回顧録
俺が初めて伊月に出会ったのは、中学2年生だった。通っている学校は中高一貫校で男子校だった。俺の机の隣が伊月だった。伊月は、その時から顔立ちが良かった。少しあどけなさが残りながらも、大人びた雰囲気も醸し出していて、肌も白かった。いわゆるイケメンだった。でも、その時は、伊月に恋愛感情なんて、抱かなかった。友達という関係だった。俺もそれで十分だった。彼は、俺が教科書を忘れたら、
「教科書見せて上げるよ。」
と、男前に言い、授業中寝ているときは、口を小さく開けたまま寝るものだから、可愛くて仕方ない。かわいいとかっこいいを兼ね備える。天は二物を与えたのだ。しかし、伊月はこれを無自覚でやっていたのだ。そしてスポーツもできた。伊月はサッカー部に入っていて、放課後たまにグラウンドで見かけると、最高に輝いていた。体育の時も、積極的に参加しカッコよかった。中学生時代までは本当に良い友達だった。親友だった。
高校生になると、伊月に対して新たな感情が芽生え始めた。彼はあまりにもイケメン過ぎた。ちょっとした行動がとてもチャーミングでかっこよかった。とても常人にはたえられない。もっと伊月に好かれたいと思った。伊月のことをもっと知りたい。独り占めしたい。俺のことをもっと知ってほしい。でも、これは儚い恋だ。そんなことは重々わかっていた。でも、このまま、はいはい残念でした、と終わるのも。俺は少しでも良いから、伊月に褒め言葉を言うようにした。「さすが、イケメンは違う。」「かっこいい。」しかし、伊月は最初は苦笑いで、「やめろよ~。」とか言ってくれたけど、だんだん冷たい対応になっていき、「本当にやめて。気持ち悪い。」と言われてしまった。ここで一歩引いて謝るべきだった。このことを俺は一生後悔するだろう。でも、俺はその時には彼のことが本当に好きになっていた。立ち止まれなかった。ある日、俺は、伊月に
「俺、女の子になって伊月のこと落とすわ。」
その時教室が一瞬凍りついた。でも、一瞬で溶けて、もとに戻った。伊月は黙ったままだった。そしてチャイムが鳴り、休憩は終わった。
次の休み時間、俺は寝ていた。すると突然、誰かにドンと机を叩かれ、
「お前のことなんて大っ嫌いだから!!」
と言われた。伊月だった。伊月のこんなにも怒っている顔を見たことがなかった。俺は何が起こったか分からず、そのまま立ち去る伊月を見るだけだった。教室がまた凍る。ようやく気がついた。俺は、伊月に絶交されたのだ。それが分かった瞬間、後悔が襲ってきた。そいつは、俺を食いちぎった。なんてことをしてしまったんだ。なんとかこらえたが、本当に泣きそうだった。
何度か謝ろうとしたが、どうやって謝れば良いか分からなかった。あのときはごめん。また、仲良くしてください。とか言ったって、仲直りできるはずがない。伊月も俺のことをいない存在として学校生活をしてる。この傷も治ることがない。杉山にも煽られる。「伊月呼んで来よか?」
そういえば、俺の言葉が止まるからだ。ばったりはち合わせすると、無視して通っていった。俺も伊月の事を嫌いだ、そう思うようにした。そう思わないと、罪悪感でぺしゃんこになりそうだった。でも、嫌いなところを考えようとすると、伊月のかわいい寝顔やかっこいい言動を思い出してしまう。逆効果だった。やっぱり俺は、伊月の事が好きだ。諦められない。
何度か話せそうな機会があったけれども、結局話さなかった。俺には、どうしたら良いか分からなかった。
自殺しようと思ったときがある。何もかも終わらせてしまいたくなった。プラットホームから飛び降りたらどうなるんだろうか。葬式には伊月は参加してくれるのだろうか。死後はどうなるんだろうか。
自殺しようとしたとき、ある女の子が止めてくれた。
「大丈夫?」
その瞬間、我にかえって、自殺してはだめだと思った。なんて俺は自分勝手な事をしようとしていたのか、と後悔した。
その子とは、それ以来よく話すようになった。けれど、受験で忙しくなると、だんだん会う回数は減っていき、ついには会わなくなった。