ディープフェイク疑惑
天森サヤカという有名な女性アイドルがいる。
元はSNSで写真や歌を投稿していただけだったのだが、オリジナル曲にPVを付けて公開した事でブレイクし、今やフォロワー数は100万人を超えている。ただし、当初から過激な衣装や言動を問題視するユーザーもいて、男性関係での派手な噂も後を絶たない。
――だからだろう。熱心なファンがいる一方でアンチも多く、
「どうせデビューできたのだって、枕営業でもしたお陰だろう」
そのようなコメントを頻繁に繰り返す者もいた。
彼女のブレイクの切っ掛けとなったオリジナル曲は、有名なアーティストが手掛けており、普通ならいかにSNSで人気があったとしても有り得ない厚遇である。怪しむ人が出るのも必然だったのかもしれない。
そんな折、彼女のスキャンダル動画がネット上に出回った。とある企業の重役と、彼女が腕を組んで歩くシーンやキスをするシーンがそこには映し出されていて、「枕営業の証拠だ」とアンチ達は騒いでいた。
しかしそれを彼女のファン達は信じなかった。その動画はディープフェイクで、捏造されたものだと主張したのだ。そして、熱心なファンの一人が、その動画の分析を私に依頼して来たのだった。
私は画像などの分析を専門にしていて、ディープフェイクかそうでないかを判断する仕事も行っている。AIの創作物には特徴があり、それを見極めれば、AIの創作したディープフェイクかそうでないかは容易に見破れるのだ。
分析した結果、天森サヤカのスキャンダル動画は、間違いなくディープフェイクだと分かった。
私がその事を告げ、根拠を説明していくと依頼者の彼女のファンは大喜びをした。「これで彼女の無実が証明できるぞ!」と。彼の喜ぶ姿を私は複雑な想いで見つめていた。
――彼女のスキャンダル動画は間違いなくフェイクだ。だが、問題がある。動画だけでなく、実は彼女自身すらもフェイクなのだ。
つまり、女性アイドル・天森サヤカはAIが創作した虚構の存在なのだ。
恐らく、彼女の素性を隠したのは事務所の奇抜な戦略だったのだろう。イメージの悪化がないのがメリットと言われるAIタレントを、敢えて悪いイメージで売り込むことで、宣伝効果を狙ったのかもしれない。
事務所が彼女の正体をばらす気でいるのかどうかは分からない。が、或いは、仮に虚構の存在だと明るみになっても、やはりファンはファンのままで、アンチはアンチのままで、彼女を中心に喧騒を繰り返すのかもしれない。