84. やってみた
僕たちはランニングしながらダンジョンの中を進んでいった。 ランニングと言っても常人のダンジョン内で10倍のステータスを持つ僕らのスピードはかなり早い。 そして次の魔物――ウインドアントがいるゾーンへとやって来た。 サロナーズオンラインの探索シミュレーションによれば、コイツ等はレベル20相当の羽根を持った蟻で、大群で襲ってくることと毒を持っているのが特徴だ。
「マリ、コイツ等のレベルはどの位だ?」
「そうだな、レベルは22付近だな。 噛み付き毒というスキルがあるようだ。 まあ探索シミュレーションと同じだな」
サロナーズオンラインの探索シミュレーションに出てくるモブは基本リアルダンジョンの魔物と同じステータスになるように調整されている。 ただしイレギュラーもあるとのことなので油断はできない。 今回はマリの看破スキルにより問題がないことは確認できた。
「これの毒ってミレイさんの治療スキルで治せますよね?」
「ええ、問題ないはずよ? それにヨシ君の回復スキルでHPも回復できるから全く問題ないわね」
「ミレイ、私達は防御力が高くてそもそも噛み付き攻撃も通用しないから、毒なんて付加できないんじゃないかしら? カナ、これも火魔法で焼いてみない?」
「ちょ、ちょっと待ってください。 また僕を裸にしたいんですか? そんなに僕の裸をみt……」
ミレイさんが剣を僕に向けて構えたので、僕は話を止めた。
「レイナ、もういいわ。 私の火魔法全力攻撃でもヨシ君に通用しなかったし、実験の必要もないからここはスルーでいいんじゃない?」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「……」
「ヨシ君、何? ま、まさか自ら進んで裸になり……」
「馬鹿言わないで下さい! 僕もちょっと実験がしたいんですよ」
「……」
「ヨシ、お前が実験とか怖いぞ? 俺たちに危険は無いんだろうな? カナさんに仕返しとか考えてねーだろうな?」
「マリ、大丈夫だ。 パーティに影響があったとしても、ほんの少しだけだよ」
「お前の少しってのは信用ならねー気がするが、ヨシも実験したいって言うならそれもいいんじゃねーか?」
マリは女子達に同意を求めるように視線を移していき、彼女等も渋々頷いてくれた。
「あの、じゃあ。 ミレイさん以外は下がってください。 ミレイさんは僕の実験の後で殲滅に協力してくださいね」
「なぜ私が? まさか私に何かする気? 剣で叩いたのを根にもっているとか?」
「そんな事じゃないですよ。 確かにミレイさんも実験対象かもですが、危険はないはずです」
「ええっ? 私も実験対象なの? ちょっとそれ怖い」
「大丈夫ですよ。 優しくしてあげる、じゃなくて優しくやってやるだけですから」
「……」
ミレイさんは何も言わなかった。 なので僕はウインドアントの群れの中へと走り出て叫び声を上げてみた。
「ええっ!!」
バサ、バサ、バサ、バサ、バサ、バサ。
マリ、レイナさん、カナさんはクラっときた。
空中を飛んでいたウインドアント達は地に落ちた。 地面に居たウインドアントもひっくり返って気絶してしまったようだ。
よし、成功だ! 僕の思惑通りだ。
僕はミレイさんを振り返った。
ミレイさんは驚いているようだが、それはウインドアント達の挙動に驚いただけのようだ。
「トイレ! ミレイさん、僕と一緒に止めを刺して回りましょう」
驚きから立ち直ったミレイさんと僕は瞬く間にウインドアントを殲滅させた。
「おい。 ヨシ、それは何だ?」
「これは、”ええっ”攻撃だよ。 マリ達にも効果があったから、魔物にも効果があるんじゃないかと思ったんだ。 あっはっは、実際に効果があったな。 僕の勝利だな」
「まさか、それってスキルなの? そんなスキルは聞いたことが無いわ」
「ああ、これはスキルじゃないです。 いわば技ですね。 ほら実際の剣道とかも色々な技があるじゃないですか」
「……お前、実はヤバイ奴だったんだな」
「そうね、ヤバイ奴だわね」
「ヤバイ、ヤバイ」
「と、とにかくですね。 ”ええっ”攻撃の実験をしたんですよ」
「……」
「ヨシ君、それならそうと事前に言ってよね。 ショックを受けてクラっとしちゃうじゃない」
「ええと、カナさん。 多分ですが事前に言っておいてもクラっとするかもですよ? 今試してみますか?」
「い、いや必要ないわ。 多分クラっとしてしまうと思う。 ……それにしても、なぜミレイは無事なの?」
「ああ、それですか。 それはね、ミレイさんはトイレでガードされているからだと思うんですよ」
「……トイレでガードって?」
「それはミレイさんに聞いてく……」
「あ~あ~あ~。 分かったわ。 なるほどショックを受けるトラウマの問題ね。 私には事前に耐性がついていたのね。 でも何故魔物に効果が有ると思ったの?」
「それは、ステータスの高いパーティにショックというかトラウマ?を与えるぐらいだから、威圧みたいな効果があるかな~って」
「……」
「まあ、いいです。 何となくは理解できました。 でもヨシ君。 それを使う時は慎重にお願いしますね。 私達が動けなくなったら危ないですから」
「はい。 もちろんです」
事が穏便に治まったので、僕らは次へと進んで行った。
そしてそこにはオーガの群れがいた。 この2986初級ダンジョンではゲートがある袋小路のような部屋に陣取る魔物だ。 そのゲートがある部屋は複数存在していて、僕らはその中の一つへと入って行ったのだ。
そして僕は閃いてしまった。
「ああっ!!」
「何よ、ヨシ君、また何が閃いの?」
ミレイさんが僕に問いかけて来た。
ちょっと、ミレイさん確かに僕は閃いたけど、今答えることはできないよ。
そして僕はそんなミレイさんに目を見開いてみせた。
「いいっ!!」
オーガ達はそんな僕に気づいて襲ってきた。
だがVITが圧倒的に高い僕にはオーガの攻撃なんて全く通じない。
僕にとってオーガの攻撃なんぞダンジョンの外で子猫さんの集団が僕に体当たりしてくるよりもずっと温い攻撃なのだ。 それを思うとカナさんの火魔法はなかなかだったのかもしれない。
「ううっ!!」
オーガ達は必死で攻撃してくるから、少しだけダメージを受けているフリをしてみた。
その様子を見たミレイさんが動いて、瞬く間にオーガ達を片づけてしまった。
僕はそんなミレイさんに驚いて見せた。
「おおっ!!」
「……」
「……」
「ヨシ君。 貴方がやって見たかったことはわかったわ。 つまり、”あいうえお”攻撃が有効かどうかを確かめようとしたのね?」
「ええ、その通りです。 ”ええっ”攻撃が有効だったので、”あ行”もどうかと思って、やってみたんです。 でも効果ないみたいでしたね。 って、ああっ!!」
「何なの?」
「しまった。 最後の”おおっ”は、オーガを倒した後だったから効果の検証ができていなかった!」
「……」
「ごめん、ヨシ君。 耐えられないから、その検証はソロでやってみてください」
「……わかりました。 もしかして、”か行”ならいいとか?」
「そんなわけないでしょ? 駄目に決まってるじゃない。 私達を驚かせるのは止めてよね。 もしトラウマになったらどうするのよ」
「いや、大丈夫だと思いますよ。 ほら”ええっ”攻撃とトイレで耐性がついているはずだから」
「……」
「いずれにしても、唐突な閃きで実験しないで頂戴。 ごめん本当にお願いよ。 まさかこんな初級ダンジョンでこんな目に会うなんて思いもよらなかったわ。 今後は実験禁止でお願いするわ」
「いや、だって最初の実験はカナさんがやったんであって、僕じゃないのに……」
「ヨシ、すまん。 今は実験を諦めてくれ。 俺も少ししんどくなった」
結局、今後実験は禁止されることになってしまった。 まあ今は仕方が無いところだろう。
そしてオーガを殲滅させた僕らはゲートを潜りダンジョンの第2階層、つまりこの初級ダンジョンでは最下層へと入ったのだった。