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その翌日、私は馬車に乗っていた。ベオウルフ様は『黒天狼の牙』の団員を数人、護衛として貸してくれた。

こちらに来る時に持参した本を読みながら、昨日の夜のことを考える。


彼とは白い結婚で、私は番なんかじゃないと思っていた。でも、あんなにまっすぐに言われてはほんの少しだけ揺らいでしまう。そもそも、好きという言葉自体、あんなに軽々しく言うような言葉じゃないのだ。そこのところ、彼は意味を理解しているのだろうか。


「大丈夫っすか?奥様、少しだけ顔色が悪いっすよ」


馬車が止まると、辺境伯家の領土でもある森の深くで休みを取る。切り株に座って休んでいたら、白銀の髪の男が話しかけてきた。


「あ、ジブンはベオウルフ様の直々の部下、クロウっす。今回、旦那に言われてこの護衛のリーダー努めてるっす」


クリクリとした赤い瞳と、背中から生える真っ白な翼も特徴的な男だった。腰には小さな弓矢も持っていて、ベオウルフ様が信頼しているのだろうなと思うほど、頭がキレそうな顔つきだ。言葉遣いは荒くはあれど、クロウは安心させてくれるような言葉をかけてくる。


「この森は最近、魔物が本当に多かったっすけど、何とかなりそうっすね。冬にかけて、あいつら冬眠するんすよ」


「魔物討伐が多かったのは本当なの?」


「春と夏はいつもこんな感じっす。というか、今年は一番ヤバかったっすね。そういえば聞いたっすか?ダンナからのグライフ語」


それは昨日の言葉のことだろうか。少し発音が気になったけれど、“好き”と言っていた。


「あれはもしかして、あなたが教えたの?」


「そうっすよ。いや〜、ダンナが教えてくれって無茶言われたっす。こう、胸がドキッとした感じというか、相手を見るとキュッと胸が締め付けられる感じとか。そういう感情を、グライフ語で言うならどう言うのかと。なかなか、いい回答を出したつもりっすけど」


「キュッと胸が…」


改めて言われて、自分の胸を押さえた。その時、指先にネックレスが当たる。金色の月をした琥珀。

これを渡してくれたのは、きっと外面を良くするためだ。私が彼の所有物という意味で。

だからクロウがベオウルフ様に教えた“好き”の言葉は、意味としては成っていない。ドキッとする感じとか、キュって胸がなる感じとか。そんなこと、驚いた時にだってなるのだから。

クロウはその様子を見てか、少しだけ羽をパタパタさせて空を見た。


「ジブンもまあ、カラスなんでいろんな言語を知ってるっすけど。ダンナの言いたいこと、要は奥様がすっげえ“好き”ってことっすからね。純粋に上手く伝わってなかったら、ダンナの責任っす」


「獣人は、番が二人いるとかないのかしら」


「ええ?まあ、種族によってはって、感じっす。ジブンのようなカラスとか、ダンナのような狼の種族は基本一人っすよ」


そこで初めて、私は種族によっては番の数が違うのだと知った。人間の国にはまだ、獣人のような他種族の文献(ぶんけん)が少ないし、その情報の整合性も曖昧だ。


でもこれで確かなものになる。

彼は魔物討伐と嘘をついて他の女性に目移りしていたのではない。本当に、この時期の魔物は多いらしい。


「にしても、可哀想っすね」


「え?」


「ダンナがいくら匂いをつけようと、狼なりの愛情表現をしようと。奥様にはぜんっぜん届いてないって気づいたの、つい最近のことっすから。それまで酷く悩んでたっすよ」


クロウは苦笑いすると、指折りにして数え始める。


「朝まで奥様のことを抱きしめても、ダンナは『黒天狼の牙』の早朝訓練をつけないといけないっすから。臭いに鈍い人間には、それに気づかないっす。

それから、森の動物を狩って奥様のご飯に出すのも愛情表現っすけど、そもそも奥様は狼じゃないっすもんね。その愛情表現も無視されて。

それから、奥様に何度も獣の言葉を発してたっすけど、周波数が違うから気づかれないっす」


述べられる情報量の多さに驚きながら、そこまでベオウルフ様は私にしてくれていたのかと思った。全く気づかないことを、彼ら獣人なら周知の上だったのだ。


「あらクロウ。ベオウルフ様のことなら、もっとありますよ。ほら、奥様の後ろを静かに付け回してる姿なんて日常茶飯事ですし」


「ベオウルフ様の寝起きなんて、奥様の匂いがすごいついてますもんね。反対もしかり」


『黒天狼の牙』の団員たちが口を挟んだ。彼らはクロウの意見に賛同して、その他にも付け足してくる。

指折りにしてなんか数えられないぐらいのベオウルフ様からの行為。三カ月間もの間、彼は私になんか興味なんてないと思っていたけれど。

もし私が人間ではなくて獣人であったなら、気づいてあげれたのだろうか。団員たちの様子を見る限り、私はしてくれたことの多さに驚くしかなかった。


「私は…疑っていたわ。あの人、他所に番を作っているのかと」


「アハハハ!ダンナが奥様以外に目移りするなんて、おもっしろいことを考えるんすね。あのダンナが奥様以外なんてありえないっすよ!」


「でもこれは、政略結婚なのよ。他所に女性ができたって」


「セイリャクケッコンー??そんなの誰から聞いたんすか。ダンナが何度も他国の公爵家に手紙を送りつけてアタックしていたというのに。あんなの、カイブツっすよカイブツ。執着狼の襲来だって、公爵家のトニトル様に睨まれたし」


トニトル・エストレリャ。それは私の父の名前だった。

ベオウルフ様がお父様に何度も手紙を出して縁談を進めようとしていたなんて知らなかった。何よりも、お父様がそのことを言ってこなかったのも。初めて知ることばかりが多すぎて、心の整理が追いつかない。


「お、お父様がおっしゃってたのよ。この結婚は国に貢献する、政略結婚のまたとない機会だから。必ず受けることにしろと」


「厳しい言い方っすけど、まあ結果的にはそういう見方になるっすね。獣人と人間の交流を深めるための婚姻に思えるっす。けど、これだけは知っておいたほうが良いっすよ。ダンナは本気で何年と奥様のことを思ってたっす。獣人の番を求める衝動を、よくもまあ、あれだけ我慢したものっすよ」


クロウは空を見てからため息をつくと、また馬車を走らせる準備をする。


知らなかったいろんなこと。

それが馬車に乗っている間、何日と続いた。休むたびに彼らはたくさん話しかけてくれて、教えてくれた。これまでは私が翻訳の仕事をしていたから、全然獣人の人と話すことがなかったけれど。


そうこうして、国についた。グライフ王国から要請があったことについて、まずは公爵家にも報告をしなければならない。

話すことといえばたくさんある。

ベオウルフ様との結婚生活はそこそこで、翻訳の仕事は十分行っていること。それから、竜語について、これから城に出向いて学びに行かなければならないこと。


けれど報告することを考えることより、今、胸の中を締めていたのはベオウルフ様とのことだった。文化と種族の違いのせいで、すれ違いっぱなし。それも全部、お父様がこの縁談に対して政略結婚という言葉を使ってきたことが原因だと思う。なぜお父様が、いままでベオウルフ様から手紙をたくさん送りつけられていたことを黙っていたのかも知りたい。

久しぶりの父との対面には、少しだけ緊張が隠せそうになかった。


「お父様、私シンシアでございます。グライフ王国からの要請がありまして、帰還いたしました」


「シンシアか?……入れ」


執務室に通されて、入室をする。椅子に座って書類を書いている父の姿を見るのは本当に懐かしかった。白髪まじりになった赤髪に、紫色の目は少し疲れているように見える。父トニトルの痩せてしまった手を見て、ほんの少し気を使いたくなった。


「お父様、お元気でしたか」


「お前から口を開くな。なぜここに戻ってきた?お前はもう、向こうで全ての業務を行いながら暮らしているはずなのに」


「城からのお呼び出しの手紙がありまして」


「何だと?言い訳も大概にしなさい。早く帰れ!」


怒鳴り声が部屋に響いた。肩が勝手に持ち上がって、足が自然と震える。

それに……右の傷が痛み始めた。

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