95. 甘くってピリっと
マリが帰ったので、僕はアパートの中に戻った。 エミリは満足げにソファーで寛いでいる。
「あのマリとかいう奴は帰った?」
「奴って言うなよ。 ああ、帰ったよ。 12時過ぎに一緒に武具店へ行くことになったよ」
「あんな奴、奴でいい。 エミちゃんのことを弟って言ったし」
は~、だいぶ根に持っているな。 だけど最初マリを女子に間違えたし、ボーイッシュな恰好を好むお前が悪いような気がするんだが。
「あいつはあんな成りだけど、だいぶ頼りになる奴だぞ。 まぁこれから会うこともないはずだからいいけどな」
「……で? あのお金はどうしたの?」
ははは、しっかり覚えてやがるな。 お菓子で誤魔化せなかったってことだ。 まあそれはそれで想定内だな。
「ああ、じゃあサロナーズオンラインにログインして、口座の入出金記録を送るよ」
「じゃあ、エミちゃんもログインするね。 どこで待ち合わせる?」
「いや、記録を携帯端末へ送るだけだから待ち合わせの必要ないだろ」
「あ~面倒臭いお兄ぃだな~。 エミちゃんとフレになるには会うのが一番じゃないの。 今更逃げる気?」
「……」
こいつ、こんなに押しが強かったか? まさかこれが今日の襲来の本当の目的だったんじゃないだろうな。 いやしかし、あの展開からフレ登録へのシナリオを書くのは無理があるだろう。 まあ僕の勘違いだな。 それにしても何となくフレから逃れられない気になってしまっている感があるのは何故だろう。
「あ、いや、まぁ。 アレだ。 マリも僕のフレなんだぞ。 フレのフレはフレじゃないか。 それでいいのか?」
「う~。 まあ許してあげる。 お兄ぃの少ない、すくな~いフレだからね」
これはやはり駄目だ、逃れられそうにないかもしれない。 仕方がないけど一言だけ言っておこう。
「エミリ、お前覚悟はあるんだろうな? 僕のフレには凄い奴もいるんだぞ。 今判断を誤ると引き返せなくなるんだぞ。 本当にいいのか?」
「な、何? エミちゃんをお脅す気? エミちゃんだってクラスのヒエラルヒー? カーストのトップグループにいるんだから、凄い奴なんか怖くないの」
クラスカーストとの関連性が良くわかないが、エミリの頭の中ではそれで何とかなるんだと思っているんだろう。
「わかった。 じゃあログインして、828サーバの冒険者ギルドの中で待っているよ。 一応目印は白い羽根を剣につけて入口にいるからな」
「おっけー。 じゃあログインするね」
僕は待ち合わせ場所で待った。 僕の知る限りここは一時的な待ち合わせ場所に最適な場所だ。 何しろ周囲は好んで赤い服を着たアバターばかりなのだ。 僕のように普通服のアバターは数えられるほどしかいないし、総人数も少ない。
そこへ白服のイケメン騎士が現れたと思ったら僕に近づいてきた。 そしていきなりフレ申請を投げかけられた。
まさか、これがエミリのアバターか?
僕がフレ申請に戸惑っているとそのイケメン騎士が口を開いた。
「この後に及んで、エミちゃんのフレ申請が受けられないとか?」
「あ、ああ. そのアバターはエミリなんだな。 よりによって男性アバターとはな。 意外だったよ」
「同性アバターを使って面白いと思うの? 異性アバターを使ってこそゲームは面白いじゃない」
「ああ、そうだな。 マリもそうだしな。 お前らは同類だな」
「……」
「ほら、フレ申請を受けてよ」
「あ、ああ」
僕はフレ申請を受けてしまった。 もうエミリから逃れることはできないし、新しいアバターで失敗も許されない。
「それで?」
「ん?」
「ほら、口座明細を見せて」
「ふぅ、そうだな」
僕は個人口座の記録を開いてみた。 予想外に大きな金額が振り込まれていた。
残金額は、……1億2千万程か。 エネルギー石とか売れたのかもしれないな。 ええとこれってそのまま見せても大丈夫か?
一応会社の方の残金もチェックしてみた。
一十百千万、……うわっ、88億円か。 これはエネルギー石全ての取引の結果かな。 あの感じだとこんなものかもしれない。
「ほら、お兄ぃ早くしてっ」
ああ、面倒だ。 ちょっと高額すぎるが、今後はエミリにも慣れてもらう必要があるかもしれない。 僕は僕の個人口座を見せることにした。
「ほら、これだよ」
「……」
「ええと、88億って何?」
「あ、あああ。 それは、これは、ええと。 ゲームマネーだ。 そうゲームマネーだよ」
やっばー。 間違えて会社の口座を見せちゃった~。
すぐに引っ込めたから、リアル口座だとは思わないかもしれない。
「お兄ぃ、ゲームマネーをリアルマネーに変えて送金したってこと?」
「あ、いや。 そうだな。 そうでもいいな」
「ん? でもそんなことして大丈夫なの?」
「ああ、運営公認だから大丈夫だったんだ」
「そうなの。 ゲームはほどほどにしなよ? それにそれって前のアバターのだよね」
前のアバターの口座はこんなのとは桁違いなのだが、そんなことは言わなくていいことだ。
「ああ、そうだよ。 許可をとって今のアバターに分配してもらったんだ。 それもリアルマネーに変えちゃったから、この程度しか残ってないんだ。 これでわかったか?」
本当に嘘まみれだな僕は。 こんな事でいいのだろうか。 まあこの場が凌げれば、後はなんとかなるさ。
「でもお兄ぃ、ダンジョン探索がどうとか言ってなかった? それにマリとかいう奴のさっきの話だって冒険者の装備の話だったでしょ?」
むむむ、おのれ! 己は余計なことに記憶力がいいな。 こ、これはどうすべきか。
「あ! あっ! さっきのは間違いだった。 あはははは、それはゲームマネーだけど、リアルマネーに変えようとして失敗したんだったぁ~。 リアルの方は確かにダンジョンで稼いだんだよ」
「……」
「なら、リアルの口座をエミちゃんに見せてよ」
これは仕方がない。 というか初めから見せるつもりだったから個人口座を見せることに問題はない。
「これが、僕の個人口座だ。 どうだ凄いだろ~」
「ええっ!! こんなに? 確かにこれってお兄ぃのリアル個人口座よね。 す、凄い。 ダンジョンって儲かるんだね~」
「いや、これは一発当たっただけなんだ。 スキルオーブってのを拾ってさ。 それを売ったんだ。 高く買ってくれる人が知り合いにいたから助かったよ」
スキルオーブなんて落ちているはずもないが、そんなことは一般的に知られていない。 妹は少しの間、頭を傾げていたが何とかそれで納得してくれた。 そして僕たちはサロナーズオンラインからログアウトした。
「よかった~、お兄ぃは闇落ちしてなかったんだね。 それにしても、そこにあったお菓子、甘くておいしかったの~。 特に虹色のが甘くってピリっとしておいしかった~。 どこかで買ったか後で教えてね」
そこに、置いてあったって何だ? そこに置いてあったのは、武器と、スキルオーブだよな。 あれっ? スキルオーブもユニークスキルオーブも無くなっている。
ま、まさか。 こいつ!
「あ、あのエミリ。 ここに置いてあったオーブ。 あ、いや、模様のあるガラス玉みたいなのを食べたとか?」
「うん美味しかったよ~」
こいつ、オーブを食いやがったなっ!!!!
それもユニークと普通のスキルオーブを17個もだ。 いやしかし食いすぎだろう。
僕は強い衝撃を受けてクラっとしてしまった。