伊月の回想
一目惚れだった。彼とあった瞬間、心臓の鼓動が激しくなった。藤花は、他の生徒とは一線を画していた。顔立ちは良かったし、鼻も高く、背も僕より高かった。何より、僕と違って、大人びていた。僕は、他の人より幼く、女の子っぽく見えるところが、コンプレックスだった。中性的といえば聞こえはいいが、からかわれたりされたせいか、嫌いになってしまった。だから、僕は、藤花に尊敬ともいえるような感情も抱いた。おまけに、彼は、勉強ができた。定期テストは、ほぼ1位、全国模試も、一桁台は普通にとっていた。でも、その事を彼がひけらかす事はなかった。いつも「たまたまだよ。」「ヤマが当たっただけ。」とかしか言わなかった。もちろん、そんな事は嘘だ。僕は彼が放課後まで教室に残って、勉強しているのを知っていた。カッコよかった。僕が、恋をするのは必然でもあった。でも、僕が彼に告白しても、拒否されるだけだろう。僕と藤花では、釣り合うわけがない、逆に距離を取られてしまうと思った。だから、この感情は心の奥底に沈め、できるだけ見ないように。
彼は、教えるのも上手かった。いつも、宿題を手伝ってもらっていた。そのとき、彼の顔が近すぎて、どぎまぎした。彼の横顔は、芸術と言っても良かった。心臓の音がうるさかった。
僕は、彼で致してしまった事がある。僕自身が持っている最大限の妄想能力を駆使して。こんなとき、なんで研修旅行のとき、藤花の身体を見とかなかったのだろうって思う。僕は恥ずかしくて、藤花の方を見られなかった。やってしまった後は、なんだか申し訳なくなった。友達を使うなんて。次の日が、なんだか落ち着かなかった。
中高一貫校なので、高校生になっても、同じクラスだった。その時からだろうか。藤花が僕に対して、「かっこいい。」「イケメン。」とか言うようになった。最初は、昇天しそうな勢いで心の中で、喜んだ。好きな人に褒められるほど最高なものはない。我慢していたが、たぶんニヤケていたと思う。でも、だんだんなんだか、よくわからなくなってきた。本心で言っているのか、それとも、僕の心を見すかしているのか。藤花が僕の事なんか好きになるはずないじゃないか、何を自惚れているんだ。このときから、拒否する態度に出た。これ以上言われると、僕がどうなってしまうかわからなかったから。この事を僕は、一生後悔した。
ある日、本当に、これ以上言われると、骨抜きになってしまうと思い、「藤花なんて大っ嫌いだ!」と言ってしまった。もちろん、藤花を嫌いなわけがない。大好きだ。藤花は目を点にしていた。すぐにわかった。とりあえず逃げた。トイレに入り、心を落ち着かせる。怒りすぎた。やらかした。僕は僕を嫌いになる。天邪鬼な僕を嫌いになる。
次の日、藤花に挨拶しようと思った。でも無理だ。あれだけブチギレて、翌日、何もなかったように「おはよう。」だなんて。
放課後、藤花と共通の友達である杉山に全てを話した。そのとき、初めて他人の前で泣いた。家に帰っても、涙が出た。
今日こそは、挨拶しようと思った。でも、できない。今日こそは、今日こそは……。
そんなことを繰り返していたら、もう受験生だった。藤花はずっと学年上位を取り続けた。
藤花は、最難関大学に進学した。僕は、その大学の近くの中堅大学へ進んだ。
僕が、二十歳になって、久しぶりに、同級生で集まろうという話がどこからか持ち上がった。もしかしたらこれはチャンスかもしれない。藤花と仲直りして、また再スタートする!なんて思ってたときもあった。どう考えたって、あの関係を取り戻せるわけがない。もっと強烈なもの……。僕の頭の中にはそのときこの考えしかなかった。身体の関係を持つこと。これは僕の願望でもあった。藤花が情事ではどんな感じになるのか、攻め?受け?このときには僕は、藤花の妄想をしすぎていた。それにうまくいけば、藤花が僕にべったりになるかもしれない。最高じゃないか!僕は早速杉山に電話した。
同窓会当日、みんなで居酒屋を貸し切り。宴会は大いに盛り上がった。昔話が花を咲かせ、酒もあいまってお祭り騒ぎだった。杉山へは藤花に酒をいっぱい飲ませろ、とだけ言っている。
二次会へ行く前には藤花はふらふらだった。千鳥足とはこのことか。みんなには、「藤花は僕が送っていく。」とだけ言っておいた。誰も文句を言わず、「おう。またな!」と言った。誰も僕らのいざこざなんておぼえてないのだ。杉山が、
「このあとどうすんの?」
「僕の家に入れる。そこで話し合う。」
「話し合うだけかな~?」
「うるさい。」
杉山と駅で分かれた。藤花の寝顔はとても可愛かった。心臓がバクバク鳴る。車内では藤花が僕に、もたれかかってきて本当にヤバかった。寝言も小さな声で、「もう、飲めない。」「やっぱ飲める。」かわいい。普段は冷静な藤花が酒が入るとこんなことになるなんて。
家に着いた。とりあえず、布団に寝かせた。僕はこのときにはもはや人間ではなかった。目を大きく開け、息は荒く、顔は紅くなっていた。藤花の服を脱がす。藤花の身体が月に照らされ、淡く反射していた。陶磁器みたいにすべすべで、きれいに割れた腹筋は計算しつくされた芸術のように見える。この時点で、僕は少し限界が来ていた。これ以上やると、心臓が爆発するかもしれない。
藤花はきれいだった。僕は、ここから記憶がない。たぶん興奮しすぎて、何もヤッてないと思う。たぶん。おそらく。きっと。添い寝しただけ。朝、起きたらすでに藤花はいなく、不安になった。警察に駆け込まれた?その場合、僕は終わる。
電話が鳴る。杉山からだ。
「藤花から電話かかってきたんすけど?」
「なんて言ってた?」
「すげー慌ててたぞ。今日の11時にいつもの駅前集合って言っといた。」
「そう。じゃあ。」
「いや待て待て。伊月も来いよ。愛しのダーリンが待ってるぞ。」
「行かないよ。なんて説明すれば良いんだよ。」
「全部話しちゃいなよ。」
僕は、杉山と一緒に行った。とりあえずすごく緊張した。普通に僕は人として、どうかしている。杉山に僕の号泣を録音されていたとわかったときには、今すぐ消えたいと思った。藤花が本当に僕の事を好いていた事が驚きだった。なんで、絶交してしまったのか、あのときの僕を殴りたい。