85. キャンプ
僕たちは2986ダンジョンの第2階層をランニングして進んで行った。 無用な戦いも避けているため通常の攻略ペースの4、5倍程度早いかもしれない。 迷わないことが前提だが午前中にダンジョンコアのところまで辿りつけそうだ。
そしてレイナさんが提案した。
「そろそろ一旦休息を入れましょう。 余り早く攻略しても怪しまれるだけです」
「疲れたからそれがいいと思うわ。 体力的には大丈夫なんだけど」
僕らはダンジョンの袋小路になっている小部屋を探し出してその中へ入って休息を取ることになった。 その小部屋の中はかなり広めだが、入口は人が一人入れるくらいの狭さだった。 ダンジョンの壁からは微光が出ているので暗いことはない。
「ここなんかいいわよね。 ここでキャンプしない? 魔物も入って来れそうにないしアレを使うにも最適じゃない」
僕はピンと来た。 アレとは仮設トイレの事だろう。 察するに彼女達はそろそろ心配な状態なのかもしれない。 こういう場所はトイレ設置には最適だ。 それに見たところゴミも落ちていない。 まあこういう初級ダンジョンでゴミを捨てると、DNA鑑定で捨てた人物が特定されて、かなりの罰金が課せられるから持ち帰ることが基本だ。
「ヨシ君もマリちゃんもいいわよね? 問題なかったらマリちゃん、ここを基準にしてアレを出してもらえるかしら」
僕に異存がないので頷いた。 そしてマリがソレを出した。
えっ!? 僕は叫びそうになったが、心の叫びのみで何とか押さえることができた。 これ以上彼女達を疲れされてはならない。 マリが出した物は、縦横高さ3メートル弱程の立方体だった。
「こんな大きな仮設トイレ必要あるんですかっ!?」
「……」
「ヨシ、これはトイレじゃねーぞ。 ハウスみたいな奴だ」
「ええと、ハウスにしては少し小さ目に見えるけど?」
「これはね、組み立て式のセーフティテントなのよ。 骨組みは鉄製で、要所要所には高級なエムレザーが貼り付けてあるから頑丈にできてるらしいわ。 ダンジョン探索部隊で使われるもので、先日マリちゃんにお願いして取りに行ってもらってたのです」
なるほど、レイナさんの説明である程度理解できた。 マリのポーター初仕事はこれだったんだな。 まぁそれはいい。 でもこんなのどこで売ってたんだろう。
「ダンジョン探索部隊用のテントですか。 こんなのどうやって手に入れたんですか? 物凄く高そうなんですけど、財政的に大丈夫ですかね。 まさかもう借金だらけとか?」
「それは詳しくは聞かないでほしいの。 でもミレイとカナの伝手を使ったのよ。 もちろん一般には出回ってないものです」
後が怖いけれども、まぁ彼女達を信用しておこう。 ……でも僕は会社の株の過半数を持っているんだよね。 これってどうなんだろう。 ……わからん。 今は考えないことにしよう。 もしもの時はオーブとかエネルギー石とかを取ってきて売ればいいさ。
それから彼女達はその鉄製?のセーフティテントを組み立て始めた。 ダンジョンの中ではステータスが高いので可能になる作業だ。 外ならばクレーンとかの重機が必要になるはずだが今は全く必要ない。 それに僕やマリが手伝おうとしたら拒否されてしまった。 どうやら組み立てには専門的な講習を受けておく必要があるみたいで、素人が手をだすと却って邪魔になるんだそうだ。
僕とマリは次第に組みあがっていくセーフティテントを優雅に眺めながら寛いでいた。 そして休息が終わったところでテントの中へやっと入れてもらえたのだが、予想に反してテントの中は空っぽだった。
「ええと、これは一体?」
「じゃあ、カナお願い」
ミレイさんがカナさんに指示すると、カナさんは例のポータブル強化ガラスをアイテムボックスから取り出してテントの中に立てかけた。 そして即座にミレイさんが黄色の剣を叩きつけた。
がしゃ~ん。
当然ながら強化ガラスは割れて砕け散った。
僕はミレイさんの所業を見て唖然としたが、冷静になるとやりたいことが何となくわかった。
ミレイさんはガラスを破片も含めてアイテムボックスへ回収してから、もう一度新たなポータブル強化ガラスをテント内に立てかけた。
「じゃ、ヨシ君お願いね」
「ええと、これにダンジョン生成でプライベートダンジョンを作れという事でしょうか?」
「そうよ。 ここにプライベートダンジョンを出してからそのガラスを壊せばどうなるかを実験するのよ」
「あの、今の僕は実験禁止にされているんですけど」
「そ、それは。 ……それとこれとじゃ違うのよ。 これは事前に決まっていたことなのよ」
「なるほど、事前に決まっていればいいのか」
「……」
「とにかくお願い」
僕はダンジョン生成で、その強化ガラスにプライベートダンジョンを作った。 そのとたんミレイさんがガラスに向かって身構えた。
「ちょ、ちょっと待ってミレイさん」
僕はそう言って強化ガラスの発生していたゲートから手を引き抜いた。 ゲート発生後には反動で少しだけ手がゲートの中へ入ってしまうのだ。 このままでは手が切断されかねない。
「危ないです。 もしかしたら僕の手が切断されてしまうじゃないですか。 ゲート維持は爪の先だけにするって、この前事前に決めたでしょ?」
「あれっ、そんなこと決めたかしら? でも無用なリスクは排除すべきですわね。 ミレイ、ヨシ君が準備してからやってみてくれない?」
「わかったわ。 そうするわね」
僕は再度プライベートダンジョンを強化ガラスに発生させて、慎重に爪先だけでゲートを維持した。 そして僕がミレイさんに頷いたところで、ミレイさんが緑色の剣を振り下ろした。
ガッ!
結果的に強化ガラスは破壊どころか傷さえつかなかった。 そしてミレイさんは手首を痛めたようで自分に治療魔法を使っていた。
「これは破壊不能?」
「そうね、これはダンジョンの壁と同じように破壊不能オブジェクトみたいな可能性が高いわね。 考えてみれば、ゲート自体がダンジョンだものね。 それを維持しているのはダンジョンの壁と同じと考えるのはそれ程無理がないかもですね。 それに少しだけ光っているようにも見えますし」
確かに注意深く観察すると、強化ガラスが微妙に発光しているようにも見えた。 今まで明るいところで見ていたから、こんな淡い光には気づかなかったのだろう。 そういえば一番最初の夜に発生させたときは岩自体が薄く光っていたような気もする。
「おおお~。 これで何処でプライベートダンジョンに入っても危険はなさそうってことですね」
「そうね、これで中で安全にキャンプすることが可能になったわけね」
ダンジョン内で安全に、しかも魔物がいないプライベートダンジョンの広大な第一階層でキャンプできるのだ。 これは確かに喜ぶべきことだ。