日本育ちで転生してない金髪幼女、怪獣相手に無双してロシア軍少尉になる。
その日、ロシアの一角で、身長十八メートルの人型構造物「自在甲冑」が、たった一体で多数の怪獣を蹴散らした。稀に見る事態である。
その時、生まれて初めてそれを動かして戦ったのは、九歳の少女だった。
西暦1999年、世界中に特殊な隕石が降り注いだ。
西暦2010年の年明け前後から、既知の生物とは全く異なる、体長数十メートル単位の「怪獣」が世界中の地中から出現し始めた。その桁外れの耐久性に、各国の軍隊は消耗戦を強いられ、押されていた。
ただし、他の天体由来と目される怪獣は、人類の天敵や捕食者、侵略者などではなく、ただの生物だった。単純にその大きさゆえに、増えて存在するだけで、人類の生活圏に多大な被害をもたらしたのである。
西暦2011年、怪獣の特殊な体組織を利用して製作された巨大人型鎧「自在甲冑」略称:JKが誕生。人間の十倍の大きさを持つ自在甲冑は怪獣たちを討伐し、人類の生活圏を防衛し始める。
初代自在甲冑にはアニメのロボットの実物大立像の外装が転用されたことの影響もあり、世界中で作られ始めたJKには、日本を中心に、おもちゃのような見た目の自在甲冑も多かった。
自在甲冑は女性にしか動かせず、JKを操り怪獣を倒す者たちは「バスター」と呼ばれる。
操作に求められる適性と適応能力の特殊性ゆえ、バスターはほとんどが子供だった。
西暦2020年。
ラリサ・アレクセーエヴナ・スミルノヴァは金髪碧眼、九歳の少女である。
母方の祖母は日本人であるが、両親はロシア人で、ラリサも当然ロシア人だ。親はふたりともロシア政府内での要職に就いている。
西暦2010年頃から世界中で怪獣が出現し続けたことに伴い、ロシアも例に漏れず、あちこちの街などが蹂躙され、物資の流通などにも多大な影響が出た。
両親は怪獣の出現の影響による食料や必要物資の入手の困難さ、治安の悪化などから、ラリサの処遇を考慮した。
結果、周囲からの批判は承知の上で、ロシアよりはマシだろうということで、夫を亡くしてから日本で暮らしている母方の祖母に少女は預けられていた。
ラリサが日本で物心ついた頃には、バスターがアニメのロボットなどのような見た目のJKで怪獣を倒すことは、日常となっていた。
操作の特殊性などから、バスターたちはほとんどが十代の子供だった。
彼女たちを見るラリサは文字通り本当に目を輝かせていたと、祖母はおかしそうに語ることがある。ラリサは聞き飽きた話をされるその度に頬を膨らませる。
その経験などもまた作用したのか否か、ラリサは幼い頃からバスターに憧れていた。
作り物のアニメや特撮のヒーローなどではない、実在するヒーローで、しかも子供。
憧れる幼児たちは珍しくない。
ラリサの両親は、忙しくてたまにしか会えないことへの埋め合わせやご機嫌とりなどの意味もあり、ちょっと過剰な量の本や関連グッズを本人が望むままか、あるいはそれ以上に与えていた。けれど、バスターになってほしいわけではなかった。
ふつうの子どもたちは大きくなるにつれてバスターの現実を知り、世間にあるたくさんある職業のひとつという認識になる。それは例えば飛行機のパイロットなどのように、なることが難しく、なれる者はわずかであるという、ある意味で手の届きにくい花形的なものという扱いに収まる。あるいはお気に入りのバスターを見つけ、アイドルのように扱ったりもする。それは自分の好きなスポーツのプレイヤーを見るようなものであったり、まさしくアイドルに憧れたりするようなものだ。
だがラリサは変わらなかった。
両親とたまに会う際、片言のロシア語で、彼女はバスターがいかに素晴らしいかを熱心に語った。
それでもラリサにバスターの資質が無かったのならば、両親は何も心配することは無かったのだ。
日本では、各地のゲームセンターやアミューズメント施設、あるいは娯楽用の機器を組み合わせることで家庭でさえ、実際のバスターの戦闘データまでもが反映されたシミュレーションをゲームのように遊ぶことができる環境が整備されている。
それはいざという時に戦える人材を養成しておくためであり、より多くの資質ある人材が自らその道を志すようにというためでもある。きっかけは遊びのようでも、事前に適性を調べ、向いているらしいと思えば進路選択の視野に入れる者が増えるだろうということもある。素質のある者が能力を養っておいてくれるのであれば、その後の正式な教育の手間も省ける。公益のためなのだ。
ラリサはJKでの怪獣の討伐シミュレーションで、抜群の適性と能力を示した。
成長するにつれ、彼女のバスター熱は治まるどころかその度を増していた。
ロシア語をきちんと勉強するようにと言われても、結局途中で投げ出し、JKのシミュレーションばかりに没頭する。ただそれは、ゲームとしてただ遊ぶ者のそれとは意気込みが異なっている。
両親は苦悩していた。ロシア語をきちんと使えないことも問題なのだが、ラリサは血統的には四分の一は日本人であるがロシア国籍のロシア人だ。
すでにラリサの中身の感覚などは完全に日本人なのも理解しているが、将来的にはロシアに戻ってロシア人として生きて欲しいとふたりは願っている。もしも本人がバスターになるという道をつきつめるならば、ロシア軍に入ることになる。
ロシアは日本ほどJKを動かす適性の判別やシミュレーションに励む環境は整備されていない。家庭用ゲーム機程度の設備でも出来るとは言え、貨幣価値の違いやそれから来る年収の差などからすれば、それもまた日本など一部の先進国を除けばじゅうぶんに高級すぎる代物だ。加えて怪獣出現に伴う社会基盤の弱体化も日本より大きかったことなどもある。
バスター候補の採用は簡易の試験で適性を判別して仮採用してそこから教育し、篩にかけた上で育った者を選ぶ形である。途中で落ちる可能性も高いとは言え、とりあえず仮採用された時点で手当てなどは出る。そしてその試験で初めて適性を調べる者も多い。結果的に、とりあえず受験する者も多ければ、学校の成績などがわるくとも適性だけで通ってしまう者もそれなりに出る。
日本の基準でそれなりに適性や資質を示すことができるラリサが志願したのならば、あっさりと、それも喜んで採用されてしまうだろう。
日本では大震災などが起きても暴動などには発展せず、配給の類にも粛々と並ぶ、その国民性などが世界で驚かれたことがある。常識であると世間で認識されている感覚の差、そこから来る部分などで日本のバスターのモラル的な面も、世界のそれと比べるのなら比較的高いとも言える。
彼らの言動などを見たラリサが憧れを抱いたとしても無理はない部分はある。
そこで両親は決断した。現実のロシア軍のバスターの姿を見せることを。
日本人的な感覚に慣れきっているラリサからすれば、文化的な背景や採用方式の違いから来る彼女たちのふつうの姿を見るだけで、それなりに幻滅するだろうという判断だった。
両親はとりあえず広報活動の一環であるロシア軍のJK一般公開イベントに招待することにした。その反応如何によって、権限を用いて特別に普段の様子も見せることも視野に入れて。
どうしても、どうしてもそれでもラリサが折れないのならば、両親は、ラリサが日本に帰化して対特殊生物自衛軍に入るのも仕方が無いと思うに至っていた。給与や待遇にJKの質や運用などまで考慮して、どちらがまだより安全か、より本人にとっていいかを考えるのならば、それは受け入れざるを得ないと。
ロシアの東部、怪獣の出現地域から離れた基地で、身長十六メートルの自在甲冑の現物が展示されていた。バスターが実際に動かしてみせているものもある。
人の十倍の身長を持つ自在甲冑は、再接続・再利用可能な性質を持つ怪獣の体組織を人型に構築したフレームを使い、外装のデザインは比較的自由に行える。
日本の自在甲冑の見た目は、魔法少女フィギュアのようなものからアニメのロボットのようなもの、果ては痛車のようなペイントのものまでやりたい放題である。
ロシア軍のものは、基本的には無機質な量産型ロボットのようなデザインだった。国の政治体制などが影響している。
基地の敷地内には出店や様々な展示ブースなども並び、お祭りといった装飾を施されている。
金髪のツインテールを揺らして歩くお子様は、やや不機嫌そうだった。
一緒にいるのは母親のマリヤだ。ひさしぶりに会えた娘の機嫌が思わしくなく、彼女は困っていた。
「楽しくないの?」
ハーフであるマリヤに日本語で問われたラリサは、軽く膨れたまま眉を寄せて答える。
「楽しいよ。けど、アタシが見たかったJKとかバスターはこういうのじゃないもん」
憮然として答えながらも、手には買ってもらったチェブレキ、シャウルマ、ピロシキなどをしっかりと持っている。
彼女が望んでいたのは普段の、現実の姿であり、人に見せるための作られたものではない。ましてお祭りのようなイベントではない。
望まないものを見せることが目的だったとは言え、どうも彼女たちの意図からもズレてしまっていることにマリヤは少し悩んでいた。やはり、イベント後にでも普段のバスターを見せた方がいいだろうかと考える。
展示ブースのひとつには、日本と比べるなら一般人には馴染みが無いシミュレータもあった。その隣にJK操作の適性判別コーナーがある。さらにその裏手には、派手なビニールシートで覆われた小さな山があった。
シミュレーションを行う者はHMDで自在甲冑の頭部からの視点になる。
だが、その内容は俯瞰視点で大画面に表示されており、男も含む一般の子供や大人が挑戦し、JKを動かすのもやっとな者が多い。シミュレーションに限れば、JKは男でも動かせるのだ。
中にはそれなりに動かせる者もいるが、ではと戦闘に挑戦すると、小型怪獣は倒せても中型怪獣には皆やられてしまう。
足を止めたラリサは、黙々と食べ物をたいらげながらそれをじっと見つめていた。
ひとりのバスターが模範演技を示すように中型怪獣二体を相手に戦い始め、ある程度の損傷を受けながらも討伐に成功した。観衆から喝采があがる。
食べ物の包み紙を丸めて母親に押し付けると、ラリサはステージに堂々と歩み出た。
勝手な行動に担当のスタッフは驚き、困惑しつつも、幼女にJKを操作するために脳の働きを読み取るNCインタフェースとHMDが一体化したデバイス、ヘッドドレスを差し出した。
本物のバスターもこれだけを使い、HMDに映されるJK視点の映像を見て、もうひとつの身体を操るようなイメージで自在甲冑を操作するのだ。
ぞんざいに受け取ったお子様はUSBメモリのような自分の記録メディアを取り出し、操作を解説しながら手伝おうとするそのスタッフを無視するように慣れた手つきで設定を進めた。見た当初はロシア語表示に気圧されたものの、レイアウトや内容そのものなどは日本のものと同じだったので、すぐに対応できた。
先程バスターが戦った倍の数、四体の中型怪獣を相手に仮想戦闘は開始された。
不審がるバスターを含め、戸惑いを持って見守る観衆の表情は、戦闘の進行に伴い驚愕へと変わる。ラリサが操る無骨な自在甲冑はほとんど損傷を負わず、先程のバスターに近いタイムで討伐を成功させた。
どよめきの中、幼女は呆然と見つめるバスターの前を通り過ぎ、混乱する一般人の間を抜け、やはり愕然としている母の元へと戻った。
マリヤは散々、娘からバスターの資質があるということを聞かされてはいた。
だが、思い返してみれば、マリヤたちにはどの程度すごいのかわからない仮想戦闘の戦績を文字情報などで見せられただけだったのだ。さらに言葉でどれだけ強調されても、子供が誇張して言っているぐらいにしか捉えていなかった。
こうして現実にその水準を見せつけられ、マリヤは言葉を失っていた。
不機嫌そうなままのラリサは、母親に渡したゴミを指さした。
「それ、また買って」
マリヤはこくこくと無言で頷いた。
消沈したようなラリサはベンチに座って足をぶらぶらさせながらシャウルマにかぶりつき、視線はどこを見るでもなく基地内に泳がせていた。
隣に座るマリヤは途方に暮れていた。
ラリサはシミュレーション上でとは言え、本職のバスターを超えてみせた。本人が望む限り、諦めるよう説得できないだけの資質を持っているのだ。
不意に携帯電話が鳴り、マリヤはメールを確認した。
「お父さん、もう少しで着くって」
ラリサの父は、仕事の一環という形で今回ここに来ることになっていた。
「ふうん」
どうでもよさげな娘の反応にマリヤは嘆息する。
ラリサは動いている展示JKをぼんやりと眺めた。
倒れても問題無いようにだろう、JKからある程度距離を置いてロープが張られ、見ている者たちはそこから前に出ないようにされている。
そのJKの動きはどこかぎこちなかった。外装はほぼロシア軍標準仕様のようだが、イベントに合わせたのか、明るいカラーリングをベースに、ピエロなどを連想させるようなペイントが施されている。
マリヤは表情に哀切を滲ませながら、ぼんやりとしている娘の横顔を見つめていた。
突然、叫び声があがった。
誰もが視線をそちらに向け、ラリサとマリヤは始め、イベントの一環かと思い、次いで事故か何かかと考えた。
始めに大声があがったあたりの人だかりは、敷地の外を指さしていた。
次々とそちらを見た人たちがパニックになって基地の出口へと向かい始める。
ラリサたちも視線を送り、事態を理解した。
基地から見える山地の斜面に怪獣たちがいるのだ。
カマキリなどの節足動物のような全長十数メートルの小型怪獣も、トラやクマを思わせる全長二十数メートルの中型怪獣も、どちらも複数。
すでに山地を下り終え、基地方面に歩き出しているものもいる。
会場はフェンスで囲われており、パニックを起こした群衆が出口へ殺到していた。
怒号が飛び交い、互いに服を掴みあい、倒れた者がいても気にしていないのか気づいていないのか踏みつける者もいて。
喧騒と狂乱に目を見開きながらも、ラリサは自在甲冑へと視線を移した。JKの中のバスターは、ようやく怪獣に気づいて逡巡しているようだった。
ラリサは近くにいた係員が投げ捨てていった拡声器を拾って、パニックを起こしている群衆へと向けた。
「(黙れコラーー!!)」
ラリサは精一杯のロシア語で叫んだ。
一瞬で沈黙が降り、注目が集まったところでラリサは拡声器を母に渡す。
「お母さん、JKでフェンスを壊すように言ってよ」
言われたマリヤは事態を飲みこみきれないまま頷き、JKに指示を出した。
素直に頷いたJKがフェンスを壊して広い逃げ場を作ったことで、分散した群衆は一目散に自分たちの車などへと走り出した。
閉鎖的な場所に閉じ込められている状況で怪獣に蹂躙されることは回避できただろうが、あの後はまた車での移動などで混乱が生まれるだろう。
ラリサは基地内を見回した。先程の騒ぎで倒れて負傷などしたらしい者たちが遅れて避難を始めている。
ひとりの女性が意識の無い幼児を抱えて泣いていた。子供の方は、人波の中、踏まれるか何かしたようだった。
基地の人員が駆け寄り、親子の避難を手伝い始めた。
あの子も死ぬかもしれず、それは怪獣のせいではないとも言えるかもしれないが、それでもやはり怪獣がいなければ起こらなかった悲劇でもある。
基地の外からは、やはり車同士が衝突したような音が響いた。逃げ損ねれば踏まれるかもしれないし、何かのきっかけで車が怪獣に敵視でもされれば襲われるだろう。
まだまだ被害は増えていく。
「(ふたりとも、だいじょうぶか!)」
厳つい壮年男性が、基地の人間を引きつれてラリサたちのところへと駆けて来た。
「アタシたちは、いまのとこだいじょうぶだよ」
素っ気なくラリサは答えた。
「(あなた、怪獣が……)」
「(ああ、討伐しそこねたのを、処分を恐れて報告していなかったらしい)」
怪獣は特定の出現地域の地中から現れる。基本的に各国は近くに自在甲冑部隊を配置し、出現した怪獣を狩るのが昨今の状況である。
今回の件を補足すると、報告しなかった者たちは、国土が広大であるがゆえに、そのうち怪獣が散らばって有耶無耶になることを期待していた。元々、ロシアには初期から出現した個体が多数放置されているのだが、広い土地に分散している分、対処はしづらいが、問題にならないことも多い。
今回は期待に反し、電磁波の発信源等に惹かれるという怪獣の性質により、結果的に同じルートで移動する集団行動のようになってしまっていた。
すでに基地の敷地のすぐそばまで巨大なカマキリのような姿の小型怪獣が一体来ていた。すぐ後ろには毛の生えていないトラのような中型怪獣の姿もある。
ロシア軍の自在甲冑は、彼らに背を向けて逃げ出そうとしていた。
ラリサはマリヤの手から拡声器をひったくった。
「(逃げるなバカー!!)」
JKはびくりと動きを止め、ラリサたちへ顔を向けた。メインカメラは頭部だろうから、それでお子様たちが見えているはずだ。
アレクセイが娘の手から拡声器を取り上げた。
「(戦うのが仕事だろう、職務を果たせ!)」
JKの動作は機械制御ではなく、乗り手は脳の信号で自分の身体のように操る。JKは怪獣とラリサたちを見比べ、全身の動きで如実に苦悩している様子を表した。
基地のスタッフらしい男が、アレクセイに何事かをロシア語でまくしたてた。
途端に、アレクセイは苦々しげな顔になる。
「どうしたのさ」
「バスターとして実戦で使えないから広報に回されてて、JKも同じように戦いには使えないやつなんだって。イベント用だから武器も無いって」
ラリサにマリヤが通訳した。
「実際はドレッサーか。しかたないね。そういうのって個人差でしょ」
ラリサはやや不機嫌そうに、少し困った顔で言った。
JKで怪獣と戦う者たちをバスターと呼ぶが、JKを日常生活動作レベルで動かせる者はドレッサーと呼ばれる。日本では資格は「ドレッサー」であり、バスターは俗語と言ってもいい。戦闘行動を行えることは、それだけハードルが高いのだ。
昔は日本でも様々な意味で戦いが苦手ながらも、仕方なくバスターとして戦っていたような者たちもいた。
世界では今だって、適性以外が向いていなくてもその立場に立たされる者も多いはずだ。
強制というより待遇などが目当ての者たちもいる。そういう場合も戦いに積極的でなかったりもするだろう。
それでもバスターなのだと思えばどうしても不満は感じてしまうが、そういうことを少女は知っている。
「お父さん、仮にもバスターならJKに乗ったまま逃げないで、せめて置いて逃げてって言ってよ。あたしにこういうバスターを見せたかったのかもしれないけど、ここまでじゃなかっただろうし、それにJKで逃げるのを一般の人に見られるのはまずいんじゃない」
両親は目を丸くした。
意図を見抜いていたばかりか、娘は父親の立場か、あるいは軍の立場までもを考慮している。
アレクセイは基地の人間に拡声器を渡しつつ指示を伝えた。
指示を聞いたJKはすぐに膝をついた。
代わりのバスターがいないかを確認している父を置いて、ラリサは駆け出そうとした。展示ブースにいたバスターと思わしき女の姿もあたりにはないのだ。
JKへ向かおうとした娘の腕をマリヤは掴んでいた。
「ダメよ」
「お母さん、あれ見て。あそこに怪獣が来たら、死人が出るよ」
結局、駐車場の周囲や道路ではところどころで車同士がぶつかったり、あるいは乗せてもらおうとしてしがみつく者がいたりするなどで、渋滞のような混乱が起きていた。
ラリサはあらためて両親に向き直った。
「怪獣を止めるだけだから。無理はしないよ」
娘の目を見て、アレクセイは察した。
憧れや軽い気持ちでバスターになりたいのではない。公的に認められたわけでもない。乗ることのできる自在甲冑を与えられたわけでもない。なのに彼女はいつの間にか、すでにバスターなのだ。
「(JKは不完全で、武器も無い。できるのか?)」
「とーぜん。武器が無いことぐらい、ほんもののバスターにとってはなんてことないんだよ。なによりアタシはアタシ、お父さんとお母さんの娘だよ」
アレクセイはつらさを滲ませながらも笑ってうなずいた。
親馬鹿の彼は、最後の言葉に反論できない。
娘は、人に非難などされるどころか賞賛されてしかるべき行為をしたいと言っているのだ。それも、それ目当てではまったくなく。
マリヤは、できる能力があるかもしれないことはすでに知っていたが、それでも止めたかった。
手を放さない母親に、ラリサは眉を寄せて言う。
「これはお父さんがどうにかしなきゃいけないことでもあるんだよ。だからあたしに、行かせてよ」
涙を浮かべたマリヤは首を振った。
「あなたは、そうじゃなくても行きたがるじゃない」
ラリサは本当に今気づいたように真顔になった。
「そうだね。そうじゃなくても行くよ。アタシはアタシだし、これは、誰かがじゃない、アタシがやらなきゃいけないことだと思うから」
呆けたような顔で見返す母親に、ラリサは真剣な表情を浮かべる。
「バスターにとって一番つらいのは、乗れるJKがあるのに、みんなを守れる力があるのに、戦わせてもらえないことだよ」
マリヤは涙を零した後、精一杯の笑顔を浮かべた。
「行ってらっしゃい。私たちの誇り」
「うん、まかせて」
近所に出かける子供のように両親に軽く言い置き、ラリサはJKに向けて駆けだした。
JKに乗りこんだラリサは多点式シートベルトを体格に合わせるのに苦戦した。やきもきしながらも、これが緩ければ戦いどころではないだろう。
手間取っていると、降りて逃げようとしていたバスターが戻って来た。年齢は十代半ばだろうか。ロシア人に慣れていないラリサには年齢の判別がむずかしい。
彼女はそばかすのある顔で、おどおどした様子が顔にも表れていた。JKで逃げようとしたのも、本当に気が小さく、考える余裕が無かったのかもしれない。
「(あなたが戦うの?)」
驚き、戸惑いながらも彼女は手を貸してくれた。
「(バスター、こども、ふつう)」
ラリサは片言で返し、ベルトがしっかり身体にフィットしていることを確かめ、にっと笑った。
不安そうな少女は、納得しきれない様子ながらJKから離れた。
ラリサはコックピットを閉じた。
少女はちらちらと振り返りながら遠ざかっていく。ラリサの両親たちも彼女と合流し、JKや怪獣から離れる方向へと移動し始めた。
その間にラリサは軽く全身の感触を確かめていた。
およそシミュレーションと変わらないと認識し、立ち上がる。
「動きわるいなぁ……」
どうにも動きがぎこちなかった。四肢の内、まともに動くのは左腕ぐらいで、他は関節がきつかったり、力が入らなかったりするようだ。
とりあえず、一番近いカマキリ風の小型怪獣へと向き直る。
「武器になりそうなものは……と」
ラリサは周囲を見回し、次に近くの怪獣に視線を走らせた。JK用の武器は無くても、じゅうぶんに硬くてそれなりの大きさと重さのあるものなら、うまく叩きつければ怪獣の急所であるクリスタルコアを砕くことはできる。しかし、JKが手持ちで使えそうなちょうどいいものは、あたりには無かった。
「ないんかいっ! ……さて、バスターマニアは伊達じゃないんだよね」
幼女は舌なめずりをすると、両腕を掲げるようにしながら小型怪獣へとにじり寄った。
警戒するような相手の動きに合わせ、小型怪獣が持つ左右の巨大な鎌の片方へと組みつく。そうして全身を生かして絡みつき、身体を逸らして関節を逆に折った。
兵器さえ苦戦する驚異的な体組織の結合の強靭さから、ちぎれこそしないが、支持力を失った鎌は実質無力化された。
今度は振り上げて振り下ろされたもう片方をなんとかかわしつつ、ふたたび組みつく。同じように無力化した彼女はそれから気づいた。
「あ、これじゃ、鎌を切らせられないじゃん」
関節を外した方の鎌つきの肢の根元近くを盾のようにして、もう片方を受け止めて切らせるつもりだったのだ。そうすれば即席の手持ち武器にできたのだが、両方無力化したためにそれができなくなっていた。怪獣の鎌などの攻撃用の部位を武器にすれば、クリスタルコアと言わず、怪獣を傷つけることができたのだが。
ラリサは胴体や鎌の指示部に掴まった上で相手の脚の関節を踏みぬいたり、あるいは寝技のように組みついたりして関節を外していった。
クリスタルコアは哺乳類における脳のような急所だが、それを砕けなくても、とりあえずこの場からほとんど動くことはできなくなれば、実質無力化成功だ。
もう片方のトラのような中型怪獣は、もう基地内へと足を踏み出そうとしていた。
ラリサは駆け寄ってタックルをしようとして、動きのわるい騎体はバランスを崩した。結果的には想定と違う形でのタックルになり、地面に倒れこむ。
転がった彼女はまずいと思ったが、周辺に人間はいないようだった。
立ち上がり、あらためて中型怪獣と向きあう。
ラリサは大きく拳を振り被り、相手の額のクリスタルコアめがけて振り抜いた。
巨大な拳は正確に叩きつけられたが、その下のクリスタルコアには傷一つ無かった。
武器を使わない格闘術では主に質量や速度の部分で威力不足と知識では知っていたが、お子様はややショックを受けた。
ついに攻撃態勢に移った中型怪獣に対し、JKは及び腰で身を引く。
「このJK、ほんと動きがわるい……」
中型怪獣は身を沈みこませた後で上から飛びかかる構えだった。
ラリサは咄嗟に対応した。四肢の動きがわるくても支障が出づらい動作として、脱力するように全身をやや縮こまらせ、低くした体勢で相手を下から迎え撃つように。噛みつきにかかる相手の顎を左手で突き上げて相手の軌道を変えつつ、振り返りながら右手で相手の右前脚を掴む。飛びかかりの勢いは生かしつつ軽く相手を背負うようにして、自分の腰を中心にするように軌道を調整し、怪獣の額を舗装されたコンクリートに叩きつける。
クリスタルコアを砕くために必要なのは、硬さに加え、一定以上の「速度×質量」である。それを容易に得る手段が剣などの武器となる。
今回、少女は相手の飛びかかりの勢いと体重に、重力と自騎の力と体重を加えてコンクリートに叩きつけることでそれを得た。
JKは、額のクリスタルコアを砕かれて動きを止めた巨大な虎の下敷きになった。
『だいじょうぶ!?』
通信越しにマリヤの声が響いた。彼らは基地の司令部に辿りつき、カメラ越しに状況を見ている。先程の背負い投げが炸裂したときには、誰もが呆気にとられていた。
「うん」
答えながら、ラリサは怪獣の下から這い出た。
無茶な技と下敷きになった影響とで、四肢の動きはかなり悪化していた。咄嗟だったことと元々の動作のわるさで、受け流しの効率が悪かったために各部の負荷は大きかった。
他の怪獣は、直接こちらには向かっていなかったり、向かっていてもまだ時間があったりだ。
ラリサは乗り換えを考えて二体の展示JKの方へと歩み寄った。
ガタガタの騎体はバランスを崩して、そのひとつに倒れ込んでしまう。下敷きにされたJKはバラバラになった。
「なにこれ!? JKじゃない!!」
自在甲冑ならば、外装などはともかく、全身のフレームの結合は怪獣同様に強靭だ。
もう一体の展示JKをラリサが試しにつき倒すと、そちらもまた地面に倒れた衝撃で四肢がとれた。外装だけは実物かもしれないが、中身はどう見てもハリボテだった。
『(どういうことだ!? 質はともかくJKなんだろう!?)』
通信機越しにアレクセイの怒号が響いた。
『(そんな! 書類上ではたしかに実物なんですが!)』
弁明する基地の責任者は、怪獣の襲撃以上に命の危機を感じているような必死さだった。サボタージュの結果ならば、まだマシだ。横流しの可能性までふつうにある。
『(あなた、今はそれより)』
「そうだよ。使えるJKとかは無いの?」
宥めるマリヤにラリサが便乗した。
『(そうだ、発表予定だったアレがあるはずだ。できてるんだろ? アレなら新品だ)』
アレクセイは何か心当たりがあるようだった。
『(ありますが、アレは女帝以外、まともに使えないんですよ)』
ツァリーツァは、ロシアの有名バスターの異名である。
通信越しでラリサには見えないが、司令部では先程のバスターの少女もまたそれを肯定するように頷いていた。
「なんにせよ」
『(無いよりマシだろ)』『(無いよりマシよ)』「無いよりマシ」
親子三人の意見は一致を見た。
『(ラリサ、その近くの派手なビニールを外せ)』
基地の人間から伝聞でアレクセイが指示し、ラリサはそれを剥がした。
その下にあったのは、真っ赤な外装に覆われたJKだった。見た目は新品の特注品といった感じで、明らかに通常の自在甲冑よりも大きかった。
ラリサはその隣に今のJKを跪かせ、すぐさまそちらに乗り移る。
ベルトの装着にやや手間取った後で起動をかけると、OSはエラーを起こして起動しなかった。派手な警告画面だが、キリル文字ばかりでラリサにはほとんど意味がわからない。
もう一度試そうとした時だった。
「(ダメ)」
先程のバスターの少女がコックピットに入って来た。
「(三回エラーを起こしたら、本当に動かなくなる)」
彼女の警告の半分ぐらいしかラリサは理解できなかったが、それはすぐに問題ではなくなる。
少女は持って来ていた記録メディアを挿して起動をかけた。OSが素直に立ち上がる。彼女はメディアを抜いた。
「(あとはトランスレータを差し替えればいい)」
ラリサに向けて気まずそうに困ったように微笑んだ後、少女は外へと視線を向けた。
ラリサが問いかけようとするも、彼女は表情を険しくしてコックピットカバーを閉めてしまった。
「どうすればいいのよ!?」
ロシア語の画面と一緒に放置されたラリサは憤慨した。
何度か適当にコンソールをいじった後で騎体の操作を試みるが、しっくりと来ない。自分のトランスレータではないらしいことを、彼女はなんとなく察した。
身体を起こそうとしたが、うまくいかずに倒れ込む。
頭部カメラからの視界の中では、先程の少女がラリサの乗り捨てたJKへと乗り込み、すぐ近くに来ていた中型怪獣に組みついた。
気の小さそうなあの少女は、本当に戦いには向かないだろう。
そもそも彼女が先ほど戦いを拒否した時よりJKの機能がさらに低下しており、戦えるような状態ではない。
アリサは、混乱したままJKを動かしていた。
彼女は昨年、田舎から弟の靴を買いに町に出て、たまたまやっていたドレッサーの適性テストを軽い気持ちで受けた。有望とされた彼女は、収入を目当てに軍に入ったのだ。
シミュレーションでは良好な結果を残し、すぐに正バスターになるに至った。
しかし生来の気の小ささから、実戦ではまともに動くことができなかった。彼女の能力から来る出世の速さに対して同僚から行なわれていたいじめは、彼女が何度出撃しても戦うことができないことがわかるにつれ、自然と無くなっていった。ただ距離を置かれ、降格なり解雇なりを待って冷ややかに扱われるという状態だった。
そうして言い渡された異動先が、彼女と同じように戦闘に使えないJKを用いた広報部隊だった。普段は、重機に比べて燃費もよく、しかも汎用性もあるそれを用いて土木作業などにも従事することになった。
戦いがいらないことにほっとして、同じような事情を持つJKには愛着を持った。
同僚のバスターもまた、シミュレーションでは優秀なのだが、なんらかの理由で戦えないようだった。特に親しくなるということもなかったが、関係がわるいということもない。
バスター以外の人員も、やる気が無かったり、人格的に特異だったりしてもてあまされているらしい者が多かった。自分の気の小ささを踏まえると、能力を認められて出世した先と違って引け目を感じる必要がなく、どこかに問題がある者として自覚あるアリサには居心地がよくすらある所属だった。討伐部隊より給料は低いが、世間の水準からすれば決して低くない。まして彼女は十四歳だ。
戦わなくていい立場だったはずなのに今日、怪獣が現れた。
逃げようとした時、焦っていたために逃げることで頭がいっぱいだったのもたしかだ。だからこそJKのまま逃げようともした。そのほうが生身より安全だと考えていた部分もあるが、思考に余裕も無かった。対外的には仮にもバスターならば、せめてJKから降りるべきだったとは、言われた後から思った。
だが、それでもだ。
謎の幼女が自在甲冑に乗りこんだことに戸惑い、手伝ってから逃げる間、ひたすら彼女は考えた。
ふつう、バスターは単体の怪獣に対しても複数で討伐任務にあたる。軍の正規の討伐部隊にいたときもそれは当然だった。
JKが出現してしばらくの間はひとりで戦うバスターが多かったことも知識としては知っているが、それはそうするしかなかったからだと彼女は考えている。まして、それでも一対一だ。
今回はJKも戦いには使えない質だからここに回されたものであり、武器が無い。
もしもここにいたのがアリサではなく、まっとうなバスターだったとしても、戦えないのは当然だと思った。
できることなど、精々が体格差を生かして小型怪獣を一体引きとめられるぐらいだろう。他の中型怪獣などが近づく中にいて、もしも攻撃でもされて動けなくなれば結局意味は無くなる。JKの無駄な損失とも言える。
そうしてぐるぐると辿るアリサの思考はその結論にしか至らず、謎のお子様を送りだしたことを後悔しながら基地の上司たちと合流した。
そこで彼女は、ラリサの戦いぶりを目の当たりにした。
小さな少女が乗りこんだJKは、武器が無いにも関わらず、まるで当たり前のように小型怪獣を無力化したのだ。
ラリサは血統的に四分の三が白人だ。白人に見えるのだが、四分の一の血によるものか、たまたまか、体格は標準より小さくて見た目も幼い。ロシアで生まれ育ったアリサから見ると、ラリサは特に九歳という実年齢以上に幼く見える。
たしかに世界には今だって十歳にも満たないバスターがいる、あるいはいたこともアリサは知っている。しかしこうして現実に突きつけられると、それは驚愕の事態だった。
小さな子供でさえ、自分からJKに乗りこみ、そして怪獣と戦った。
実際にそれだけの技術があったということも示されはしたが、それでもやはりアリサには信じられなかった。
自分だって、適性と操作能力を認められ、一度はバスターとなった。今だって、対外的にはバスターである。
アリサは今回の展示の目玉、エースの専用騎の移動なども担当していた。だから幼い少女が動かそうとしても使用者登録がされていないために動かせないことを知っていた。
会話の流れからその騎体が必要であると察した彼女は、上司に言われる前に走りだしていた。
彼女よりもバスターとしてあらゆる意味で優秀だろう少女。その助けになるのなら、戦えない自分でもそれぐらいはしなければならない。
走り、手伝い、手順を伝えた彼女はコックピット脇から後ろを振り返った。
そこらじゅうにいる怪獣たち。
恐怖に震えるアリサは、自分がJKを動かしたところで、そのすべてどころか、一体も倒せないことはわかっていた。
それでもだ。
名を知らない幼い少女は武器さえ無い状態で小型怪獣を無力化してみせた。
一体でいい。倒せなくていい。組みついたまま止まるだけでも、それで一体の動きは封じられる。見渡す範囲にいる無数の怪獣の一体。焼け石に水で、ほとんど意味などないかもしれない。けれどもあたりで混乱して渋滞のようになっている多数の車に乗る人々など、だれかしら、たったひとりでも助けられるかもしれない。
そう思ったアリサの視界の中、一体の中型怪獣がまっすぐと彼女たちに向かって来た。つまり、小さな女の子の乗る赤いJKへと。
それが狙ってのものかはわからない。怪獣に知恵など無いと聞くが、もしも先程活躍した少女を狙ってのものであれば、まだ動かないJKが狙われればどうなるかわからない。ベルトさえ留めてあれば、ちょっとやそっとのことでは中のバスターにはどうということはないだろう。けれど、もしも怪獣が中のバスターを認識し、コックピットを潰したり貫いたりするようなことを目論むとしたら?
アリサはバスターとして戦力外通告された。不満は無い。自分で嫌というほど痛感していたから。もう戦いの場に立たなくていいことにほっとしたのだ。
自分は戦力になれない。人を守る力を持たない。
だけれど、新しいJKに乗りこんだ彼女ならば、自分よりも遥かに多くの人々を救う力を持っているだろう。
ならばだ。
アリサは、たったひとりの小さな少女を守ることを決意した。
彼女のようにはなれない。戦えない。けれど、たったひとりを守ることが多くの人々を守ることに繋がるのならば。
ラリサに伝言を終え、アリサは反応を待たずに赤いJKから地面に降り立った。ラリサが乗り捨てたJKに向かう。
手早く起動したそれは、戦いの結果、いつもよりもさらに動きがわるくなっていた。
タイミングがわるかった。赤いJKが身を起こそうとして動いたことに、近くまで来ていた中型怪獣が反応した。赤のJKはトランスレータを差し替えていないようだった。自分の伝え方がわるかったか、そのやり方を知らないのか。
アリサは通信で呼び掛けるが、相手は片言のロシア語らしい断片が時折混じる、よくわからない言葉でわめいていた。
アリサは伝わることを祈りながら、簡潔に、はっきりと言う。
「トランスレータを、差し替えて!」
戸惑いつつも、今更降りてふたたび様子を見に行くわけにもいかない。怪獣が身構え、攻撃を試みようとしたその時、アリサは咄嗟に縋りついた。
各部の動きがわるいことを考慮すれば、相手の首もとに抱きつけたこと自体は上出来だったと言える。
しかし、トラやライオンの首に小柄な人間が抱きつくような状態で、身長十六メートルのJKが簡単に振り回されてしまう。振りほどかれた騎体は一度宙を舞い、地面に叩きつけられた。無様に倒れ込んだそのJKへと怪獣は意識を向けていた。
動かなければ、怪獣は興味を失う。ゆえに無理さえしなければバスターの死亡率は高くない。
アリサはそれを知っていた。
そして、だから彼女は動いたのだ。
あの少女のため、少しでも時間を稼ぐために。
ただ注意を引くために動いたJK。そんなことを知るわけもない怪獣が、いざとどめを刺すべく身構えたとき、アリサは混乱していた。どうしてこんなことをしてしまったのか。弟や家族に、もう会えないかもしれない。
激しい後悔を抱き、恐怖に目を見開き、同様に開いたままの口では荒い呼吸をする。声など出る余裕は無い。彼女は失禁していた。そもそも臆病であるから、彼女は今まで戦えなかったのだ。
そして距離を詰めた怪獣は、横から飛んできた赤い何かに吹き飛ばされた。
「ありがとう! おかげでまにあった!」
体長数十メートルの巨体を吹き飛ばしたのは、身長十八メートルの巨人によるドロップキックだった。
目を見開いたままのアリサは助かったことが信じられないまま、ただ荒い呼吸を繰り返していた。死を目前にしてパニックを起こしていた頭が目の前の状況を処理しきれない。
ラリサは動きを止めた自在甲冑の主を案じながらも、戦いを開始していた。
お子様はあの後、アリサが伝えた伝言を自分の知識の範囲で該当しそうな何パターンかを口の中で復唱していた。バスター・JK絡みのロシア語は一通りおぼえようとしたことがあるので、「トランスレータ」と言ったことは予測がついたし、操作した感じからもまず間違いないと思った。
差し替えの操作自体も公共施設などでわりと経験はあった。だが、ただの起動などと比べると回数は少なく、文字を読まずにできるほど慣れてはいなかったのだ。それが今回ロシア語表記だったため、彼女は何度かつまずきながらどうにか操作を終えたのだった。
幼女は今日、生まれて初めて自在甲冑の実物を動かした。初めての実戦で、多数の怪獣相手に、自分ひとり。武器は無い。並のバスターには経験の無い状況だろう。
しかしそれはラリサにとって問題ではなかった。
操作が始まれば、言語など関係は無い。そちらの方が彼女にとっては重要だった。
キックで吹き飛ばされたトラのような怪獣は、体勢を立て直そうとした。
ラリサは一度後退するように、先程無力化した小型怪獣へと向かっていた。そしてその怪獣を力任せに持ち上げる。等身大の人間だったとしても超人じみた身体能力を持つのがJKだ。しかもこの赤い騎体は、ラリサが想定していた以上の性能を持っていた。大きく頭上に掲げたそれを、巨人は力任せに投げつけた。
勢いよく上からカマキリ型怪獣を叩きつけられて下敷きになった中型怪獣は、どうにかしてもがいて立ち上がろうとした。しかし突こうとした脚を伸ばそうとしたところで、根元近くで切断されていた断面が宙を掻く。
怪獣を投げつけたラリサは一瞬で距離を詰め、次の瞬間には、ぶらぶらするばかりになっていた小型怪獣の鎌を用いてトラ型怪獣の脚を切り落としていたのだった。相手がその脚を使おうとして体勢を立て直せずにいる隙に、彼女は残りの脚まで切断してしまった。
四肢を途中で切断された虎は、最後に小型怪獣をその下に挟みこむようにして転がされてしまった。ひっくり返されたような体勢を変えようとしても起き上がることはできず、下敷きにされた小型怪獣は脚に力がまったく入らないではないのだが、動こうとしても中型怪獣の重量によって動けない。
二体を行動不能に追いやったラリサは、すぐさま基地の外へと視線を向けた。すでに至近にも何体も怪獣がいる。
両親や基地のスタッフ、あるいはその場に居合わせた一般人たちもまた、赤いJKの淀みない動きに目を奪われていた。
事情を知らない者には、経験と知識をじゅうぶんに備えた歴戦のバスターが専用騎に乗っているように見えるだろう。しかし通常、ひとりのバスターが複数の怪獣を相手にする場面すらあまりない。とすれば、このように臨機応変に立ち回れる者は、熟練のバスターにさえどの程度いるものかわからない。
JKの動きに迷いは見えず、しかしその判断は事態に即して柔軟だ。
「せーのッ!」
掛け声とともに、ラリサは大きく踏み切った。足元の舗装がえぐれ、基地全体も大きく揺れる。
大幅な歩幅で三歩。基地に一番近かった一体の中型怪獣の頭を彼女は蹴りつけた。直撃を受けたクリスタルコアだが、表面にわずかに罅が入っただけだ。
蹴りで軌道を変えた彼女は、そのまま近くのカマキリ風小型怪獣へと向かった。
キックの目的は、自分へと注目を向けて相手の進行方向を変えることだった。
小型怪獣の脇をすり抜けるようにしながら相手の鎌を掴み、勢いを利用してジャイアントスイングのように振り回す。
「どっせぇーーーーい!!」
一回転して方向を定め、ラリサはそれをやや離れたところにいたカニのような怪獣に向けて投げつけた。カマキリはカニに当たりはしなかったが、近くへと滑りこむような形になる。
すぐさまその二体に駆け寄った赤いJKはカニのハサミを両手で掴んだ。それが関節技を極めるかのように捻られると、身体構造上逆らえず、巨大カニは後ろへと倒れた。
抵抗しようとして全身を動かすカニは、掴まれたハサミも開閉していた。
カニが起き上がれないようにと抑えているような赤いJKの背後から、その腿あたりをめがけ、巨大なカマキリが鎌を振り降ろした。
赤いJKは、それを待っていたように身をかわした。
結果、振り抜かれた鎌はJKが支えるハサミにきれいに挟まれた。
JKは両手でハサミの片側を支え、反対側へ膝蹴りを叩きこむ。
鈍い切断音が響き、鎌はぼとりと地面に落ちた。
「意外と鋭いんだね」
自分で試しておきながら、実際ラリサは意外そうに感想を述べた。
小さい剣のようになったそれを拾い上げた彼女は、カマキリのもうひとつの鎌の攻撃を軽くかわしつつ、手に入れた鎌を素早く振るった。
もう一本は、持ち手が長くなるような位置で切断された。
そこへ、先程足蹴にした中型怪獣が乱入するように飛びかかって来る。
ラリサはぎりぎりでそれを避けながら、逆に相手の前脚を足首近くで切断していた。
体勢が崩れて地面に滑り込むようなそれを横目に、赤いJKは長いほうの鎌も拾い上げた。
武器を手に入れたのならば、もう独壇場だった。
怪獣は時に「消えない竜巻のようなもの」など、天災に例えられることがある。
自在甲冑は、さながら赤いサイクロンのように怪獣たちを蹂躙し始めた。
十体近い怪獣を一度に討伐した赤い自在甲冑は、多少外装に損傷が見られる程度で、五体満足だった。怪獣の攻撃によるよりは、激しい自分の動きによる影響のほうが大きかったかもしれない。
JKを横たわらせて降りたラリサは、もう一体のJKに駆け寄った。
ラリサが戦い始めてしばらくしてから我を取り戻したような様子のそれは、少しだけ戦いに助力を試みていた。
駆け寄った幼女は、コックピットを開けて覗き込んだ。
「だいじょうぶ?」
すすり泣いていたのに、気丈に笑みを浮かべた少女を見てラリサはほっとした。
不意に非常に深刻な顔になって何事かロシア語で言われたが、泣いていたことによる発音の不明瞭さもあり、ラリサは理解できない。
しかし、視線を追って、ズボンとシートが濡れていることに気づき、ラリサは察した。
近くまで来ていたアレクセイや基地の男性スタッフを制止し、マリヤに耳打ちする。
怪獣がいなくなったことで、早急に体裁だけ繕い、イベントは再開された。
お祭りのような装飾をされた会場を覆っていた混乱と絶望に満ちた空気は一変し、祝勝会のような喧騒を見せていた。
渋滞などで会場から離れられずにいた結果、とりあえず安堵して様子を見ていた者たちの多くが、そのムードに魅かれるように再度参加し始めていた。
ステージでは、大々的に盛り上げた上で、とある発表が行われていた。
ロシア軍の新人バスター、ラリサ・アレクセーエヴナ・スミルノヴァ少尉の着任である。
軍の偉い人の発表によると、「少尉は、着任発表のために居合わせたイベントで、咄嗟に出撃して多数の人々を守った」のである。
怪獣の討伐漏れやそれを報告していなかったこと、軍のバスターが逃げ出して被害が出たことなどをまとめて誤魔化すためのプロパガンダであると言っていい。
紹介された後、お子様は「がんばる。よろしく」とだけマイク越しに語った。
緊張しているように装ったが、実際は片言がバレないようにである。
幼女のさきほどの戦いぶりを見たことや、守られたことに興奮する観衆の歓声に身振りで応じつつ、彼女は舞台袖に戻った。
幼女少尉を、マリヤとともに、ズボンを履き替えたアリサが出迎えた。
「(ほんとうに、ありがとう。あなたはすごい。ヒーローよ)」
「いや、アタシはヒーローじゃないよ。アタシにとっては、あんなの息をするようなもんだから。あたりまえのこと、あたりまえにできることをするのは、すごくない」
母親は、戸惑いながら翻訳して伝えた。
目を丸くする少女に対し、幼女はにっと笑いかける。
「あれだけ怖がってるのに、誰かのために勇気を出して戦える、お姉さんみたいな人こそヒーローなんだって、アタシはそう思うよ」
アリサは、この日のことを一生忘れない。
アレクセイも舞台袖にやって来た。
両親からの複雑な視線を受ける幼女は、万感の笑みを浮かべていた。
「ほんとうにようやく、はじまったんだ。アタシの、あたりまえの人生」
おわり
小説は、読んでいただくことで完成します。読了、心より感謝申し上げます。
あなたの人生に、少しでもプラスの何かを届けられましたら、幸いです。
※このお話は「JK年代記」の主要キャラクターの前日譚です。
本編は一話あたりがこの短編ぐらいで、1クールアニメを意識した12話構成です。
興味が出ましたら、本編もぜひよろしくお願いいたします。