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90.  昇格

 ダンジョン管理センターではダンジョン攻略の報告をすることになる。 そしてそれが受け入れられれば晴れて攻略が認められるのだ。 僕らは受付でその旨を報告するために冒険者タグを渡してから結果を会議室で待つことになった。 その間に僕達は普段着に着替えていた。 ダンジョンの外での戦闘服はあまり快適とはいえないのだ。

 暫く待っていると、このダンジョン管理センターの職員と思われる男性が会議室に入って来た。 その男性の胸にはC-3ランクを示す冒険者証がカードフォルダに入った状態で提示されていた。 つまりその男性はE-1ランクへの昇格を認定する資格を持っているということだ。


「やあ、ダンジョンを攻略したというのは君たちなのかい?」


 その男性職員は中々気さくなオッサンという印象だ。


「はいそうですわ」


 僕らの代表としてレイナさんが応じた。 その物腰は服装も相まって優雅で気品がある。 こういった男性職員への対応は彼女に任せるのが賢明だ。


「ふむ。 確かにタグ認証は本物だったよ。 それにしても君たちの記録を調べたが、ついこの間F-1ランクに登録したばかりだろう? 受付の話によると君たちだけで単独踏破したとのことじゃないか。 我々としては、そんな話は信じられなくて困惑しているんだよ。 やはり誰かのサポートを受けて攻略したんじゃないのか?」


「いえ、私達だけで攻略しました」


「そうかね。 単独攻略ということなんだね。 まあ単独でなくてサポートを受けて攻略してもいいけど、その場合にはサポート者に責任を持ってランクアップを推挙してもらう必要があるんだ。 本当に君たちだけで攻略したんだね?」


「はい、そこで虚偽報告をしても私たちに何の利益もありませんわ」


「なるほど。 それなら念のため一応確認させてもらえないだろうか」


「もちろん大丈夫です。 それでええと、確認とはどうすればよいのですか?」


「そうだね、君は、レイナ君といったかい? レベルが高い者ならステータスが高いはずだからそれを示してもらえればいいんだよ。 君ならダンジョン内でベンチプレスで100kg、いや50kg、いや40kg程度を持ち上げるだけの身体能力を見せて貰えたら合格だと確信できるよ。 あるいは持っているなら特殊技能、つまりスキルが有れば問題ないと判断できるんだけどね」


 か細いレイナさんといえど、今のステータスならベンチプレスだと150kgでも十分いけると思う。 さて、レイナさんはどうするのだろうか。 


「はい? ベンチプレス? で40kgなら良いのですね? 一度それで試してみたいと思います」


 レイナさんは自信満々に応じてみせた。 まぁその自信の程は分かるが、やり過ぎが心配だ。 彼女のステータスは1000で、ダンジョンの中では本来の10倍の力を発揮できるのだ。

 多少心配はあるのだが、カナさんやマリならともかく、レイナさんなら大丈夫だと思いそのまま任せるままにすることにした。


 僕達はそのまま普段着のままでダンジョンの中へ入り、そこへ屈強な冒険者管理センターの職員がベンチプレスを持ち込んで40kgのダンベルをセットした。

 お嬢様タイプで外向きの笑顔を保っているレイナさんがベンチプレスに挑む姿はなかなかシュールな光景になるだろう。 僕はそのシーンを想像して期待を持ってその時を待った。


「これを持ち上げればいいのですか?」


 レイナさんはそう言うとベンチプレスに近寄って、少し重そうにしながらも片手で40kgのバーベルを頭上へ高々と持ち上げて見せた。



 あ、ああ。 レイナさん、それは違う。 絶対に違うぞ。 

 まずベンチプレスのやり方を教わってからやってみるべきだ。



「あ、あのレイナさん。 まずはベンチプレスのやり方を習ってから持ち上げるのがいいと思います。 とりあえず、そのバーベルを元に戻してください」


「あら、そうなの? ベンチプレスってそういうものなの?」


 レイナさんは、そのまま片手でバーベルをベンチプレスへセットし直した。


「……」


「……」


「あの~。 すみません。 レイナさんは初心者なので、ベンチプレスのやり方を教えてやってもらえますか?」


「い、いやいや。 その必要は無くなった。 君たちは我々に十分な実力を示すことができた。 もちろんランク昇格は認めるよ。 合格だ」


「ええっ? ベンチプレス無しで合格なんですか? ちょっとそれは残念なんですけど……」


「ヨシ君、何が残念なのかは分からないけれど、認めてくれたのならそれでいいのではないかしら?」



 うぐっ、確かにそれはそれでいいとは思う。 だがレイナさんのベンチプレスを見たかった。



「ええと、レイナさん。 今後のためにもベンチプレスの方法を習得しておくのも良いかと思うんです」


「そうなの?」


「レイナ、ヨシ君に騙されては駄目よ。 何か企んでる可能性が高いわ」



 ぐっ、ミレイさん。 確かに僕は企んでいるけれど、大したことじゃないし、その位いいじゃないか。

 く、くそ~。 こんなチャンスは二度とない気がする。



「あの、ほら、ミレイさん達もやってみたらどうですか? これって頑張れば胸が大きくなるって聞いたことがありますよ?」


「……」


 ミレイさんが剣に手をかけるのが見えた。 

 何か怒っているようだ。


 ヤ、ヤバイ。 胸の話はスリムなミレイさんを刺激してしまったかっ!

 これは流石にこの辺で諦めた方がいいかもしれない。



「あ、ああそうだ。 マリだ! そうだマリ、お前が習うと良いかもしれないぞ。 男にはベンチプレスが必要だ」


「お、おお? そうなのか? じゃあ教えてもらうとするか」


 ちょっと呆れ顔の職員たちに頼み込んで、マリはベンチプレスのやり方を教えてもらった。 そしてマリは100kgのバーベルを軽々と持ち上げて素早く上下させてみせた。 


 お前、少しは自重しろよ! 

 

 ついそう思ってしまったのだが、職員の方々の表情が面白かったので、それはそれでいいかとも思えた。 それに細マッチョタイプの男性でステータスを高めた者ならこのぐらいはできるかもしれないのだ。 もちろんマリは細マッチョタイプではないが、そんなことは職員達に分かるはずもない。


 そんな経緯で僕らは無事にE-1ランクの冒険者、つまり初級冒険者になることができたのだった。 そしてこれでやっと彼女等の第一目標が達成できたことになる。 今後どうするかは彼女達次第だが、今までの行動パターンから察すると僕らとともにパーティ活動を続けてくれるのは間違いないと思う。


 その後マリは毎日トレーニングを行いたいと言ってベンチプレスの購入をパーティに提案してしまった。 こ、これは僕もマリに付き合って毎日トレーニングしなきゃならないのだろうか。 そう思うと僕は憂鬱な気分になってしまったのだった。

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