最終話 今日も空を見上げて言う言葉
エリちゃんが迷子になってから何年か経過しました。
大学進学を自ら諦めざるをえなかった兄妹の妹の幸は高校を卒業すると会社員になりました。
きれい好きな母のもとで育ったアイデンティティーは本当に窮屈に思えました。
掃除が好きな母のもとでリビングで横になって寛ぐなんて出来ませんでした。
それはエリちゃんにも当てはまり、月に一度トリミングに行っていました。
幸の1番の理解者であった父もいません。
兄妹の妹幸はあたたかな家庭に憧れを持ちました。
幸は高校を卒業して就職して1年も経たない頃、兄である勝が結婚しました。
母は兄のお嫁さんに気を使っているのを痛いほど幸はわかっていました。
幸が洗濯物を出すと「なぜ私が幸ちゃんの出す物を洗濯しなければならないの?」と兄(勝)のお嫁さんが母に言っているのを耳にしました。
幸は、ここに私の居場所がないのだと思いました。
幸はアパートに入る事を決めましたが、給与を全て母に渡していたため貯金などありません。
それでも、家から出ようという思いが強くあり、狭いアパートを借りました。
会社から帰って1人でアパートにいると、さみしくて毎晩母に電話をかけました。
その時に「幸からの電話だと直ぐにわかる、電話が鳴ると吠えるエリちゃんが吠えないから」と母が言いました。
エリちゃんはわかるの?
何かテレパシーのようなものを犬は感じるのかもしれません。
エリちゃん、本当にごめんね。
ボールを取ってくるよりも、血統書よりも優れた事です。
幸を愛しているよのエリちゃんの思い…。
やがて年月は過ぎ、エリちゃんは10才になりました。
物置小屋は蚊が防虫剤では防ぎきれず、フェラリアを発症しました。
幸は母の電話で知りました。
エリちゃんの容態はどんどん悪くなっていきました。
ただ母は歩けなくなったエリちゃんを三輪の運搬用に乗せて近くまで散歩に行っていたことを聞きました。
そして最期は母の膝に抱っこされ静かに息をひきとりました。
さみしい子供たちのためにと母が贈ってくれた贈り物エリちゃん。
勝手にエリちゃんから離れて暮らさなければならなくなった幸は空を見上げて言う言葉は今日も…
『エリちゃん、ごめんね』