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怒鳴られるのは日常茶飯事だった。小さい頃、母がいないということが不幸なのだと、大きくなるに連れて周りから思い知らされていく。


『お前が生まれたせいだ。だからフィーリアは逃げていった。お前は捨てられたんだ』


胸をえぐっていく言葉に、何度も泣きそうになった。私は特別悪いことをしているつもはなかったけれど、自分を責めた。

お父様がいつもイライラしているのは私のせいだ。私が母と父の仲を割く原因になってしまった。

だからこの人を前にして、今度はかける言葉を見失ってしまう。


「言い訳では…ありません。ちゃんと手紙はここに」


「何だと」


父に手紙を渡すと、彼はたしかにそれを受け取って目を見開いた。もう怒鳴られることはないと自分を落ち着かせようとしたが、今度はさらに地を震わせるかのような声が耳を脅かした。


「これは偽物の手紙じゃないか!!誰がこんな物を……お前は見分けもつかなかったのか」


「っ……すみません」


偽物の手紙など、わからない。私は今まで、手紙なんてほとんど受け取ってこなかったから。王家の紋章が書かれていたら、そうとしか思えない。それに、辺境伯家に来る手紙なんて信用度が高いものばかりだ。管理がよく行き届いている屋敷だったから、信用するのも無理はない。

でも、父は目を怒らせた。


「なぜ私がお前を向こうの家に預けたと思っている。お前がしっかりしていないせいだ。使用人のヘレナにばかり甘えっぱなしで、お前はなんにもなっていない。

いいか、お前はもう十八歳なんだ。人一人ぐらい、簡単に支えられるようにならなくてはならないんだぞ。手紙の管理ぐらい、自分でしなさい。

信頼できる人間も、自分で見極められるようになって、早く向こうの役に立つように。分かったら、さっさと帰れ!」


手紙を叩き返してくると、お父様は真っ赤な顔でそっぽを向いた。

戻ってきた私が悪い。

結局、そう責められ続けているのだ。それが悔しくなって、私は握りこぶしを握った。

今の今まで耐えてきたけれど、もう父親の言いなりになっているのも疲れてきた。それに、政略結婚だと最初に言ったのは彼じゃないか。そのせいで、私はベオウルフ様を深く疑ってしまった。


「もう……頭にきました。お父様、なぜ黙っていたのですか。私はずっと政略結婚だと思っていて、ベオウルフ様と関わりました。ですが彼からこの婚姻を進められていたそうではないですか」


「それはそうだ。たしかに向こうからの縁談だった。だが、今そのことは」


「なぜですか。なぜそのことを私に伝えておいてくれないのですか。私はずっと、これが国同士の結婚だと思い込んで、愛されぬ決心をしてきましたのに」


耐えるには、たゆまない覚悟が必要だった。


「それにっ、ベオウルフ様のことを疑ってしまいました。私は彼が魔物討伐に忙しいと信じられず、不倫を疑ってしまったのですよ。これは全部っお父様のせいです!」


全てを言い切って、荒くなった息を整えた。お父様は黙り込んだまま、そのまま目だけをそらす。彼はいつもそうだった。私のことに何一つ責任を感じてくれない。


「白を切り通すつもりですか。私がヘレナにばかり甘えっぱなしになってしまうのも、私の顔の傷が原因ですよ。これも、お父様がつけたものでしょうに!

成り行きだからと全部許されるとお思いですか?この傷のせいでっ…誰も信じれなくなったんです。影では皆、私を『いばら姫』と馬鹿にするから」


肝心なことで口を割らないお父様に、私はもう怒るのも疲れてしまった。もう知らないと、そのまま部屋を出ていって自室に閉じこもる。

大体、この人は私にばかり責任を押し付けてくる。偽物の手紙を見分けれないだの、ヘレナに甘えすぎだの、妻に捨てられたのは私が生まれたせいだの。

ベッドにダイブしてイジケていると、部屋にノックが響いた。


「お嬢様、こちらにいらしたんですね。中々城に来ないので、心配して来てしまいましたよ」


先に出向いていたはずのヘレナとようやく再会した。彼女はおそらく、お城で何日も私が来るのを待っていただろう。森を進む道中、思ったよりも『黒天狼の牙』の団員たちと、話が弾んでしまっていたから、大幅に遅れていた。

そのことについて謝罪を入れたいが、苛立(いらだ)った手付きで手紙をグシャグシャに握り、彼女に手渡した。


「これは偽物なんですって。だからもう、辺境伯家に帰ろうと思うの」


「どうしてですか?あの男に散々、(ないがし)ろにされたじゃありませんか。これからもここにいれば」


「それはできないわよ。だって、私はあの人の番だとわかってしまったもの」


何度も送られた手紙。お父様がたしかに送られてきたと肯定したから、それは事実なのだ。加えて、クロウなどの『黒天狼の牙』の皆のこと。彼らから馬車の道中に、ベオウルフ様のことを散々話してもらった。いろんなことを彼は最初から試してくれていて、何度も私との種族や文化の壁を越えようと頑張ってくれていたこと。


「もっと勉強しなくてはならないわ。私があの方の行動や言動を理解できるように」


狼族の習性も、本に載っていないことは私が記していこうと思う。これからは、獣人たちのことをもっと見て知りたいと思えた。

それが辺境伯家に戻ってする、私の新しい仕事だ。

腹をくくると、ヘレナはパチパチと拍手してくれる。


「お見事、お見事ですね、お嬢様」


「だからヘレナも、私のことを手伝ってくれる?」


「ふふふっ…あははははは!!!」


急に彼女は笑い出すと、グシャグシャにした偽物の手紙を破き出した。それから、狂ったように眼を開いて口角を釣り上げる。


「駄目に決まっていますでしょう。お嬢様、あなたは辺境伯家に帰ってはなりませんよ」


「ヘレナ、どうしたの??いつも私のことを応援してくれたじゃない」


「そりゃそうですよ。お嬢様はと〜っても可哀想で、哀れで、悲しい悲劇の『いばら姫』でございますからねぇ」


悲劇で可哀想。

父につけられた顔の火傷跡は、貴族界では嫌に目立った。私に話しかけてくる人たちは仮面を被っていて、哀れみの眼差しと言葉を向けてくるくせに、心のなかでは優越感に浸っている。私の酷い傷に比べれば、自分の容姿など可愛く見えるものなのだろう。

それをヘレナはずっと慰めてくれた。今の今まで、慰めてくれていたはずなのに。


「シンシアお嬢様に仕えていて、私の喜びって何だと思います?」


「ヘレナ……私のこと笑わせに来ているの?冗談はよして」


「冗談では有りません、質問に答えてくださいお嬢様」


笑ったかと思えば、殺気を込めた顔つきで私を睨んだ。


「私はあなたに仕えているだけで、周りの使用人からもてはやされるのですよ。悲劇の『いばら姫』の使用人。ただそれだけで、皆からいたわってもらえる」


こんな性格じゃない。

ヘレナはもっと優しくて、私を娘同然に扱ってくれる人。それもいろんなことの悩みにのってくれて、いつも勇気づけてくれる人だった。なのに、なぜ今こんなにも歪んで見えるのだろうか。

社交界の舞踏会で向けられる、皆の分厚いお面に入った禍々しい感情が、私の胸に絡みつく。


「だからお嬢様は、ずぅ〜っと悲劇の『いばら姫』でなくてはならないのですよ」


絡みつく薄汚い彼女の手は、私のことを抱きしめていた。一回り年が上で、赤子の時からずっと私を育ててきてくれたヘレナ。

彼女は一度子供を死産してから、公爵家に長いこと仕えてくれた。だから私を実の娘も同然に扱って、たくさん甘やかしてくれていたと思っていたのに。

垣間見えてしまったのは、ヘレナの他人へ自分を認めてほしいという欲だった。

彼女はケタケタと笑い出す。

それはもう、童話に出てくる化け物みたいに。


「父親のせいで片目を失ったお嬢様。母親には捨てられて、公爵家の子と周りから認められず、しまいには野蛮な獣人に嫁いでしまった。そんなサイッコウに可哀想な子を、どうして放っておけることができましょうか」


「やめて…ヘレナ、目を覚まして」


「目などとっくに覚めておりますよ。貴方様を赤子の時からずっと見ておりました。私は赤子を死産させてからというもの、周りからはずっと、親の体のせいだと言われておりましたが。もっと可哀想で不幸な子がいるのだと。内心、ものすごく安心したものです」


彼女の手が傷跡へと寄せられる。それから、私の右目をえぐるように涙袋へと指が圧せられた。


「ふふふ、この美しい薄水色の目が片方だけになったら本当に哀れみを向けられるでしょうね」


「やめてよっ…ヘレナっ」


「その恐怖に迫られる顔も、サイッコウでございますよ」


不気味に上がった口角に、身震いした。

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