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プロローグ
これが、愛のない結婚だと分かっている。
獣王国ステルクと、グライフ王国の政略結婚がこの度行われた。
辺境伯家ベオウルフ・フェンリルと、公爵家シンシア・エストレリャ令嬢の結婚。これを持って、獣人と人間の古くからの身分差別をなくし、今しばらく平等になったと和解が保たれたことが正式に示された。
獣人は獣の耳や尻尾を持っているだけなのに、野蛮な民族だという偏見を抱かれていたが、それを払拭でき、人間は獣人を奴隷にしていた歴史に終止符をうつ。
そうして計画されたのが、この婚約だった。
「またあの男はっ……シンシア様、もういい加減に公爵家に帰りましょう?」
公爵家から唯一ついてきてくれたヘレナが頬をふくらませる。
「仕方ないわ。私と婚約したのは形だけだもの」
窓から彼の背中を目で追った。黒いたてがみのような長い髪、金色の満月みたいな鋭い目。肌は雪原のように白く、少し無口で、表情に硬いベオウルフ様。その彼が今日も魔物を狩りに行くと、でかけに行く。それはただの口実で、本当は私とは違う人と逢瀬をしているという話。
仕方ない。
私は、彼の運命の番じゃなかったのだから。