しているようにも思える。果たして、さっきまで自分が見ていた人と目の前にいるユーゴ同一人物かが本当に分からないほどに冷徹な目をしていた。低い声はいっそうそのまだ保っている笑顔とアンバランスで不気味だった。
俺たちは……理解する。確かに正論かもしれないが、これは……『癖が強い』の意味も、アリアとルイの気の重そうな顔も、わかる。
重い空気が流れる、おっと時間が無いとユーゴ。
「……と、まぁそっちはもういいや。こっちが本題だね」
そういうと、彼は指を鳴らした。と……壁をすり抜けて、三人の人間が入ってきた。見慣れない着物を着ていて、格好を見るに、男二人女一人だった。そして、三人全員とも……狐の面を付けていた。そのどこか少し不気味な光景に、俺は唾をごくりと飲む。ルカは聞いた。
「……なんのつもりですか」
「おっと、別に君たちを仕留めようとしてる訳じゃないよ。こっちは普通に、外交の相談」
「……外交の?」
「そう。この人たちはSU地区の人だ。君たちに会わせようと待っていて貰った」
SU地区……!唯一、全壊も半壊もしていないはずの地区だ。その地区から、人が来たというのか。
狐面のうちの、女らしき人物が話し始める。背が低く、髪の毛は肩ぐらいでおろしている。髪飾りにピンク色のふわりとした花を付けていた。くぐもっているが高めで綺麗な声で、彼女は言った。
「無礼をすみません。私たちはSU地区の者です。私たちは、あなた方に頼み事があって来ました」
「……頼み事?」
「私達に、そちらの技術や武術を少し教えてもらいたいのです。私達の戦闘方法ではいずれ……妖たちに負ける日がくると、そう感じました。なので、異能の使い方、他の技術面に置いても支援……引いては協力をお願いしたいのです」
いのう、あやかし……。聞き慣れない表現に戸惑うと、ユーゴが口添えする。
「妖っつーのはSU地区で言う侵略者だ。異能はABとかスペシアのこと。まぁ……お前ら学生に混じらせるのが一番いいと思ってわざわざ君たちを……というかルカを呼んだんだ。所謂留学生みたいな?」
「……そんな簡単に受け入れられる物じゃないですよ。大体、実力も分からないですし……からっきしだめなら命を落とす危険もあります」
「……実力? 実力をお見せすればいいのですか?」
「……え?」
ルカが聞き返すと、そうですか……と女が言った。
「よろしいですわ」
「こちらは頼み事をしている身。武を返さねば無礼というものだな」
狐面の男の一人が言う。そちらは紺色の着物を着ていて、髪がサラサラしている。細身で背が高い。
「礼には礼を、ということか」
もう一人の男も言う。そちらはもう1人の男よりは背が低く、癖毛で髪を横に流している。緑色の着物を着ていた。
「「「ひとつお手合わせ願います」」」
三人はそう声を合わせていう。次の瞬間__俺の目の前には背の高い狐面が既にそこに『居た』。俺は油断していたが、どうにか反応できた。反射のようなものだった。受身を取って一旦引く。彼の手に刀が握られているのが見えたからだ。
「……避けるか。流石だな……」
男は流石、という割には意外そうな声で言った。遠くから呻き声が聞こえる。リサの声だ。
「……ぐっ……」
はっとそちらを見ると、彼女はツタに捉えられていた。グルグルに縛られていたのだ。その目の前には狐面の女がいて、あのAB量があってさえ圧倒されたのか、と驚く。狐面の女は余裕綽々で彼女を見張っていた。
ユーゴは「……何があってもいいようにこの部屋にしてよかった……」となんだか間の抜けたことを言っている。そうかそういうことを予想して訓練着なのか。俺は剣に手をかける。相手が攻撃してくるのならばこちらも最低限返さなければならないのだ。
さらに奥を見ると、『DELETE』を発動できるほどの余裕がなくピストルで応戦しているルカと、奥に……驚くべきは、大きな竜を携えて応戦している緑着物の狐面だ。彼女が苦戦するとは、と驚きつつ、俺は俺の方に集中することにした。
男は刀を抜き、躊躇なく刀を振ってきた。いくら殺さないだろうとはいえ流石に大怪我のリスクもある。とりあえず説得を試みた。
「落ち着いてって……!」
「実力を見たいんじゃないの?」
俺は脇腹に喰らいそうになって、必死に剣で抵抗しようとする。も。
「甘い」
彼はそう言うと、刀の力で徐々に剣を押しのけた。力は俺も弱い方では無いのに、押し負けていることに危機感を覚える。すると不意に彼は引いて、俺の目の前に剣先を突きつけた。
「……降参するか?」
「……まだだ!」
俺はまだ、ハコの力を使っていない。ハコは意図を察したのか、「はいはい」と力を込めてくれる。みるみる間に剣は黒い光に纏われた。
「……初めてみるな……黒い光なんて」
彼がそう言うのを待たず、俺は切りかかろうと……というか少し落ち着かせようとする。とりあえず武力で解決しようというのをどうにかさせないとすすまない。留学?についてはまだ検討の余地があるかもしれないが、ここで怪我をしては元も子もない……。だが、男は華麗に避けて、俺に剣先を向ける。ルイ先輩と戦っている時と同じか……あるいはそれよりも実力差を感じた。やはり戦い方の違いもあるかもしれないし、面をつけているからか目線などもよく分からない。得体の知れない不気味な相手と戦っているという独特な感覚を覚えた。
徐々に焦りが出ているのを見抜かれているように、俺の隙を相手は的確に突いてくる。そして俺はひとつ気がつくことがあった。……彼はまだABを使っていない。普通白く剣が発光したりするのだが、それが全くなかった。つまり……素の力でこれだということだった。これでABを使われたりでもしたら……。背筋が寒くなる。相手の攻撃の威力と数が増した。彼が話しかけてきた。
「早いとこ決着をつけよう、僕もわざわざ君たちに怪我をさせたい訳じゃない」
「……! じゃあ話し合いとか……」
「見せないと分からないでしょ? 僕達のこと」
俺は引いて、飛翔ABを使う。上に飛び上がって体制を立て直す作戦だ。てっきり彼も俺について空中に上がるかと思えば……そんなことはなかった。俺は勢いをつけて上から彼を斬ろうと……というよりは打とうとする。彼が受ける構えをしたその時だった。
「……二人ともストップ!」
ルカの声でそう言われて、俺は地面に叩き落とされた。戦っていた相手も焦ったように俺に駆け寄った。ルカは『DELETE』を使ったのだろう。竜使いの男はその辺で伸びている。ルカがどうにか勝ったのだろうか。
「……とりあえず分かったから。実力は。でもまずは話し合いをしましょう……」
ルカの鬼気迫る表情に、向かい合っていた俺たちは目を見合わ……相手は狐面だったから『顔』を見合わせて、「……ハイ」と大人しく頷いた。
うららです。
やっとここにきて前まで考えていたものの再利用ができた……。再構想したら全てがなくなっちゃったから……。




