93. 襲来
第一区画へと戻って来た。 顔は未だヒリヒリするので鏡を見ると全体的に赤くなって火傷したようなところもあった。 一旦プライベートダンジョンの外へ出ることにした。
ダンジョンの外へ出るとHPは全快するし、ダンジョンの中で新たに負った怪我や状態異常も嘘のように治る。 こんな甘々な仕様のダンジョンだからこそ一般人にも探索が開放されているのだが、ダンジョンの中でHPがゼロになると話は別だ。 HPがゼロになり倒れた人間はその場に消え入るようにダンジョンに取り込まれてしまい戻って来ない。 つまり死んだら終わりということだ。 遺族に渡す死体も残らないのでダンジョンの中での死は悲劇だ。
僕は第16区画で文字通り死にかけた。 流石に今回は堪えたし、ダンジョンの中にいるのも嫌になったので、第一区画に移してあった僕の家具などをアイテムボックス経由で、アパートの中へ設置し直した。 結局のところダンジョンから離れて休息期間が必要だと思えたのだ。
アパートの部屋中でベッドに寝ころび少しだけ目を閉じたが眠れない。 仕方がないので今回の拾得物を見て気を紛らわすことにした。 アイテムボックスからそれらを取り出して机の上に並べてみた。
ユニークスキルオーブ1個と、今までの合計で17個のスキルオーブをフルーツバスケットに入れてみた。 それらのオーブは透き通って模様がついていて昔映画で見た少し大きめなビー玉の様で美しい。 それに緋色の指輪が2つ、緋色のナイフ4本、緑と青の斑模様のちょっと太めのレイピアが一本。 レイピアと比較するためにツッツキ君と緑色の剣も取り出してみた。
レイピアを手にとって振ってみる。 刃先が振りに連動してふにゃふにゃと曲がって、まるでおもちゃのようだ。 ツッツキ君や緑色の剣とは全く違っている。
エムレザーと違い、ダンジョン武器は特殊だ。 ダンジョンの中では剛性が高く武器としての性能が存分に発揮されるが、ダンジョンの外へ出すとゴムのようなおもちゃになってしまう。 こんな柔そうなレイピアは本当に使えるのか? 僕は疑問を持ちながらもアイテムボックスへ仕舞おうとしてガッカリした。
アイテムボックスのカウンターがゼロになってしまっていたのだ。 つまり今日はアイテムを取り出すことも収納することもできない。 夜の12時を少し超えるまでアイテムボックスはまったく使用出来なくなってしまったということだ。
もうこうなったら、無理矢理にでも寝てしまおうか。 でもまだ午後9時だ。 流石に寝るには早い。
そう思いながらうだうだと悩んでいでいると、いきなりアパートの呼び鈴が鳴った。
ぴんぽーん。
いきなりのことで心臓が飛び出るかと思った。 アパートの呼び鈴が鳴るなんて、ここへ引っ越してから数回しかないのだ。 届け物ならAI配達マシンとかに委ねればいいので、人が直接訪問するとなると宗教とかの勧誘の可能性が高い。 今は人と話たい気分じゃないから無視することにした。
ぴんぽーん。 ぴんぽーん。 ぴぽぴぽひぽ、ぴんぽーん。
しつこい奴だ。 ちょっと疲れてるんだ後にしてくれっ!
無視して居留守を続けることにした。
ぴんぽーん。 ぴんぽーん。 ぴんぽーん。
だんだんムカ付いて来た。 一体どんな奴だ。 興味があるから顔だけは見てやろう。 そう思って来客モニターで来訪者を見てがっくりした。
ドン、ドン、ドン。 ぴんぽーん。 ぴんぽーん。
「お兄ぃっ! 居るのは分かってるんだから出てこいコラ~」
僕のアパートに妹が襲来したのだ。 これは一大事だ。 慌てて見られたらヤバイものがないかを部屋の中で見回したが、あの強化ガラスは既に収納済みだし、秘密のおもちゃ箱もアイテムボックスの中なので特に問題があるものは無い。 机の上にある武器類はおもちゃだと言い張れば良いし仕舞う場所もない。
ぴんぽーん。 ぴんぽーん。
仕方がないので玄関のドアを開けた。
「お兄ぃ居るなら早く出ろよ~。 エミちゃんに恥ずかしいことさせるな~」
僕の妹は、吉田絵美里。 自分のことを”エミちゃん”と呼んでいる変人だ。
色々と突っ込みどころが多くてうざい奴だが、なぜか僕の接する態度は甘くなってしまう。
「こんな夜に何んなんだ。 妹が兄に告白でもしに来たのか?」
僕は少し感情的になっている。 先程死にかけた余韻が残っている上に驚かされたから不機嫌なのだ。
「こ、コイツ。 何言ってんだ~」
パーン!!
僕は何にかで頭を殴られてしまった。 だが大きな音がした割りに痛く無い。
ビックリして妹の持っているものを見たらハリセンだった。
な、なんだ? なぜハリセンなんか用意して襲撃して来たんだ?
これって、最初から殴る気満々で来たってことだよな。 一体なぜだ!?
遠くから住人らしき人影がアパートの方へやってくるのが目に入った。 このままハリセンを持っている妹と騒いでいるのを見られたら恥ずかしい。
「エミリ、分かったから取りあえず中へ入れ。 話はそれからだ」
エミリはハリセンをパシパシ叩きながらもアパートの中へ入って来たのでドアを閉めた。 そこでまた一発ハリセンで殴られてしまった。 くっ、音がデカくて耳が痛い。
「何すんだ。 わざわざハリセンを持って叩きに来たってことだよな。 一体僕が何をしたっていうんだよ!」
「お兄ぃ、心当たりが無いっていうの? エミちゃんは、お兄ぃが悪に染まっているようだから、更生させにきたの!」
「え、ええと。 話が見えないけど?」
「じゃあ聞くけど、あの大金はどうやって手に入れたの? 脅迫、強盗、盗み。 そう、盗んだんじゃないの? 有難かったけど、もしそうなら返そうと思って来たの!」
あ、ああ。 家に送金した500万円のことか。 ちょっと多すぎたみたいだな。 だが何で盗みとか決めつけてかかるんだ。
「なんで僕がそんなことしたって思うんだよ。 訳がわからないぞ」
「だって、少年K.Yを中心とする不良グループがこの辺で問題になっているって”ミコちゃんネット”に出ていたのっ。 その少年K.Yってお兄ぃのことでしょ? エミちゃんはお兄ぃに自首を進めに来たの!」
「……お前、馬鹿なのか?」
「なにぃ~?」
エミリがハリセンを僕に向かって叩きつけようとしたが素早く避けてみせた。 伊達にダンジョンで実戦を経験しているわけじゃない。 素人の攻撃なんて不意打ちでなければ簡単に避けられる。
「待て、待て。 エミ、僕の話を聞け! 聞けってばっ!」
僕はエミリの手を捕まえて、ハリセンを取り上げた。
「こ、この~。 人でなしっ!」
「落ち着け。 エミリ落ち着け。 話せばわかる。 分かるはずだぞ。 落ち着いてお菓子でも食べながら話をしよう」
「……」
お菓子というキーワードが効いたようで、エミリはやっと落ち着いてくれた。
僕はエミリを部屋の椅子へ座らせて、お茶とお菓子を用意した。
「で? どんな言い訳が聞けるの?」
「まず、僕のイニシャルはK,Yでなくて、Y.Kだ。 そして僕は少年じゃなくて成年だ。 何か罪を犯したら実名が出るんだぞ、……多分な。 僕は逃げ回っていないし逮捕もされていない。 それに、僕にグループを統率できるような能力はない!」
「あっ! 確かにお兄ぃにグループ行動は無理、絶対に無理だった! ……それじゃ一体あのお金は何なの? やはり盗んだんじゃ? お母さんも心配しているの!」
「馬鹿。 真っ当に稼いだんだよ。 ダンジョンを探索して一発当てたんだよ!」
「稼いだ? ならエミちゃんに証拠を見せてよ」
「証拠って言ったって何をみせたら……。 あっ! ちょっと待ってろ」
僕は後ろを向いて携帯端末をアイテムボックスから取り出そうとして愕然とした。 アイテムボックスのカウンターがゼロになっていて取り出せないのだ。 これは困った。 振込履歴とかをエミリに見せたいが今は無理だ。
「あ、え、そ、そうだ。 サロナーズオンラインだ」
僕はVRゴーグルを手にしてゲームへログインしようとしたが、エミリに妨害されてしまった。
「何すんだよっ!」
「お兄ぃ、ゲームに逃れようったってそうはいかないの。 ほら、証拠を見せてなの!」
「だから、サロナーズオンラインで証拠を見せてやるんだよ。 口座の情報をお前の携帯端末へデータを送ってやるよ」
「このゲーム中毒者がっ! そんなの携帯端末で送ればいいじゃない」
「あ、あの携帯端末は、ちょっとしたミスで水没させてしまって……」
「今時防水仕様じゃない携帯端末なんて無いでしょ? お兄ぃはいつも嘘くさいの」
「携帯端末が不良品だったんだよ! それに僕は臭くないはずだ!」
「……信用できないけど、まあいいの。 それじゃエミちゃんもログインするから交換条件としてお兄ぃのフレにしてっ!」
「……」
イヤイヤなんでフレの話になるんだ? まさか今回の襲来はそれが目的だったんじゃないだろうな。
サロナーズオンラインにログインできれば、僕のお口座情報を開示することは可能だが、フレにするとなると話は別だ。
前のアカウントの時のように身バレして肉親に迷惑をかけるのが怖い。 それに色々と手伝わされるのが目に見えているから面倒くさい。 そう思ってフレの件については考え込んでしまった。 フレにすべきか拒否すべきか。 拒否するとしたらどうしたらよいか。
ぴんぽーん。
大変めずらしいことに、本日2回目の呼び鈴が鳴った。 これはある意味奇蹟といえるだろう。