83. 引き分け
僕らはダンジョンの中に入り本格的な攻略を開始した。 もちろんリュックは人目のないところでマリのアイテムボックスへ収納した。 この2986ダンジョンは洞窟型で、ゲートで区切られた階層は2階層のみだ。 それでも階層内は分岐点も多く非常に距離が長いため、迷わないで戦闘せずに進んだとしても攻略に数日要するのが普通なのだ。
僕らは一階層目のスライムゾーンからヤスリカマキリゾーンまで一気に走り抜けた。 途中に”噛み付き石”は居なかった。 もちろん人目があるところでは歩いて通り抜けるつもりだったのだが、珍しいことに人に会うことはなかった。
そしてスズメバッタゾーンをスルーして、オーク上位種がいるゾーンへとやってきた。 つまりオークファイターとかオークメイジ、オークナイトとかが居たのだ。 以前僕とミレイさんは、イレギュラーにスポーンしたオークファイターと戦ったことがある。 だけど今見るとあの強敵だった面影は全くなかった。
「レイナごめ~ん。 コイツ等を火魔法で焼かせてもらえない?」
カナさんは積極的だ。 まあ僕を巻き込まないなら魔法の練習はいい事だ。
「分かったわ、ではウインドバリアを使うわね」
「カナ、レイナ。 アイツ等、物陰に潜んでたりするけど、それでも魔法は届くものなの?」
「ミレイ、範囲魔法だから大丈夫じゃないかな。 これも実験ね。 ……実験といえばヨシ君よね」
「えっ? 僕が何だって?」
「ほら、範囲魔法って周囲を巻き込むじゃない。 だから緊急の場合には前衛で戦っているヨシ君も巻き込んでしまう可能性があるのよ」
「ちょっ、カナさん。 僕を巻き込んでアレをやる気なの? 正気なの?」
「大丈夫よ。 ちゃんと計算してあるから」
「計算ってなんだよ!」
「ヨシ君のVITはカンストしているしスキルレベルも20だから値は5000よね。 本当にめちゃくちゃよね。 そのVIT値と公開されている計算式に私のINT値とスキルレベルと使用MP量を代入すると、巻き込んだ味方にどの位のダメージを与えるかが分かるのよ」
僕の本当のVIT値は10000だ。 ステータスがカナさんの想定の2倍だからかなり余裕があるはずだ。 まあ問題ないだろう。
「え、ええと。 まぁいいか、分かりました。 でも、くれぐれも慎重にお願いしますね」
「当然よ。 任せてよね」
カナさんの”任せて”は信用してはいけない気もするが、仮にダメージを受けたってミレイさんの治療もあるし、僕のHP回復もある。 まあ大丈夫だろう。
そして僕以外がレイナさんのウインドバリア内に入った状態で、カナさんがオーク上位種の群れに範囲火魔法を使った。
ぼぉーんん~~~。
僕の視界は眩しいオレンジ色に包まれた。 そしてそれが晴れた時には予想通りオーク上位種の群れは消滅していた。
それにしてもちょっと痛かったな。 いや少しかゆいと言った感じか。
僕は僕のHPを確認した。 HP回復魔法持ちはパーティメンバのHPが減った時のみHPバーのようなものが見えるのだ。 僕のHPはその感じでは確かに100%ではないようだが減っているのはほんの僅かだった。
「あああ~~。 間違えたぁ~。 ヨシ君ごめ~ん」
何故だか分からないがカナさんが謝って来た。 何をやらかしたんだろう。 だがカナさんのイレギュラーについてはある意味折り込み済なのだ。
「間違えて全MPでやっちゃった~」
「「「えええっ?」」」
僕は特に驚かなかった。 ダメージはほんの少ししか受けてなったし、カナさんなのだから何をされても不思議ではない。 これがレイナさんだったら驚きなのだが、彼女ならそんなことはしないだろう。
僕は一応回復魔法を自分に使ってHPを満タンに戻しておいた。
「カナ、どういう事? 確かにかなり強烈だったけど、何故間違えたの?」
「何故って言われてもわからな~い。 まぁ計算上私が全力で攻撃してもヨシ君にほとんどダメージを与えられないのは分かっていたけど~」
こ、コイツ、マジで全力でやったのか! こ、これはダメージを受けたフリをして抗議しないとイケない。
「ああ、痛い、痛いじゃないか、カナさん。 酷い、酷い~~」
「……」
「なんか私思うんですけど、カナもヨシ君もわざとらしい気がするの」
「私もそう思う」
「俺もだ」
ま、不味い。 マリにさえ僕の演技がバレている。 これはどうしたものか……。
「あ、あの~、僕の装備もボロボロになってしまったし、ダメージは確かに受けましたよ。 というか40万円もした装備が台無しです」
僕の素のVITステータスは装備と比べると桁違いに高い。 その素のVITは装備と一体になり作用するため、装備は壊れ難くなっている。 だがダメージを受けるぐらいになると弱いところ、すなわち装備が痛んでしまうのだ。
「ま、まさかカナさん。 僕の裸体を見たくてわざとやったとか?」
「な、なんでそうなるのよ! 意味がわからない」
「だって、もう少しで僕の装備は完全に駄目になって消し炭になるところだったじゃないか。 つまり僕を裸にしたかったってことじゃ?」
「い、いや。 貴方がそんなボロい装備を着ていたのが悪いのよ。 私のせいじゃないわ」
「……」
「カナ、これは貴方に非があるわね。 弁償はともかく、謝りなさい」
おお~。 ミレイ様の命令きた~。
「あ、あ、あ。 あの、ごめんなさい。 ヨシ君、悪かったわ……」
よし! これで僕の演技の件は誤魔化せたかもしれない。 ついでにカナさんに謝ってもらったのだから、この勝負は僕の勝ちだ。
それにしても、装備どうしよう。 新品を買うのは問題ないが、このまま攻略を進めてもいいものだろうか。 なんかパーティの中で僕だけがボロボロ状態だよな。 これって他のパーティに見られたらどう思われるだろう。
「え、ええと。 このまま攻略を継続しますか? それとも一度戻った方が……」
「ヨシ君。 大丈夫よ。 こんなこともあるかと、新しい装備一式は購入済なのよ。 私のアイテムボックスへ入れてあるから出しますね」
「ま、まさか。 レイナさんも僕の裸を?」
「ヨシ君。 どういう思考過程を経てそのような質問になるのかしら?」
「ええと、その。 だって、僕が裸になるかと思って装備を用意してくれたんじゃ……」
ぱしっ。
ミレイさんに剣で頭を叩かれた。
「あっ、痛い。 痛くないけど痛い。 僕の心が痛い。 ミレイさん、なぜ剣で叩くんですか。 止めてください」
「貴方が、ふざけたことを言うからよ。 装備が少しでも破損したら困るから予備を用意していたんじゃない。 マリちゃんのも、私達の分も予備を購入しておいたのよ?」
「そ、そうでしたか。 すみませんでした」
く、くそ~。 一度は勝負に勝ったと思ったんだけどな。 負けてしまったか~。 ん? 違うな。 少なくとも僕の演技については誤魔化せたんだから引き分けだ。
そして僕とマリは新しい装備を身に着けたのだった。