91. 引き寄せ
2986ダンジョンから出た僕らは、そこで一旦解散とした。 彼女達はE-1ランクの冒険者になったことをスポンサーにアピールするとのことで、チャーターした高級自動車に乗ってどこかへ出かけて行った。 サロナーズオンライン経由でも電子的に報告できるはずなのだが、直接的な何かが有るのかもしれない。
僕は2986ダンジョンに近い自宅のアパートに戻り、ポータブル強化ガラスを取り出してプライベートダンジョンの中へはいった。
中には僕が取り込んだ家具とかの他に、ミレイさん達が運び込んだ豪華なインテリアなどもそのまま残されていて快適だ。 そして設置した個人部屋用のパーティションもある。
あれっ? これって今なら個人部屋の中をこっそり覗いても見つかることは無い?
僕は興味を持ってミレイさんの個室の前へ進んだのだが即座に思い直した。 罪悪感があるのはもちろんだが、何となく監視装置とかが設置されている気がしたからだ。
あ、危ない。 危ない。 不審な行動を取ったのがバレたら、後で剣でどれだけ叩かれるかわかったものじゃない。 僕は身震いしてそこから離れたのである。
光ファイバーケーブルを繋いでサロナーズオンラインにログインもしてみた。 そして分かったのはマリや彼女達がログインしていなかったことだった。 最近割と濃い時間を過ごしていた僕にとって、野良参加のゲームプレイなどでは満足できそうになかったし、マリを呼び出すのも面倒だった。 僕は諦めてサロナーズオンラインをログアウトした。
ゲームもできないようだから面倒だけど、暇つぶしにスキルオーブ集めでもやってみようかな。
そう思って僕は戦闘装備を着込んでプライベートダンジョンの奥へと向かうことにした。
プライベートダンジョンの中を走って行く。 走る方が早いからもう自転車などは使ってないし、うざいVRヘルメットも付けていない。 残念なことに第4区画に大岩は居なかったが、その他見つけた石や岩は気が向けば討伐しておいた。 そして第15区画のレッドカウゾーンへと辿り着いた。
スキルオーブ集めだけだったら第4区画の大岩狙いで周回した方が時間的に効率的なような気もするが、それでは単純作業過ぎてつまらない。
僕は第15区画を駆け抜け、第16区画側の壁へレッドカウたちを激突させてから止めを刺していった。 これも単純作業と言えばそうなのだが、レッドカウ達が僕を追いかけてくる様子はなかなか迫力があるし、ダンジョンの壁に次々に激突して気絶していく様は見ていて滑稽で楽しく感じられるようになってしまっていた。 レアドロップのスキルオーブもある程度得られるし、高級なエムレザーも確定ドロップするのだからかなり実入りもいいといえるだろう。
そして一旦ダンジョンをリセットするために入口へ帰ろうと思ったのだが、ふと第16区画のゲートが目に入ってしまった。
第16区画か~。 何がいるんだろうな。
僕はつい出来心で興味を持ってしまった。 未知の魔物は怖いけれど、装備は新調したばかりだし、スキルだって前回から比べると段違いに強化されているので万全な状態だ。
う~ん。 ちょっと覗いてみるだけならいいかな? 第16区画を軽く下見しておけば、あとはマリに看破EXを使って魔物をシミュレーションに反映してもらえば攻略が楽になるんじゃなかな。
僕はそう思って第16区画へと足を踏み入れた。
途端僕は宙に浮いてそのまま何かに引っ張られてしまい、ぬめぬめした触手に囚われてしまった。 不味いことにその触手には弾力があり、力を込めても暖簾に腕押し状態で逃れることができない。
武器はツッツキ君を持っていたが触手を斬ることができないし、突き攻撃は触手には余り効果が無いようだ。
や、ヤバイ。 逃れることができない。 このまま囚われたままってことになるってことかっ?
逃れようとしても執拗に絡んでくる触手に苛立ちを覚えながら、次第に焦りを感じるようになっていったが、暫くしてアイテムボックスの利用を思いついた。
僕は手に持っているツッツキ君をアイテムボックス経由で瞬時に短刀へと置き換え、ついでに緑色の剣を取り出して反対の手に握ってみた。
バシュ、バシュ、バシュ。
触手を短刀で滅多切りにしたが、どうも攻撃が通じない。 それではと再度アイテムボックス経由で緑色の剣と短刀を瞬時に持ち替えて、緑色の剣で攻撃してみた。 すると気持ち良いぐらいに触手を斬ることができた。 そしてソイツの触手を全部切り落としてから一旦距離を取り、直ぐに急所と見られる部分を剣で切り裂いた。
結果、ソイツはエネルギー石とオーブ4つ、そして緋色の指輪をドロップして消え去ったのだった。。
ふーっ。 コイツはまた特殊な奴だったな。 ヤバイのは引き寄せ技と触手だな。 後、短刀では全く歯がたたなかったところを見るとレベルの高い武器が必要なところも普通じゃないかもな。
それにしてもアイテムボックスを持っていて良かったよ。 アイテムボックスの出し入れカウンターを1つ消費したけど、持っている武器を瞬時に取り替えたことで窮地を脱出できたようなもんだ。
僕は周囲を見回した。 少し離れた地点にイソギンチャクのような魔物が見えた。
アレかっ! アイツが僕を引き寄せた魔物かっ! ゲートに入ったとたんに不意打ちを食らったソイツが面白くなかった。
いきなり引き寄せとかは卑怯だ。 というかゲート潜るときは要注意だな。 まさか引き寄せ技を使う魔物がゲートの死角に潜んでいるなんて予想外だった。
引き寄せってどういう原理で作用するんだろう。 少し考えたが僕にわかるはずもない。 一つ言えることはコイツも新種の魔物だってことだ。 引き寄せ技を使ってくる魔物なんて知られていないからだ。 これはまた名前を付けなければならないな。
どうしよう。 イソギンチャクだから、イソギンちゃんこ? イソギン君? イソギン……? でも誰かからダサイとか言われそうだから僕好みの名前は止めた方がよさそうだ。
暫く真剣に考えた。 そして結論として僕には名付けのセンスがないことが良く分かった。 結局僕はその魔物をアンフェアイソギンと名付けることにした。 卑怯者のイソギンチャクだからアンフェアイソギンだ。 なんの捻りもないがそれは仕方がないことだ。
そして僕は遠くにいるそのアンフェアイソギンを睨みつけた。 卑怯者の魔物は決して許してはならない。 引き寄せられても触手を切り落とせば楽勝な魔物だ。 僕はアンフェアイソギンに向かって走って行った。