92. 生まれて初めて
アンフェアイソギンに20m程まで近づくとそいつは引き寄せ技を使ってきた。 だがしかし、僕の手には緑色の剣が握られていて既にアンフェアイソギンの触手に狙いを定めてあった。 引き寄せ技の効果はかなりの速度で効果が出るがそれは想定内だ。 引き寄せられた直後からバッサバッサと触手を切っていき、触手が無くなったところで一旦距離を取った。 既に奴の攻撃手段は残っていないから後は消化試合になった。 それなら今後のために挙動を観察してやろうと思った直後に引き寄せを食らった。
コイツ! 攻撃手段は触手による締め付けだけなのに性懲りもなく引き寄せて来るなんて馬鹿じゃないか?
そう思ったがイソギンチャクの親戚みたいな奴なのだから知能が低いのは当たり前かもしれない。
引き寄せられても触手が無いから絡めとられないので、そのまますぐにアンフェアイソギンから離れることが可能だ。 なのでもう一度距離をとって様子を見た。 そして分かったのは暫く待つと引き寄せ技を使ってくるが、その間隔はほぼ一定だったということだ。 どうやらコイツの引き寄せ技にはクールタイムが存在しているようだ。
観察は十分だと思ったので、そのアンフェアイソギンに止めを刺した。 アンフェアイソギンからのドロップ品は、エネルギー石、オーブ4つ、そして緋色のナイフだった。 この緋色のナイフは外科手術で使うメスをちょっと大きめにしたようなサイズの武器だ。 こんな小さな武器だと実戦では使えないような気もしたが、オーブを4つも落とす魔物のドロップ品なのだから高級品であることは間違いない。
次の獲物は200m程先にいる5体の集団に定めた。 倒し方も要領が掴めた気がしたので当然のように討伐に向かった。 剣を構えて近づいて引き寄せられる、そして少しずつ触手を切り落として行き止めを刺す。 それを5匹に対して繰り返そうと思ったのだ。
20m圏内に近づくと思惑通りに一匹目に近づいて引き寄せられた。 そして触手を全部切り落としたところまでは良かった。
ええっ?
僕は一匹目に止めを刺す前に二匹目に引き寄せられてしまったのだ。
くそ~。 もうちょっとで倒せたのに、うざい奴だな~。 勘弁してくれよ。
そして二匹目の触手の切り落とし作業を始めて少し経ったところで、三匹目に引き寄せられてしまった。
ぐっ、コイツ等僕を弄んでるんじゃないだろうな!
そう思いながらも三匹目に攻撃を仕掛けたところで、今度は四匹目に引き寄せられてしまった。
あ、あれっ? これって何か良くない状況じゃないか?
これで一匹目の触手が再生始めていたら、引き寄せと触手切り落としのループが成立してしまわないか?
そう思って一匹目に視線を移したところ、案の定、触手が再生しかかっているのが見えた。
ヤ、ヤバイ。 ヤバイ、ヤバイ。 これはループに嵌ってしまったかっ!
僕は思いもよらなかった事態に焦って来た。 余裕と思った魔物が連携して対応してきたのだ。 僕は必死になって四匹目のアンフェアイソギンに攻撃を仕掛けた。 できるだけ早く触手を切り落して五匹目に対応しなければならない。 そうすれば触手再生を完了する前に一匹目に攻撃できるかもしれない。
そして四匹目の触手を切り落とした所で、一匹目に引き寄せられた。
……。
やっぱり、このアンフェアイソギンは馬鹿だったようだ。 五匹目が僕を引き寄せていれば勝算があったはずなのに、そいつが引き寄せる前に再生途中の一匹目に引き寄せられたのだ。 僕は安堵とともに、今度こそ一匹目を倒しにかかった。 一匹目の触手が再生しかかっていたが当然無視だ。 本体の急所とみられる箇所に全力で剣を叩き込んだ。
ズバッ!
一匹目はその攻撃で消え去った。 すると今度は三匹目のアンフェアイソギンに引き寄せられた。 まあ、こうなれば余裕だ。 僕は三匹目を軽く片付けて、次に引き寄せられた五匹目の触手を斬り落とした。 そして程なくして5匹の集団を倒し切ることができたのだった。
ふぅ。 驚かせやがって。 油断した僕が悪かったが、こんな連携方法があるなんて思わなかったよ。 そう思ってドロップ品の回収を始めた。
ええっ???
僕は宙を浮いた。 そして凄い勢いで遠くの何かに引き寄せられていくのが分かった。 そして……。
ぐしゃっ。
僕は何故だか液体の中に取り込まれて触手に囚われてしまった。
何だこれはっ!? いや何でもいい。 それよりも液体に覆われて息ができない。 それに顔や目がヒリヒリする。 ヤバイ、これはさっきよりもヤバイ。
僕はヒリヒリする目を我慢して開いて僕をとらえている触手に剣を振るった。
バシュッ。
しかし触手は一発では切り落とせなかった。
あ、あああ。 ヤバイヤバイヤバイ。 これはピンチかもしれない息が苦しい。 何とかしないと詰んでしまう。
僕は必死になって触手を斬りつけた。 1本の触手は3撃で切り落とすことができた。 だが、僕をとらえている触手はあと2本ある。
く、苦しい。 我慢ができない。 顔もヒリヒリから少し痛い感じへと変わってきている。 だが、一番の問題は息ができずに苦しいことだ。
僕は藻掻くようにしながら触手に攻撃を加えて2本目を切り落とした。
あ、ああ。 なんか気が遠く、……いやまだだ。 まだ諦めるのは早い。 そう思ったが今の僕を動かしているのは生きるための本能なのかもしれない。 とにかくめちゃめちゃ剣を動かしたのだ。
そして訳が割らないなまま、3本目の触手の切り落としに成功して、その場から離脱できた。
離脱して直ぐに大きく息を吸い込んだ。 一呼吸、二呼吸、三呼吸目。 そして少し楽になったところで、またも引き寄せられてしまった。
くっそ~、コイツは強敵だ! しかし今僕を捕らえている触手は2本だ。 僕は息を止めたまま1本目を切り落とした。 そして苦しかったが、何とか2本目の切り落としにも成功してその場から逃れた。
距離を置いて呼吸を整えてソイツを見た。 このまま逃げることも考えたが、かなり遠くからの引き寄せを受けたのだからそれは無理だと判断した。 ならば今この場で決着をつけるしかない。
外から見るとソイツ今までイソギンよりも巨大で残る触手はあと3本だった。 その3本全部に捕まると負けそうになってしまうので、囚われるにしても2本以内になるように位置取りをしてから引き寄せを受けた。
よし! 僕を捕らえた触手は2本だ。 僕は苦しい思いをしながらもその2本を切り落として、ふたたび距離をとり呼吸を整えた。 ソイツの触手はあと一本だ。 だが、不味いことに、というか案の定、最初に切り落とした触手が再生しかかっていた。
まずい! 僕は自分からソイツに迫って行き、引き寄せを食らう前に残る触手へ攻撃を仕掛けた。 そして引き寄せを受けた時には触手を切り落としていたので直ぐに液体の中から抜け出した。 そして直ぐに再生しかかっている触手を切り落とした。
また引き寄せを食らい液体の中に取り込まれたが捕らえる触手がないので直ぐに脱出する。 そしてソイツの急所が何処にあるかを観察した。
み、見えない。 見えないじゃないか。 急所が見えない。 これはどうしたらいいだろう。 一旦は窮地を脱したのだが、倒すための算段が見つからない。
引き寄せを受けて再生しかかる触手を切り落としては離脱し再度引き寄せ受けるという周期を繰り返した。 僕のHPも減り続けたので要所で回復魔法を使い、戦闘は膠着状況に陥っていった。
そして何度かの引き寄せを受けたあとで僕は閃いた。
僕はすぐに行動に移した。 アイテムボックスの中から青い丸盾を取り出して構える。 そして引き寄せられたタイミングで液体の上から盾で殴りつけた。
よ、よし! 今度こそ何とかなる。
盾で殴りつけたことで急所が少しだけ見えるようになったのだ。 少しだけ見えるようになった急所目掛けて剣をお見舞いする。 もちろん一撃でどうにかなるわけではないが、何度か青い丸盾で殴り、剣で斬りつけることを繰り返して、やっとソイツを倒すことに成功したのだった。
結果的にソイツは、虹色模様のスキルオーブ、つまりユニークスキルオーブと、通常のスキルオーブを3つ、オーブを6つ、そして先の尖ったレイピアのような剣をドロップした。 僕は直ちにそれらを回収した。 そして振り向いた途端に、またも引き寄せを食らった。
ああっ、今度はなんだ?
僕は引き寄せた相手を確認したが、それは普通のアンフェアイソギンでしかも一匹だけだった。
お、驚かせやがって。
僕は怒りに任せてソイツを葬った。
ははは、今回は本当に死ぬかと思ったよ。 こんな経験は生まれて初めてのことだよな~。 もうこの第16区画は二度と来たくないかも。
僕はそう思って第16区画から引き返すことにした。 ちなみに倒した普通のアンフェアイソギンのドロップ品の回収は忘れなかった。